棺の部屋
奥の通路はこの遺跡に入る前と同じで変わり映えしない石材の壁がずっと続いていた。
変わっていたことといえば、一定の間隔で壁に火を灯すための台が備え付けられていたということだけだった。
煤の具合からこの遺跡が古いものだということがわかる。
通路の先にはまた階段があり、注意しながら降りていく。
入り組んでいないところを見ると軍事的な拠点などではなさそうなので、期待が高まった。
というのも、こういった人の近寄らない場所に掘られた洞穴や隠されて建てられた遺跡は魔術師が研究の為に使う隠れ家であるケースが多い。
比較的買い手を選ばない宝石や財宝の可能性は低くなるが、魔術師には高額で売れる資料が見つかる可能性が高いのだ。
買い手を探すのに時間は掛かるが、高く売れる上に魔術の資料を見つけたという功績は色々なシーカーの間で広まる。
魔獣を倒すのを目的とする魔獣殺し、あらゆる資料を保管するのを目的とする遺物記録、自身の魔術を探究するのを目的とする魔術賢者と魔術の資料は用途が広い。
顔が広くなれば情報も集まってくるから今後の探索も楽になる。
「墓?」
「みたいね……」
通路を抜け、階段を下りた先は広間よりも一回り小さい部屋だった。
広いスペースの中央に棺だけがあり、壁には来た時の通路のように火を灯す台が備え付けてあった。
一目見るだけで先頬の広間よりも綺麗な作りをしている。
壁には灯りを灯す台だけではなく、入り口に刻まれていたレリーフと同じ壁画が書かれていた。
「す、すげー!」
「わお……当たり?」
棺に近寄ったカイルさんが声を上げる。
私も二人の間から覗き込むように見ると棺は埃や砂が被っているが、それでもわかるくらい贅沢に宝石が散りばめられていた。
墓にこのような装飾を施せるようなら大昔の地位ある方に違いない。
魔術師の隠れ家だと思っていたので、このような宝石がある事に少し驚く。
「ソフィちゃん、どう?」
「はい」
何を求められたかはわかってる。感知だ。
感知すると、どうやらスケルトンと戦った広間から感知できたのは散りばめられた宝石のようだった。
中身の魔力は遮られているようで感知できない。
この棺は魔術的な何かを施されているようで中身まで魔力が伸びなかった。
「さっき感知した止まってた魔力はこの宝石からです……中身はこの棺自体が魔術をかけられているのかわかりません。他には何も感じませんね……さっき言った通りここだけ魔力がまた濃くなってます」
伝えると、カイルさんは懐からナイフを抜く。
「中身は危ないかもしれないからこの宝石だけ貰っていこうぜ」
「そうね、空けた瞬間爆発するような魔術とかだった嫌だし」
懸命な判断だ。
センスとしても感知できない中身を確認するのはお勧めできない。中にもっとあるかもと命を落とすようなトラップが仕掛けられていたら元も子もない。
探し求めているものも大事だが、シーカーにとっても一番大事なのは命だ。
先程の様子から欲を出してしまうかもと少し不安だったが、思ったより冷静で少し安心した。
「入り口にあったのよりでけえし、綺麗だ……これに魔力籠ってるんだろ?」
「あ、はい」
「魔術師に高く売れるぞぉ……あ、アメリの杖もこれ使って新しいの作るか!」
入り口のレリーフにはめ込まれていた宝石と同じように棺の表面にはめ込まれており、ナイフで引っ掛けると、かこっ、という音を立てて外れていく。
「うーん、お墓にあるのはちょっと……イメージ的に怖いわ」
「じゃあこれ売って違うの買うか」
「うん、そっちのが助かるかな」
魔術師の資料は無く、遺跡では無くただのお墓のようだったが、この棺についている宝石は素人目に見ても高く売れるだろう。
