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最終話

「だから私はクリームパンよりも、あんぱんが好きだって言ったでしょ!?」

「だからこそ、だ。貴様があんぱんも好きになり、そしてクリームパンも好きになれば、最早恐れるものはない。最強になれる」

「ワケわかんない。それじゃゲームの【選択肢】が成り立たないじゃない、ばかっ!!」

 

 昼休みの教室で。私はライノルドが購買部で買って来たクリームパンを、彼の顔目がけて投げつけた。隣に座っていたライノルドは、それを器用にキャッチすると、もしゃもしゃと貪り始めた。


「……全然、悪くはないではないか。こんな美味い食事(もの)を与えられ、それでいて【好感度】とやらを下げるとは、何と器の小さい女よ」

「そーいうことじゃないっ! 良い!? これは()()()なの。私の会話(テキスト)をちゃんと聞いてるかとか、そーいう()()()! ここであんぱんを選んだら、【まぁ! 私の話、覚えててくれたのね!】って言う……」

「……気に食わんな」

「はぁ!?」

 ライノルドは空になったクリームパンの袋をくしゃっと潰し、(おもむろ)に立ち上がった。

「ちょ……どこ行くのよ!? これから放課後の【イベント】が……」

「警備だ。あの空間(ゲート)を通り抜けたのが、我だけとも限らん。魔物どもが彷徨いていないか、心配なのでな」

「もう……待ってよっ!」

 ガシャガシャと不気味な音を立てながら、ライノルドが教室を出て行った。私は机に突っ伏し、異世界からやって来た暗黒騎士の背中を、恨めしげに睨みつけた。


 ライノルドがこの世界に来てからと言うもの、私の【好感度】は下がりっぱなしだった。

 何せあの分からず屋は、コッチの言うことを全く聞きやしない。好きな食べ物にしろ、得意な教科にしろ、私がどんなに【答え】を耳打ちしても、見事に【選択肢】をミスして来る。最早わざと間違えているとしか思えない。先日の会話通り、ライノルドにはこのゲームをクリアーする気がないのだろう。何が気に食わないのか知らないが、そうしないと、元の世界にも戻れないと思うのだが……。時が経つにつれてどんどんと悪くなって行く状況に歯噛みしながら、私は急いで偏屈ジジイの後を追った。


「ライノルド……?」

 ライノルドは、中庭の片隅で佇んでいた。息を切らしながら彼の背中に近づくと、彼の目の前に、こんもりとドットの山が積んであるのが見えた。

「供養だ」

 ライノルドは振り返ることなく、ドットの山を見つめながら静かに呟いた。

「たとえ相手が悪魔(マーラ)であろうと」

「だから副担は悪魔じゃないってば」

 擬似恋愛ゲームをやっている途中で、いきなり『副担は悪魔だった!』などと言われて戦闘が始まっても、プレイヤーもさぞかし困るだろう。

「斬り捨てた命は、供養する。それが我が騎士の誇り」

「ライノルド……」

 そう言って彼は鉄仮面を脱ぎ、静かに目を閉じた。

 私はしばらく、物言わぬライノルドの背中を見つめた。

「……魔物の脅威は突然やって来る。平穏はない。我が剣を取り戦わねば、いつ家族がその厄災に見舞われるか分からぬ」

「じゃあ早く元の世界に帰らないと、ね。大好きな大好きな奥さんと子供が待ってるんだから」


「……貴様には分からぬやも知れんな。人を愛することを、()()()(のたま)う貴様には」

「な……何よ!?」

 ふと、ライノルドの鋭い瞳に見つめられ、私は思わずたじろいだ。

「だ、だってゲームじゃない。ゲームをゲームと言って何が悪いの?」

 何だか自分が悪いことをしているような気分になって、私は叫んでいた。

「他人の世界(ゲーム)に入り込んどいて、勝手なこと言うのやめてくれない? あなただってただのゲームキャラのくせに! 家族がいるとか、そう言う風に設定されてるだけのくせに!」

「ゲームだの設定だの、貴様の、その冷めきった態度が気に食わんのだ。おらぬのか? 貴様には。心から愛し、愛される者が……」

「わ、私は……」 

 ライノルドは腕を組み、私をじっと見つめた。


 心から愛し、愛される?


 バカバカしい! これはゲームだ。

 ゲームのプレイヤーが楽しんでくれれば、それで良いのだ。

 そう言う風に、私はプログラムされているんだから。

 プログラムに『心』なんてものはない。そもそも画面の向こうにいる人間にだって、『心』があるのかどうかなんて、誰にも分からない。今までもそうだったし、これからもずっとそうだ。私はこのゲームの正ヒロインで、イチゴのショートケーキよりもショコラの方が好きで、クリームパンよりもあんぱんを選ぶのが正解で……それは私の『心』とかじゃなくて、そう言う風に【設定】された、ただのプログラム。


「……すまんな」

 ぼんやりと中空を見つめていた私に、ライノルドがそっと頭を下げた。

「家族のことを言われたもんで、つい……。キツイ言葉を使ってしまった」

 ライノルドが申し訳なさそうに呟いた。私は黙ってライノルドを見上げた。どうしてだろう? (プログラム)に『心』なんてないはずなのに、そう言う風に怒りを表現できる彼を、少し羨ましいとすら思ってしまった。


