乱暴な信頼
「数が多い!」
リヴさんとユウトさんは互いに背を預け、こっちは三人で壁際に下がる。
カイルさんが前衛に私とアメリさんが後衛の布陣だ。
「おらぁあ!!」
カイルさんが剣を一振りして近くで起き上がったスケルトンの頭蓋を砕く。
スケルトンはシーカーの間ではよく見るので有名だ。魔獣やシーカーの骨を使って命を求めて動く死霊で、骨が本体なわけではなく、骨にとりついている霊がいる。
私も雇われた先で何度か見たことがある……見た目はいつまで経っても慣れないが。
神官であれば《浄化》で一瞬で終わる弱い死霊だが、使えない私達ではそうはいかない。
とはいえ、スケルトンを倒すのは簡単だ。
核となる頭蓋を砕けばいい。それだけで骨を動かしていた死霊は霧散してただの骨に戻る。
そしてスケルトンは形成される魔力が補助しているとはいえ、人や魔獣の骨が立っているのと変わらない。
なので、背骨や足を砕かれれば構造上立ち上がることは出来ないのだ。足だけだとはいずって来る時もあるが、その状態では動きも鈍いので恐れることはない。
後は核となる頭蓋を砕けば魔力は霧散して活動を停止する。
つまり、狙えるなら頭、狙えないようなら背や足を攻撃して動きを止めてからというのが基本だ。
「うっし! 二体目!」
「《雷光》!」
カイルさんが二体目の頭蓋を砕く中、アメリさんも杖から放たれる雷でスケルトンを二体纏めて薙ぎ払う。
来る途中の馬車の中で使える術は打ち合わせしていたが、駆け出しのシーカーが使うには強めの攻撃魔術だ。
もしかしたらアメリさんは魔力が多いのかもしれない。私は攻撃魔術がほとんど使えないので頼もしい。
「ソフィちゃん! お願い!」
「はい! 《護壁》!」
比べて、私が習得しているのは支援や防御の魔術だけだ。
今張ったのは魔力の壁。私の魔力で作られているので、私が通すものと通さないものを決められる。
当然スケルトンとその攻撃は通さず、カイルさんとアメリさん、そしてその攻撃は全て通す。
こちらは大丈夫そうだが、あちらの二人は大丈夫だろうか。
「リヴ! 使うか!?」
「二本しかないんだから私がやる! 《変換!》」
横目であちらの二人を見ると、リヴさんが唱えると共にリヴさんの手足が黒い布の上からでもわかるように光る。
透けて輝くその光は筋のようにリヴさんの手足に張り付いた。
「一匹!」
そして向かってくる一体のスケルトンにリヴさんは飛び蹴りで迎え撃つ。
振りかぶった骨は当たることなく、核である頭蓋どころか肩までの骨がその蹴りで砕けていた。
「二匹!」
振り降ろされた錆びた剣など意に介さず、リヴさんの拳はそれごと頭蓋を打ち砕く。
拳の先にまで光の筋は張り付いており、ぱちぱちと音を立てていた。
「そんなすかすかの骨で毎日牛乳飲んでる私に勝てると思うな……よ!」
さらに続けて三体目の頭蓋を砕いた。
骨が弾けるような音と、輝く拳や脚を振りぬくたびにが軌跡を作って光が舞う。
しかし、牛乳は関係ないんじゃないだろうか。
「飲んでないだろ!」
「気分気分!」
……飲んですらいなかった。
「よし、三体……うお!」
カイルさんが三人目の頭蓋を砕くと私の張った《防護》が砕ける。
この術は便利だが、持続性が低く、強い攻撃や何度か攻撃を加えると砕けてしまう。
数が多いだけあって攻撃が激しく、弱い攻撃ばかりのはずのスケルトンの攻撃でも長くは持たなかった。
「次のを張ります! 《護壁》!」
しかし、再び同じのを張る。
《護壁》は魔力消費が大きいわけではなく、《治癒》を人数分掛けられる魔力を残してもあと二回は唱えられる。
その間にはスケルトンは全て討伐できるだろう。
肉体がある魔獣なら素材を売ったりできるのだが、スケルトンのような死霊はそれができないのでトレジャーハンターのお二人にが少し残念だろうが、無事に乗り切れるだけでもこういった遭遇は幸運だ。