籠められている魔力も多く、質が高い。買い手を選べばかなりの値段になりそうだ。
まだ戻れたわけでもないので何を買うかの相談には気が早いが、ここまでは一本道の上にこれから危険を冒して左の通路に行く必要もない。
リヴさんとユウトさんがこちらに来ない所を見ると、あのお二人は左の道に行ったのだろう。
あちらが本命という可能性もあるが、この宝石だけでも今回の探索は十分すぎる。
「よし、外れた!」
全部で十二個。
これだけあればここまでの路銀なんて微々たるものだ。途中の観光地で贅沢しても余るだろう。
「さっきの広間にやべえのがいたからどうなるかと思ったけど、あそこだけだったみたいだな」
「ええ、半日もかからずにこれだけの宝石を手に入れられたんだもの。十分ね」
「では、戻りま――」
警戒の意味を込めて続けていた感知に何かが引っかかる。
棺からだ。
先程まで触れることのできなかった中身に宝石が外れた今触れられるようになった。
「棺から離れ……て……」
棺から少し視線をあげる。
いつからそこにいたのか――棺の上には半透明の誰かが立っていた。
私の様子に気付いてカイルさんとアメリさんは棺から離れる。
そして私と同じようにその人物に目がいった。
「貴様ラは誰ダ? 我ガ棺ノ封印ヲ解イタトイウコトハ今世ノ魔法使イニ関ワル者カ?」
少し響くような声。
体は淡く、白い輝きを放ち半透明で、その体を通して後ろの壁画がうっすらと見えた。
装飾の施されたローブに仮面を被っており、現代の服装でないことがわかる。
間違いない。"ゴースト"だ。
普段は墓地に霊魂のようなものが浮いているところしか見たことないが、こんなにはっきりと見えるゴーストは初めて見た。
意思疎通の出来るゴーストとなれば尚更だ。話ができるゴーストもいると噂には聞いていたが、実際目にする機会があるとは思いもよらなかった。
「再度問オウ。貴様ラハ何者カ?」
「あ、あんたこそ……誰なんだ……」
「ム?」
剣に手を当てながらカイルさんが答える。私とアメリさんも同じように杖に手をかけた。
ゴーストは魔術か、神官でなければ倒せない。
普段は墓に出た霊魂のようなゴーストを掃うくらいでしか見たことが無いのでそれも通じるかどうかがわからなかった。
だが、このゴーストは私達が警戒していることよりもカイルさんが聞き返したことに疑問を感じているようだった。
「我ガ容貌ニ見覚エガ無イトイウコトハ……思ッタヨリモ長イ時間ガ経ッタラシイ。"魔法使イトレニス"トイウ名ニモ聞キ覚エハ無イカ?」
「魔法……使い……」
私達は顔を見合わせる。
さっきもだが、確かにこのゴーストは魔法使いと言った。さっきまで一緒にいたリヴさんが探し求めているものだ。
「それが、あんたの名前なのか?」
「ソウダ」
「俺達は知らないけど、知ってるやつはいるかもしれない」
「真カ?」
「あ、ああ、さっきまで一緒にいた二人で魔法や魔法使いを探しているって言ってた。その二人ならあんたのこと知ってるかも」
それを聞くとトレニスの名乗ったゴーストは棺に腰掛ける。
「ソウカ……デハ、貴様ラニ用ハ無イトイウ事ニナルナ」
「ああ、何か邪魔したな」
「イヤイイノダ、ツイデニ我ガ配下ノ糧トナッテクレ」
トレニスが実体の無いはずの指を鳴らす動作をすると音が響き、壁に備え付けられている台に一斉に灯りがつく。
ランタンだけが頼りだったはずの薄暗い部屋は一気に光で照らされた。
「なっ……!?」
「ど、どうやって!?」
やったことは私達の使う《灯火》とさほど変わらない。
だが、問題が魔術を唱えた様子が無いことだ。
言葉にせず魔術を使うなんて聞いたことが無い。
「ホウ、ヨイノガイルナ。アトノ二人ハ殺ス価値モ無サソウダガ」
感心するようにトレニスはアメリさんに眼光を向けた。
