遺跡の入り口
「遺跡か!?」
「そうみたい」
嬉しそうにカイルさんが走って近付いていく。
遺跡の入り口へと誘う石の階段は苔で覆われ、樹木に呑まれた入り口は木の洞のようにぽっかりと口を空けていた。
周りに魔獣がいないからか荒らされている様子も無く、建造物の入口だとわかる形のままそこにある。
建物を呑んでいる樹木の大きさはここに来るまでに見た木よりもさらに太く巨大で、その建造物の姿はわからないが、入り口を残すかのように取り込んでいた。
その下に位置する遺跡の入り口辺りは影も大きく、遺跡の中に入ったわけでもないのにすでに薄暗い。
「ちょっとカイル!」
「嬉しそうだねー」
「子供なのよ、もう……」
「私達も行こうか」
「ええ」
カイルさんを追ってアメリさんとリヴさんも走る。
私は念の為に辺りの魔力を感知した。
「……何もいない」
相変わらず周りには何もいない。
濃い魔力だけが大気に漂い、私達以外に周りで動きを見せる生き物はいない。
たまに目に入る草が揺れるくらいで、ずっと静かなままだった。
「わかるのか?」
「え?」
カイルさん達が一目散に遺跡に近寄ったというのに、ユウトさんだけは遺跡に近寄ろうとしていない。
私が感知をしている間も隣でずっと待っていたようだ。
「何もいないのがわかるのか?」
「魔力の流れが……停滞しているので……」
「周りに生き物は?」
「い、いません……それらしい魔力の塊も無いですし、動きも無いです……たまに葉が揺れたり、木の上で鳥のようなのが何か通ったりするくらいで……」
私がそう言うとユウトさんは上を見上げる。
見えるのは生い茂る葉と隙間から微かに降り注ぐ光の筋だけしかない。
嘘を吐いていないか探られているのか、それとも何か警戒しているのか。
見回すようにした後、私に視線を戻した。
「凄いな」
私に視線を戻してユウトさんが口にしたのは短い感想だった。
私はセンスの役目を果たしているだけなのだが、何が凄いのだろうか。
言葉の意図が読み取れない。まさか単純に褒めたというわけではないだろう。
「あ、あの、普段はわかりませんよ? ここは魔力が濃いから些細なこともわかるりやすいだけでして……」
「もしかして、リヴが湖に来る時もわかってた?」
「は、はい……」
リヴさんとユウトさんの魔力の量は正反対だ。
リヴさんはわかりやすく魔力が多く、ユウトさんはわかりやすく少ない。
この量は個性といってもいいくらいだ。どちらも違う意味で感知しやすく、この二人ならある程度人がいても判別できるだろう。
だから何故こんな質問をされているのか、私にはわからなかった。
「そうか……ありがとう」
「い、いえ……」
沈黙だ。
会話が終わってもユウトさんは動き出さない。視線は遺跡の周りを探っている三人のほうを向いているようだが、歩き始める気配が無い。
「あの……行きましょうか?」
「ああ、そうだな」
私が声を掛けると、ようやく遺跡のほうに歩き出す。
その歩幅は小さく、急いで駆けていった三人とは対照的で私とあまり変わらない。
――もしかして、私を待っていた?
