セレストのオマケ
レースでの敗北が原因の一つと聞き、セレストはレースで名誉挽回すれば良いと、単純にそう考えた。
この場合、コレット本人がレース観戦をする必要は無い。
ただ、大きなレースでコレットの母国の馬が勝ったという話を振れば、それで済む。
観戦に行かなければ、そこで他の国の馬に負けていようが誤魔化しはきく。
狡い方法であるが、確実で負けの無い方法でもあった。
「はい。コレット姫の出産祝いに、あなた方の勝利を捧げて欲しいのです。
姫は身重ゆえにこの場に来れませんが、あなた方の勝利の報を聞けば、大層お喜びになるでしょう」
チマチマと、セレストの部下は色々な厩舎を歩き回る。
色々とは言っても、そのほとんどはコレットの母国であるアーヴェルニュ王国の馬を飼育する厩舎だ。
そこで、その馬に乗る騎手たちと話をしていくのだ。
伝手は無くとも権威はあるため、コレットの体調が良くないという話は伏せつつも、「コレットの為にレースで勝ってほしい」という話をばら撒く。
勝負の何割かは、勝利への執念で決まる。
騎手の気合だけでも高まれば、その分だけ勝利する可能性が増す。
騎手たちにしてみればちょっとしたイベントであり、いつも通り勝利を目指すだけで名誉が手に入るかもしれないという美味しい話だ。
コレットの出産そのものは調べればすぐに分かる事実であり、話を持ってきた人間の身元も確かであるため、話を疑う余地はない。
今だけ勝てば臨時ボーナスという軽い気持ちの者から、王家への忠誠により身命を賭す覚悟を決める者まで。多くの騎手が勝利を誓う。
しかしセレストの計算外だったのは、まったく関係ない騎手まで気合が入ってしまった事だ。
コレット関係者だけに話が振られ、他の騎手たちにはあまり関係ないようにも見えるが、気合の入った人間の雰囲気というのは意外と周囲に影響を及ぼす。
もともと大きなレースに出る騎手にとっては負けるつもりのない、真剣勝負の場なのだ。何も言われずとも気合は入っているのだが、それ以上に場の雰囲気から勝ってみせると気持ちを改める。
中には「ならば俺はディアーヌ様に勝利を捧げる!」と言い出す者も現れ、場は更に混沌とする。
つまり、誰もが今まで以上の勝負をして見せようとするだけであった。
レースの勝敗は、名勝負こそ増えたものの、アーヴェルニュ王国勢の勝利数にはそこまで影響しなかった。
名勝負を何度もすると、負担の多くは馬に及ぶ。
通常であれば鞭を入れず諦める場面でも、それでも勝利に手を伸ばし限界に挑ませる騎手が相次いだ。
馬の負担は通常よりも高くなり、故障とまではいかないが、それから二ヶ月の間のレースで酷使された馬たちは、しばらく休養を余儀なくされた。
一時的に名勝負が多発したが、その代償はきっちり払われることになったのである。
レースを混乱させたとは言え、コレットの出産に勝利を捧げたいと考えた騎手たちが悪いわけではなく、唆したセレストだってそこまで大きな非は無い、と思われる。
この件でセレストはきっちりと叱られるだけで済んだようだ。
考えが足りなかった面はあるが、コレットを想っての事である。
疲労で足を悪くした馬については、あとでリュカが癒して回りました。