「よし、この調子なら余裕だな!」
急な襲撃ではあったが、落ち着けばスケルトンくらいどうってことはない。
スケルトンの怖いところはすでに事切れているものが急に動き出すその奇襲性だけだ。
人間と同じように走り、攻撃してくるが、単純な事しか出来ず骨だけなので脆い。
カイルさんの言う通り、この調子なら余裕だ。
「気を付けろ! 足元だ!!」
あちらもスケルトンを迎撃している中、ユウトさんが声を張って私達に告げる。
ユウトさんの声で咄嗟に足元を見るが、私達の足元には何も無い。
変化があったのはカイルさんの足元だった。
「ぐ……ぐあああ!」
「カイル!」
「な、なんで……!」
順調にスケルトンの頭蓋を砕いていたカイルさんが急に苦しそうな声を上げる。
あり得ない。
カイルさんの足には錆びた剣が突き刺さっている。
しかし、あり得ないことはそれではない。
頭蓋を砕いたはずのスケルトンは頭蓋の無いまま動いていた。
「な、何でさっきの……! この!」
錆びで切れ味が悪いのか、スケルトンの剣はカイルさんの足に深くは刺さっていない。
痛みで顔を歪めながらカイルさんは刺してきたスケルトンの腕を剣でたたき割る。
そのスケルトンはようやく動きを止める。だが、もはやその止まっている動きが信用できない。
頭蓋を砕くと止まるものだからスケルトンは簡単に倒せるとされている。だが、頭蓋が無くても動くなら私達にとって不死身に等しい。
倒し方がわからないのだから。
「刃物の武器を遠ざけろ! 武器が無ければまた動き出しても大した害にはならない!」
「ただのスケルトンじゃないわね!」
あちらでも頭蓋を砕いたスケルトンが動き出したようで、リヴさんが砕いたスケルトンの武器をユウトさんが蹴って床に転がる骨から遠ざけている。
「ぐっ……この……!」
傷のせいでカイルさんがふらつく。素人の私が見ても足に力が入っていない。
ただでさえ前衛一人という状態を《護壁》でカバーしている形なのにこのままでは崩れてしまう。
そしてその二度目の《護壁》もスケルトンの攻撃で崩れ去った。
術が解けた瞬間を狙って魔獣のスケルトンが人のスケルトンの足元から二匹飛び出してくる。
「この……!」
一匹はカイルさんが剣で薙ぎ払うが、もう一匹はカイルさんの横をすり抜けこちらのほうに向かってきた。
正確には一目散にアメリさんに。
「く、くそ……! 一匹……!」
「きゃあああ!」
魔術で迎撃するには魔獣のスケルトンの動きが早い。いまだ鋭さの変わらない牙を見せながらアメリさんに飛び掛かる。
攻撃魔法の無い私は咄嗟に噛みつこうとする魔獣の頭蓋に狙いを定める。
「え、ええええい!」
薙いだ杖は頭蓋に命中する。ぐしゃりと頭蓋はひしゃげて魔獣のスケルトンは横に吹き飛んだ。
いつ動き出すかはわからないが、とりあえず動きは止まったようでほっとする。
「《護壁》!」
そしてすかさず《護壁》を張りなおす。
今のやり取りで大分距離が詰められてしまった。次あの魔獣のスケルトンに来られたら間に合わない可能性が高い。
「あ、ありがと! ソフィちゃん!」
「いいえ、でもこのままじゃ……!」
ただのスケルトンでは無い事を改めて確信する。
普通、スケルトンは命ある者を無差別に攻撃する。
それなのにあの魔獣のスケルトンは近くにいるカイルさんではなく、後衛にいるアメリさんを狙っていた。
足を怪我しているカイルさんよりも強力な攻撃魔術を使えるアメリさんの方が脅威だと判断しているという事。
つまり、優先順位を決めるほどの知能があるということだ。
普通のスケルトンではあり得ない。こんなスケルトンをよく見るようでは厄介にも程がある。
どうすれば……どうすればいい?
