情報流出⑥
情報源になっている侍女の拘束。
それを雇い主に伝える業者を装った密偵。
侍女の方はただの粗忽者で、裏も何も無い、意識の低い娘でしかなかった。
しかし、この密偵の方は完全に専門家であり、黒幕を辿るのが非常に面倒であった。
途中で数名の仲介者を挟んでいたため、すぐに黒幕が分かる、とはいかない。
不幸中の幸いというか、相手が用心深かったので、情報を伝える手段が紙媒体ではなく、口頭であったから何とか追跡できるといった状態だった。
これで紙きれを使い無言で受け渡しされたら、さすがのリュカであっても途中で見失っていただろう。
それでもなんとか侯爵の一人が関わっている事を突き止め、皇帝への報告を行うのだった。
今回の件は、リュカが直接裁くことは出来ない。
と、言うより、細かい事後処理を考えれば、他の誰かに任せてしまった方が都合がいい。
このような方法で情報を探ってきた連中に怒りを感じるが、だからと言って自分で裁かねば気が収まらないというほどでもない。
正しく裁かれるのであれば、帝国の法に則って粛々と処分してしまう方がリュカの性格に合っている。
何でもかんでも自分が殴らねば収まりがつかないと言うほど、リュカの心は幼くもない。実害がまだ出ていないのだからなおさらだ。
何より、黒幕である事は分かっているが、何を企んでいたかは全く知らないのだ。
そこをはっきりさせるための大義名分をリュカは持ち得ていない。
リュカは「命令できるのは皇帝だけ」という最上位の扱いを受けているが、「何をしても許される」訳ではないし、命令系統が違うのだから、他部署の業務を肩代わりすることもない。
尋問を含む調査は、要請があって初めて行える他部署の仕事だ。騎士の仕事ではない。
つまるところ、リュカは面倒な仕事を抱え込む気が無いのでこれ以上は動かない。
あとは人任せにして、自身の利益を守れればそれでいいのである。
もしもくだらない事を考え、それ実行していたら。
その時は実力行使でリュカという名の理不尽を思い知らせてやるだけでしかないのだ。
多少後手に回ろうと、ハーレムの中には被害など出ないのだから。
「リュカ様。先日の件の報告書になります」
「ああ。ご苦労」
数日後。
帝都の方から使者が来て、今回の情報漏洩に関する報告書が届いた。
渡された封書には機密扱いの印が押されており、リュカ以外には、嫁にすら見せるなという指示が出ている。
リュカはその中身を確認すると、内容の酷さに思わず顔をしかめた。
件の侯爵は、多くの場所で根回しをしていたのだ。
いくつかの弱小貴族が食い物にされ、領地が借金を背負わされて養子縁組やら何やらと、都合の良い手駒にされていた。
そこからハーレム内に人員を送り込み、あわよくばリュカを上手く篭絡してやろうという気が透けて見える。
他にもリュカを使った各種事業計画を立案しており、どれだけリュカを使い倒すかという、短期的な利益を追求していたようだ。
これらは明確にリュカを使い倒そうと書いてあるわけではないが、明らかにリュカの魔法を前提とした工事計画が書面として残っており、それに伴う経済活動でどのように利益を上げるかまで考えられていたようだ。
さすがに、こういった話であれば書面にでもしないと情報の整理が出来なかったようである。
リュカは書面のすべてに目を通すと、報告書をその場で焼き払い、灰を風に乗せて外へと運んだ。
この侯爵の派閥により、いくつもの貴族が被害に遭っている。
その恨み辛みは主犯たる侯爵へと向くだろう。
しかし、その感情は幾ばかはリュカへとも向かう。
自身に非が無くとも、貴族は恨みを買う事になる。
リュカは自分の立場を考え、思わず天を仰ぐのだった。