「……くなるの」

「ん?」

「いなくなるの、みんな。ゲームが終わるたびに」

 気がつくと、私はポツリ、ポツリと、目の前の騎士に語りかけていた。

「ゲームをクリアーして……ハッピーエンドになって。好きな人と結ばれて、でも、私はいつもそこで終わり。その先はエンディングが流れて、私は結局独りぼっち……」

 吹くはずのない木枯らしが、私の胸の中を通り過ぎて行ったような気がした。ライノルドはしばらく黙って私を見つめていたが、やがて私の肩にポンと手を置いた。

「何……?」

「フム。ただの小娘かと思っていたが、立派なもんだ。そんなことができる奴は、世界中探しても滅多におるまいよ」

「……っ!」

 今までそんな選択肢(風に言われること)がなかったので、私は思わず目に熱いものを感じた。どうもライノルドがコッチの世界にやってきてから、予想外のバグが多くて困る。私は慌てて目頭を拭った。

「……でも好感度は、もうサイアクだけどね」

「なるほど。だが、これは……?」

「え?」

 ライノルドに言われて、私は辺りを見渡した。


 いつの間にか不気味な重低音が中庭に響き渡り、私たちの周りが、どんどんと黒く染まり始めた。青かった空は漆黒に包まれ、だんだんと西の空から血のような赤い文字が浮かんできた。

「これってつまり……【ゲームオーバー】ってこと?」

 私は目を見開いた。ライノルドの好感度が下限を突破しすぎて、ゲームオーバーになってしまったようだ。最近じゃネットなどで攻略情報を事前に調べているプレイヤーばかりだったから、ゲームオーバー自体が久しぶりだった。

「そっか。一応ゲームオーバーでもエンディングには違いない、のかな?」

「おい、アレを見ろ」

 ライノルドが、夜になってしまった西の空を指差した。

 暗くなって行く空の片隅に、数日前教室で見た空間の裂け目(黒いさきいか)が広がっているのが見えた。私たちは顔を見合わせ、西の空向けて走り出した。


「どこに繋がってるんだろう……?」

 私はゲームオーバーの『ゲ』の文字の下の、空間の裂け目(黒いさきいか)を覗き込みながら呟いた。

「上手く帰れるといいんだけど……もしかしたら別のゲームに繋がっちゃてて、また違う世界に飛ばされちゃうかも」

「フム」

 ライノルドは鉄仮面を被り直し、裂け目(さきいか)の前に仁王立ちした。

「しかし、可能性がある以上、行かねばならぬ。たとえ火の海だろうが、氷の山だろうが、何が我の前に立ちふさがろうとも乗り越えてみせる。それが騎士の誇」

「分かった、分かった」

 ここにきて大分ライノルドの口調にも慣れてきた私は、ハイハイと頷いた。


「……じゃあ、ね」

「ウム。貴……西園寺殿も、元気でな」

 暗闇に包まれた空(ゲームオーバー)の下、私はそっと右手を差し出した。ライノルドがゆっくりと頷き、私の手を握り返した。

「早く会えるといいね、奥さんと子供に」

「西園寺殿も、な」

「え?」

 仮面の向こうで、ライノルドが白い歯を見せた、ような気がした。

「貴殿を心から愛する者と」

「でも……」

「何、我だってこうして此処に来れたのだ。この世界は最早、何が起こるか分からぬ。きっと会えるさ」

「ライノルド……」

「我も魔物退治が済んだら、また貴殿に会いに来るとしよう。今度は家族を連れて、な」

「……ありがと」


 それから暗黒騎士は、高らかに勝鬨を上げ、颯爽と空間の裂け目(黒いさきいか)の中に飛び込んで行った。


 こうして久々の【こいぶみ】のプレイヤーは、この世界をメチャクチャにして、私の好感度を下げに下げた挙句、嵐のように消えて行った。どうしてだろう? 暗闇に残された私は、あるはずのない暖かいぬくもりが、何故か胸を優しく包みこむのを感じていた。


□□□


「ねえ……見て」

「西園寺様よ!」

「相変わらずお美しい……」

「見て。あの竹刀」

「最近、剣道を始めたらしいわよ。騎士の誇りだとか何とか。噂だと、西園寺様と試合して勝利しないと、交際を認めてもらえないんだって」

「一体どう言う風の吹きまわし?」

「……もしかして意中のお相手が、出来たとか?」



 廊下の両端からヒソヒソと、女子生徒たちの話し声が聞こえてくる。私はそれに気づかないフリをしながら、ヒラリと膝上15cmのミニスカートを翻した。開け放たれた窓から、爽やかな春の風が校舎に舞い込む。どこからともなく、ピロリロリロリン、と珍妙な16bit音が鳴った。

 どうやらこの【こいぶみ】の世界に、また新しいプレイヤーがやってきたらしい。だが私も、どんなに好感度を上げられようと、早々と『心』を許すつもりはない。生徒たちの黄色い声援(bit音)を背に、私はクリームパンを片手に優雅に歩を進め、教室へと向かうのだった。

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