「ソフィ!」
「は、はい!?」
ユウトさんが私の名を呼ぶ。
急に名前を呼ばれて少し声が裏返った。
「感知だ! 普通のスケルトンじゃないが、骨を操ってるということはスケルトンと同じように本体の霊がいるはずだ! 《護壁》使いながら出来るか!? 出来るよな!?」
質問というより決め付けだ。
森での印象は暗くて素朴なちょっと変な人で、もしかしたら紳士的なのかもと思ったが撤回する。
この人は自分勝手な人だ。
お前ならできるだろう、できないわけがないと、相手の不安を無視した一方通行。
まだ会って半日も経ってないただのセンスに向けられた乱暴な信頼を私に向けている。
……けれど。
けれど、その乱暴な信頼が私には心地いい。
だって、私は私が出来る事を評価された事なんて一度も無かったから。
「やります!」
「頼んだぞ!」
術が解けたら終わり。
感知が遅れても終わり。
注意を払って魔力を伸ばす。術は解けないように、そして感知の範囲が狭まらないように魔力は惜しまず、迅速に。
ここは魔力が薄くて周りの魔力の動きで判断する事は出来ない。伸ばせるのは自身の魔力だけ。
やった事はない。
だけど出来る。私はセンス。感知でシーカーの安全を確保するの仕事なんだから!
「《雷光》!」
「大丈夫か……! アメリ!」
「あんたのが大丈夫じゃないでしょ!」
アメリさんの術で《護壁》に張り付こうとしていたスケルトンが薙ぎ払われたのを感じる。
広間にある骨を隅々まで感知していたら時間がかかる。
一瞬でも早く感知する為にいる可能性の無いものは除外する。
今薙ぎ払われた中にはいない。
というよりも、動いているスケルトンには間違いなくいない。
いるとすれば――!
「そこです! でも遠い!」
薄い。けれど、明らかに他とは違う魔力を感じるそれを指差す。
本体がいるのなら比較的安全で攻撃されない所だ。
私達を襲っているスケルトンの中にいては紛れる事は出来るが、不意に魔術が飛んできて破壊される可能性もある。
強力な攻撃魔術を使ったアメリさんを優先的に狙うような知能を持っているのならば、尚更最初から動くスケルトンの中にはいないはずだ。
だからこそ探す所は絞られる。
ユウトさんの言う通り、このスケルトンは普通ではないが、骨を操っている以上スケルトンに類する死霊のはずだ。
物を操れるなら武器だけを動かして攻撃すればいい。骨が武器を取るという回りくどい事をする必要はないはず。
ならば本体も間違いなく骨にいる。
この骨を操ってる何かはまさにそこにおり、まず攻撃が来ない、そして普通のスケルトン相手ならば動くとも思っていない転がっている数ある頭蓋の中の一つにいた。
「当たる?」
「当然」
どん、と大きな音とともに指差した頭蓋が砕ける。頭蓋を注視していたせいで何が起こったのかはわからない。
だが、頭蓋が砕けたその瞬間、感知で捉えた魔力の気配は消えた。
「ナイスショット!」
「ふぅ……当たった……」
一瞬だった。
一つの骨に宿っていなかっただけで倒す方法は普通のスケルトンと一緒だったのだろう。その"だけ"が脅威だったのだが。
私達を襲おうと動いていたスケルトンは動きを止め、その場に崩れ落ちる。
一斉にスケルトンが崩れ落ちたせいで辺りに砂埃が舞った。
「げほ! げほ! お、終わった……のか……」
「カイル!」
「アメリ、よかった……」
スケルトンの動きが止まった瞬間、アメリさんは杖をその場に捨ててカイルさんに駆け寄る。
カイルさんのあの様子なら《|(治癒)ヒール》を使えば問題ないだろう。
「ふ……はわあ……」
その場にあった緊張も無くなり、私といえば支える相手も支えられる相手もいないのでその場で腰を抜かす。
そのまま地面にへたり込むかと思えば、私の体は二本の腕に支えられた。
「ソフィのおかげだ」
「ソフィちゃんナイス!」
横を見ればリヴさんとユウトさんが私を支えながら労いの言葉をかけてくる。
倒したのはユウトさんなのに、さも私の手柄のように。
聞きたい事や言いたい事はあるはずなのにすっと言葉が出てこない。
何か言わなければと精一杯言葉を絞り出す。
「当然です……センスですから」
もう少し言う事は無かったのかと、言い終わって後悔した。