ぶんぶんと首を振る。
私としたことが自意識過剰だ。少しでもそんな事を考えてしまった自分が恥ずかしい。
私はセンスとしての能力は普通だ。普段言われることの無いお世辞で舞い上がってしまったのだろう。
そうだ、そうに違いない。
……まぁ、普段褒められることの無い職なのでお世辞とわかっていても嬉しかったのですけど。
「ソフィちゃん! ちょっと調べてくれ!」
ぐるぐると柄にもない事を考えて照れていると、カイルさんがこちらに手を振っていた。
いけない。自分の仕事を果たさなければ。
褒め言葉一つで舞い上がっていてはいけない。今は探索中だ。いつ危険が来るとも限らないのに。
「わかりました!」
遅れる形で私も遺跡に駆け寄る。周りは調べ終わったのか、リヴさんとアメリさんは入り口を覗き込んでいた。
「遺跡の入り口から調べられるとこまで調べてくれ」
「はい」
言われて、魔力に手を伸ばす。
遺跡の入り口からその奥に。
しかし。
「全然、魔力が……」
無い。
いや、正確に言うと薄い。
入り口から少し行った所までは魔力があるのだが、先に行くとどんどん魔力が薄くなっている。
「無いのか?」
「は、はい……」
「じゃあ入り口にトラップは無さそうだな」
「入り口にも魔力がほとんどないので恐らくそうかと。物理的なトラップに関しては確証はありませんが、変な空間のようなものはないですね」
「よっし!」
カイルさんは喜んでいるが、私は少し不安だった。
「センスの感知で魔力が感じられないってことは、この遺跡には最低限の魔力しか無さそうだね」
「こんなに魔力が濃い場所なのにここだけ……」
「もしかしたら、これを作った時は違ったのかも」
それでもこんなに違うことがあるだろうか。
この森に入った時とは違う意味で気味が悪い。まるでこの中だけ違う空間のような感覚だ。
「ねぇ、こっちに何か彫ってある」
アメリさんの指差した先にはレリーフがあった。
周りの石には何もなく、その石にだけ彫られている。
リヴさんが苔を乱暴に拭うと全体が見えるようになる。
「何だこれ、竜?」
「人が何か持ってる?」
「これ宝石じゃねえか!」
「これだけはめ込んであるみたいね」
輝く宝石はともかく、あくまで私的な感想だが、ありきたりな構図だった。
竜のような首の長い生き物が口から液体を垂らし、その足元には多数の魔獣のような生き物が立っていて、その前では剣を掲げるように持つ騎士のような人が対峙している。
私にははめこまれている宝石のほうが目を引く。
宝石はその剣にはめ込まれていた。赤く、長く苔に覆われていたせいか傷も無い。小さいが汚れをきちっと拭えばそれなりに価値はありそうだ。
レリーフにも何か壮大な物語があるのかもしれないが、芸術には縁がないので私の感性では普通としか思えない。
こういうのを研究しているシーカーならば素晴らしいと絶賛する代物なのかもしれないが。
「ユウト!」
リヴさんが周りを見ていたユウトさんを呼ぶ。
ユウトさんが駆け寄ると、ユウトさんに場所を空けるようにリヴさんは横にずれた。
「どう見る?」
「さあ?」
「わからない?」
「これだけじゃ何とも。竜と騎士なんて構図は俺のいたとこでもありふれてるし」
「とはいえ、本当に竜がいるとは思えないよね。竜は何かの暗喩かな?」
「災害や疫病? もしかしたらシェルターの可能性もあるかもだが……」
「……宝石埋まってるシェルター?」
「そう、だから無いな。魔除けにしても一つだけなのはちょっと変だ。本当に恐れているなら他にもわかりやすいとこに配置されてるはず……というよりも、他にもレリーフが彫られてるだろ」
「なるほど……」
リヴさんが納得したように頷く。
私が空飛ぶ火の話をした時もリヴさんはユウトさんに意見を求めていた。
もしかしたらユウトさんはこういうのを調べる役目なのかもしれない
「あんたらトレジャーハンターだったな。これは持ってかないのか?」
ひとしきり眺め終わると、ユウトさんはカイルさんとアメリさんに聞く。
見つけたのはアメリさんだし、回収する権利がある。
これだけで探索成功とはならないが、このはめ込まれたレリーフは小さくとも綺麗で傷も無い。少なくともここに来るまでの路銀以上の価値にはなるだろう。
