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第一話

「ねえ……見て」

「西園寺様よ!」

「相変わらずお美しい……」

「一体どなたが、あの方のハートを射止めるのかしら?」


 廊下の両端からヒソヒソと、女子生徒たちの話し声が聞こえてくる。私はそれに気づかないフリをしながら、それでも唇の両端には【余裕】の笑みを携え、ヒラリと膝上15cmのミニスカートを翻した。開け放たれた窓から、爽やかな春の風が校舎に舞い込む。どこからともなく、ピロリロリロリン、と珍妙な16bit音が鳴った。生徒たちの黄色い声援(bit音)を背に、私は優雅に歩を進め教室へと向かった。



 【新感覚恋愛SLG 恋文 〜桜の木の下で〜】


 それが、私のいる世界(ゲーム)の名前である。

 そう、何を隠そう私はゲームの中のキャラクターの一人で、そしてそれを自覚している。

 私の名前は西園寺真子(さいおんじまこ)。ということになっている。

 なっている……というのは、ゲームの製作者が作ったデータにそう名付けただけで、そもそも(データ)には名前などない。画面の向こう側の人間が、呼びやすいように勝手にそう呼んでいるだけで、ゲーム内の私は0と1の集合体でしかない。とはいえその0と1を組み合わせることによって、プレイヤーには画面越しに可愛らしい(と自分で言うのも気がひけるが、そういう設定だし、仕方ない)女子高生が見えるというのだから、面白い。


「西園寺様!」

 教室に着くなり、私を慕う(という設定の)クラスメイトたちが途端に扉の前に集まってきた。これはこのゲームを開始した時の、お決まりの【イベント】である。つまり、【恋文 〜桜の木の下で〜】(通称:こいぶみ)を起動すると、毎回廊下で女子生徒たちが私についてヒソヒソ話をし、教室に着くとわんさかと集まってくるようになっている。そう、冒頭の黄色い声援もまた、【イベント】の一つだ。


「どうしたの?」

 私は何にも知らないフリをして、クラスメイトたちに尋ねた。クラスメイトの女子は、もう何百回と繰り返した同じセリフを、一言一句間違えることなくスラスラと言い放った。

「聞いてください! 転校生が、このクラスにやってくるみたいなんですよ! 確か名前は……」

 ……そう言って、女子生徒はピタリと動かなくなった。

 私もまた、扉の前でキョトンと首を傾げながら、指一本動かせなくなった。


 今頃画面の向こう側では、【名前を入力してください】の文字が浮かび上がっているはずである。このゲームでは、いつもそうなのだ。プレイヤーが自分の名前(あるいは適当に作った名前)を入力するまで、先には進まない。私は欠伸を噛み殺すことも、目にじんわりと涙を浮かべることもできずにただただ扉の前に立ち尽くした。


 今度のゲームプレイヤーは、一体どんな人物なのだろうか。

 前回プレイヤーがやってきたのは、もう何年前になるだろう。


 止まった時間の中、私は動けないまま、一人ぼんやりと考えた。

 今までは中高生がほとんどで、大人もいたけれど、ネットでフリーゲームになってからは起動される機会もなくなっていた。

 現実世界では、【こいぶみ】はもう何十年も前のゲームなのだ。

 時間というのは残酷だ。CGやVRが全盛の時代に、こんなドット絵の【前世代的】新感覚恋愛ゲームなんて、博物館の展示物でしかない。たまに実況目的で起動されても、何せ古すぎて視聴率が伸びない。懐古趣味のプレイヤーも、長続きしない。大抵はグラフィックが古いとか操作性が悪いとかで、【名前を入力してください】の画面で挫折する人が殆どだった。

 

 何の因果か……もし自分がゲームのヒロインだと気づかなければ、こんな想いはしないで済んだかもしれない。起動されるたびに、毎日同じことを繰り返し、同じセリフを聞き、同じサプライズイベントが起き……私は毎回、ドット絵の笑顔を振りまくのだ。