「《雷光》!」
アメリさんがトレニスに向けて魔術を放つ。
スケルトンと戦った時よりも大きく、弧を描いて落雷のように頭から襲い掛かった。
座っていた棺が術の衝撃で音を立てて破壊される。
「フム、悪クナイ。シカシ、選バレタ者デハナイ。魔術ハ選バレタ者ノ術デナク均霑ノモノトナッタカ」
「そ、そんな……」
しかし、雷を受けたはずのトレニスに術のダメージは無い。
間違いなく当てたはずなのに。
砕けた棺もほとんど破壊されているが、トレニスの座っている場所だけが何事も無かったかのように無傷だった。
「食事ダ」
再びトレニスが指を鳴らすような動作をするとこの部屋にまた音が響く。
同時に、天井から、壁から、複数の半透明な腕が姿を現した。
トレニスがアメリさんを指差すとアメリさん目掛けて向かってくる。
わかる。感知するまでもなくあれはいけないものだということが。
「っ! 《護壁》!」
咄嗟に防御の魔術を張る。
向かってきた複数の腕は魔力の壁に弾かれるが、消える様子は無い。
ただ阻まれただけのように弾かれた腕は再びこちらに向かってくる。
「邪魔ダナ?」
トレニスの響く声とともにガラスの割れるような音がこだます。
私の張った《護壁》は攻撃された気配も、魔術で消された様子はない。
ただただその声に従ったかのように砕け散っていた。
その事を理解しきる前に腕はアメリさんに辿り着く。
「こ、この! この!」
「い、いや!」
杖を振り回すが、腕には一切当たらない。これもゴーストだ。
私の横をすり抜け、アメリさんの体を一本の腕が掴む。
それに続いて、他の霊体の腕も群がるようにアメリさんを襲った。
「いや……なによこれ……! は、離して! 離しなさい……!」
「や、やめろ!」
アメリさんは振り払おうと身を捩るが、群がる腕によってすでに身動きがとれない。
カイルさんもアメリさんを掴む腕に剣を振るが、空を切るようにその腕を通り抜ける。
ゴーストは魔術や魔力を付与した武器でしか攻撃できない。
振り下ろした剣と杖が床に当たり、軽い音が響くだけだった。
――そして、異常を感じた。
感知していたアメリさんの魔力が急速に減っていく。
一瞬、防御の為に魔力を使おうとしているのかと思ったが違う。
魔術の撃ちすぎで枯渇するなどというレベルではない、それはまるで命ごと吸い上げるように――
「か……かい……る……」
「アメリ!!」
無数の腕に掴まれたアメリさんが弱々しく、そしてカイルさんも互いに向かって手を伸ばす。
「ひ……!」
しかし、その手が交わることは無かった。
センスである事を今ほど呪ったことは無い。
アメリさんの伸ばした腕から血色は消え、枯れていく。魔力が失われるのに比例して。
二人の手は互いに届くことは無く、満足といわんばかりに群がっていた霊体の腕はアメリさんから離れていった。
「ひ、ひいいい!!」
「そ、そんな……」
群がった霊体の腕が離れると同時に、アメリさんが力無く倒れる。
先程までの快活だった姿が嘘のように。苦悶の表情を浮かべ、肌は皺に、色は青白く、虚ろな目をしていて生気の失ったアメリさんが姿を現した。
「イイ魔力ノヨウダ……朝露ノヨウナ清ラカサヲ感ジル」
「おえ……おぇえええ!」
胃の中のものが逆流する。その場で吐いても胸の気持ち悪さがとれることは無かった。
感知していた魔力の変遷。
アメリさんが死んでいく様を私の脳に直接刻まれたかのように言いようのない感覚だけが私の中に残っている。
生きた人間から魔力どころか命までも奪いつくすその過程が感覚となり、紛れもない死の感触が魔力の動きを通して私の中に残っていた。
体が動かない。次は私もこうなるのかと恐怖で足が竦む。
何でこんなことに?
