マリアンヌはまだ怖い③
王侯貴族の中でも、特に身分が高く魔力を持つ者には大抵、『魔力紋』という刺青が刻まれる。
これは魔法を無意識化で使用するためのものであり、その用途はほぼ完全に護身用となる。
魔法を使う訓練をしている貴族であっても、とっさの時にその魔法を使えるかというと、戦場に慣れていなければかなり怪しい。そのため、無意識化の防衛本能による防御用魔力紋が刻まれるのだ。
魔力紋は犯罪者に刻まれることもあり、その場合は魔法を使った犯罪を起こさせない為であり、顔に彫られる事が多いが、今回は全く関係のない話である。
ディアーヌを含む他の嫁にもこれは刻まれているが、彼女たちは全く問題が無かった。
この三人は、それぞれ別の理由だが、むしろ早く妊娠したいと思っていた。
ディアーヌはただの恋愛感情である。嫁として特筆すべき事由ではない。
コレットの場合は保身で、セレストの方は立場の強化と成り上がり。彼女らについても、初期から立場の変化はなく、一貫した姿勢でこの結婚関係に臨んでいた。こちらも問題はない。
マリアンヌも、セレストとほぼ同じ理由でリュカとの結婚に臨んでいる。
ただ、マリアンヌは今の立場に満足しつつあり、それが原因で以前ほど強く上を目指さなくなりつつあった。
土台となる動機が弱まれば決めた覚悟も揺らいでしまい、リュカとの関係を現状維持でいいのではないかと思ってしまう。
そして。
マリアンヌはリュカが怖くなっていた。
以前、母国を助けてもらったが、その過程を詳しく聞く機会のあったマリアンヌは、リュカの人外級の魔法戦闘能力に恐怖心を抱いてしまったのだ。
もしも、その力が自分や母国に向けられればと思えば恐怖しかないのも不思議はない。
そんな保証をしてくれる存在はどこにもおらず、嫁という自分の立ち位置が、実は非常に危ういものだと理解してしまったのだ。
そして質の悪い事にマリアンヌ本人は自分の感情の変化に深く理解を持っていない。
リュカとの関係が悪くなるのが怖い、その程度の認識しか持っていないのだ。
命の危険を感じている、もっと心の根っこの方でリュカを恐れているなどとは思っていないのだ。
本人に自覚が無ければ治しようもない。
リュカは表面上の感情を読み取る事はできるが、心の奥まで除いているわけではないので、気が付けなかった。
防御用の魔法が使われている事は分かったが、そこまででしかない。
本当の原因はまだ取り除けないわけである。
しかしだ。
本当の原因など分からずとも、表面上で何が起きているか分かっているなら、対策が取れない事もない。
問題が発生したとき、「真の原因を突き止め根本からどうにかしなければ意味はない」などと言う者も居るが、別に表面上の解決だけで良い事も世の中には多い。
今回の場合も。
「マリアンヌ。俺の子を産む事は、問題ないよね?」
「はい。そのために、私はここにいます」
本人の意思確認さえ怠らなければ、大きな問題にはなりえない。
当人らが嫁側の本心に気が付いていない事も問題の度合いを低くする。
この問題はリュカがマリアンヌの防御魔法を抑制することで一先ずの解決を見せる。
そうして、真の原因究明が始まるのだった。