 クリスマスにはイチゴのショートケーキではなく、ショコラを選ぶのが正解だ。

 バレンタインにチョコをもらうためには、1月までに好感度を80以上にまで上げなくてはならない。

 そして無事ヒロインの好感度が上がった暁には、卒業式に桜の木の下で、サプライズとしてプレイヤーへの想いを綴ったラブレターを読み上げるのだ。タイトルで壮大にネタバレすると言う、何とも斬新なゲームである。

 私の【攻略法】は、当然の如くパターン化されていた。それがどんなに退屈なことか。何にも知らずに条件反射で喜べるのなら、どんなに良かったことか。どんなに私がチョコレートが好き(という設定)だろうが、強制的に上げられていく好感度(バロメーター)など、もはや苦痛以外の何物でもな


 ピロリン。


 ……と何だか気の抜けた音が鳴って、私は考え事(辛い現実)から世界(ゲーム)へと引き戻された。止まっていた時間が動き出す。クラスメイトの一人が、にっこりと私に向かってほほ笑んだ。

「確か名前は、【ライノルド=シュヴァルツリッヒ3世】ですっ」

 まぁステキな名前ね、と私が言おうとした(どんな名前が入力されても、そう言うようにプログラムされている)その時。

「え……?」

 視界の端、黒板の辺りが奇妙にぐにゃりと歪んだ気がして、私は思わず台本にない声を漏らしていた。(ドット)で描かれた黒板の片隅に、【さきいか】のような、モジャモジャとした真っ黒な亀裂が走っている。

 バグだろうか。

 私は画面の端に目を凝らした。その瞬間、教室を包んでいた気の抜けた電子音を貫いて、雷鳴のような爆音が響き渡った。


「きゃああああっ!?」

 黒い【さきいか】が教室の背景を侵食し、どんどんと画面内に広がっていく。【さきいか】はたちまち黒板ほどの大きさになった。悲鳴を上げたのは、私一人だった。他のクラスメイトたちは、ゲームのプログラムに忠実に、その場で笑顔を振りまいていた。たとえ教室の中に隕石が降ってこようと、彼女たちはそこに突っ立って笑っているだろう。

「何なの……?」

 私は頭を抱え、少し涙目になりながら黒い【さきいか】をじっと見た。すると、空間を引き裂いて広がっていく(さきいか)の、その向こう側から、突然『にゅっ』と大きな手がこちらに突き出された。

「ひっ!?」

 その手は【さきいか】の端を掴み、それから銀色に光る鎧の胴体と、鉄仮面がゆっくりとこちら側に現れた。私は扉の前で腰を抜かし、パクパクと口を動かした。扉の前に集まった生徒たちは、まだ笑顔でその場に突っ立ったままだった。


「だ、だれ……!?」

 突然現れた鉄仮面は、ゆったりとした動きで教室内を見渡して、それから尻餅をついていた私をじっと見据えると、背中に担いでいた巨大な剣を抜いた。

「我こそは、この混沌極める闇に支配された世界を生き抜く、ライノルド=シュヴァルツリッヒ3世であるッ!!」

「だから……だれ?」

 私は床にへたり込んだまま、ぽかんと口を開けた。


 やがて教室内では、雷鳴が収まり、次第に【いつもの】気の抜けた電子音楽(BGM)が教室を包み込んだ。


「「「ようこそ! 【こいぶみ】の世界へ!!」」」


 クラスメイトたちはやってきた転校生を振り返り、いつものように、満面の笑みで歓迎のセリフを吐いた。本来なら、私も同じように(何なら画面の中央に陣取って)そのセリフを言うべきだった。だが私は【名前入力】が終わってもまだ動けないまま、転校生を食い入るように見つめていた。【ライノルド】と名乗った新規のプレイヤーは、掲げた大剣で教室の蛍光灯を破壊しながら、高らかにこう宣言した。


「ご安心召されよ! このライノルドが来たからには、一瞬足りとも退屈などさせぬッ!!」

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