だが、お二人は首を振った。
理由は簡単だ。同じ立場なら私もとらないだろう。
「これみよがしに置いてある宝石なんて罠にしか思えない。センスの感知にも引っ掛からないってことは物理的なギミックが仕掛けられてるんだろうし、ここにそんな宝石があるってことは中のにも期待できる。もしこれに中のものを奪わせないように破壊するギミックがあったらたまったもんじゃない。損にしかならないからな」
そう、カイルさんの言う通りいくらなんでもわざとらしすぎる。
いくらお二人が駆け出しだからといってトレジャーハンターだ。こんな怪しいものには手を出さないだろう。
それに入り口に宝石をあしらえるという事は中にそれ以上のものがある可能性が高い。それを棒に振ってまで今とるメリットが無いのだ。
取るにしても中を探索し終わってからだろう。
「じゃあ貰うな」
「え……。おい!?」
「ちょっと!?」
止める間も無く。ユウトさんは懐からナイフを取り出し、引っ掛けてレリーフから宝石を外す。
かこっ、と気持ちの良い音を立てて宝石はレリーフから外れ、ユウトさんは外れた宝石をキャッチした。
急な出来事に私達はその場から動けず、身を固めて警戒するが……特に何も起きなかった。
「よくわかったね、ユウト」
「宝石は魔力貯めやすいから最初はトラップだと思ったけど、そこの……ソフィ?」
「は、はい」
説明しながら、ユウトさんは私の名前を自信無さそうに呼ぶ。
私が返事をすると、少しほっとしたようにして説明を続けた。
「ソフィが感知した時にここの事何も言わなかったから何も無いんだろうなって。
少なくとも大掛かりなトラップは無いだろうと踏んでた。入り口くらいは塞がれるかなって思ったけどやっぱりブラフだったな」
何というか……妙に信頼されてしまったようでプレッシャーを感じる。
けれど、一方的な信頼は能力を評価されているようで少し嬉しかった。
「それに入り口を塞がれるくらいならリヴがぶっ壊してくれるだろうし」
「か弱い乙女に何やらせようとしてんの」
「か弱くないとこを信じてんの。さあ、行こう」
リヴさんとユウトさんは荷物からランタンを出して遺跡の入り口に入っていった。
つい、それに着いていこうとしてしまったが我に返る。
私を雇っているのはカイルさんとアメリさんだ。
この二人が動かないのでは私が動くわけにはいかない。
「あ……の……」
カイルさんのほうを見ると、悔しそうに唇を噛んでいた。
目の前で自身の獲物を持ってかれてしまったことでトレジャーハンターとして複雑な気持ちなのだろう。
その背中をアメリさんがぽんぽんと優しく撫でる。
「……」
「仕方ないよ。警戒したカイルの判断は正しかった」
カイルさんを慰めながらアメリさんは入り口で和気あいあいとしている二人の背中に目を向けた。
「悔しいけど、あっちが慣れてる。私達は駆け出しなんだからこういう時もあるよ」
「……ああ、そうだな」
「ソフィちゃん、火出してもらっていい?」
「は、はい……。《灯火》」
言われて魔術でランタンに火を灯す。
《灯火》はランタンや蝋燭に火を灯すいわゆる種火のような小さな火を灯すだけの術だ。
燃やし続ける為の燃料は別個で用意しなければいけないが、小さな火を灯すだけなので魔力消費も大したことがないし、大きくしたければ術者が魔力を消費すれば調節が容易なので重宝する。
「さ、いこ」
「おう」
アメリさんの呼び掛けにカイルさんは短く返す。
ここの来る前の明るい声が消えたことに、私は遺跡の中を感知した時とは別の不安を覚えた。
「リヴから行って」
「いやよ、ユウトが行ってよ」
遺跡に入ると、どっちが行く行かないで揉めていたのか、先に入ったはずのリヴさんとユウトさんはまだ入り口付近で足踏みしていた。
「恐いのか? 俺は恐いから嫌だ」
「私は恐くないもん」
「……じゃあ俺が行くよ」
「え、ちょっと、危ないから私も行くわよ。あなた私よりも貧弱なんだから!」
結局二人並んで壁や床を照らしながら進んでいく。
こちらのぴりっとした空気など気にする様子も無く。
その姿がただ雇われた私には少し羨ましかった。