誰に問うでもない疑問が頭を飛び交っていた。
「う、うあああああ!!」
アメリさんを見てカイルさんは剣を捨てて一心不乱に逃げ出そうとする。
その後ろ姿に一瞬、カイルさんが言っていた言葉を思い出す。
――シーカーは助け合うものだ。
あれが綺麗事だってことはわかってる。口から出まかせだってこともわかってる。
それでも、やはり。わかっていても恨んでしまう。
私を置いて逃げ出すその後ろ姿を。
「フム、何処ヘ?」
「ひっ……! や、やめろ! やめてくれ! やめてぐれぇぇえ!」
だが、その後ろ姿もすぐに掴まる。
いつの間に移動したのか、無数の腕が出口に向かうカイルさんを阻む。
今アメリさんを殺したのは魔術を唱えずに使う怪物だ。
むざむざ逃がしてもらえるわけがない。
霊体の腕はカイルを掴むが、アメリさんのように魔力を吸い上げる様子は無い。
「離せ! 離ぜぇ!!」
掴む霊体の腕は身を捩るカイルさんを意に介さない。
そんなカイルさんを未だに座して動かないゴーストの元にゆっくりと運ぶ。
生贄を献上するかのように。
「や、やめてくれ……! さ、さっき、俺を殺す価値は無いって言ってただろう……? なら! ここから逃げても問題ないだろ!?」
「確カニ殺ス価値ハ無イト言ッタ」
「な、なら……!」
「ダガ、生カス価値モ無イ」
そう言ったそのゴーストはにやりと笑ったように見えた。
同時にカイルさんが投げ捨てた剣が独りでに浮き上がる。これも何かを唱えた様子はない。
そしてカイルさんを掴んだ腕はその剣を見せつけるように向きを変えた。
「い、いやだ……! やめろおお!」
何をされるのかわかったのか、カイルさんは一層暴れ始める。
だが霊体に触れることはできない。
魔術を使えないから攻撃もできない。
ゆっくり。ゆっくりと剣の切っ先がカイルさんの体に刺さっていく。
「いだ……! いだいいいい! ああ! ぐぅううう!!」
「汚イ声ダ」
ゆっくり、ゆっくり剣はカイルさんの体を貫いていく。
ただ刺しているだけでなく、動きを加えてより苦しくなるように。
口と傷口から流れる血が地面に血溜まりを作っていた。
「あぶ……おぼ……」
声にならないような呻きになる頃、霊体の手はカイルさんの体を離す。
ぐちゃりと自分の作った血溜まりにカイルさんの遺体は落ちた。
無言での魔術を行使。
攻撃魔術を意にも介さない耐久力。
現代の魔術師ではあり得ないゴーストの使役。
――これがリヴさんの言っていた魔法使い?
「サテ、次ハ貴様ダ」
「いや……いや……」
涙が溢れ、恐怖で歯が無意識に鳴る。
考えたくなくても今から私もあんな風に苦しみながら死ぬのかと考えてしまう。
殺すならいっそ楽に殺してほしい。あんな死に方は嫌だ……!
――死ぬのも嫌だ。私はまだ何も探せてない!
「ハ――ハハハ!」
恐怖で震える口からは命乞いの言葉すら出てこず、気付けば私は自分の股に温かさを感じる。
トレニスが私の粗相を見て笑ったのだと理解はしたが、今はそれに羞恥することすらない。
何よりも死にたくないと願うのが精一杯だった。
「ム……?」
笑い部屋の入り口にトレニスは目を向ける。
――誰か来る。
当然感知できるような精神状態ではない、走ってくる音がこの部屋まで響いているのだ。
「はぁ……はぁ……。うおぇ……こういう感じか」
その足音の持ち主は中の様子を確認するような素振りも無く、勢いそのままに部屋の中に駆け込んできた。
「勘弁してくれ……ホラーもスプラッタも苦手なんだよ」
部屋の中の様子を見ても彼は引き返そうとしない。
先程とは違う、今にも吐いてしまいそうな顔色をしたユウトさんがそこにはいた。