湖の二人
「飛行機でもあればなぁ」
先頭を立つ私の雇い主が何度目かの草刈りを終えると、うんざりしたように呟いた。
辺りは背の高い木々に囲まれて薄暗く、私達以外に人すらいない。
上を見上げれば屋根のように光を遮る葉が。目の前には鬱蒼とした草木が私達の進路を阻んでいる。
辺りが緑に囲まれていて空気も良く、歴史を感じさせるような大木がそこらにそびえる大自然だが、今の私達には侵入を阻む天然の迷宮にしか見えなかった。
「飛行機って旧時代の遺物でしょう、しかも三台しか無いのに私達が使えるわけないじゃない」
もう一人の雇い主が現実を突きつけるようにぶっきらぼうにその呟きに応えた。
草木を刈っているのが男性がカイトさん、呟きに応えた女性がアメリさんという。
ここに来るまでの間にお二人が幼馴染であることや駆け出しであるという事を話してくれた。
移動の間も互いに気兼ねなく言いたい事を言える、口喧嘩をしているように見える時もそれがお二人なりのコミュニケーションなのだと周りが理解できるような、付き合いの長い信頼関係を感じるお二人だ。
自分にはそういった友人はいないので、少し羨ましい。
「願望だよ、願望。こう草やら枝やら刈ってるとうんざりするわけ」
「それはわかるけど、何で飛行機なのよ?」
お二人は今回私を雇って探索に来た『探索者』だ。
シーカーとは書物の伝承、現地の噂、未開の地、隠された遺跡、そういった真偽も不明な手掛かりから自分の求めているものを探し出す職業の総称だ。
金目の宝を見つける者、不可思議な現象をその目で記録する者、かつてその場所で何が起きたのかを明らかにする者、追い求めるものはそれぞれ違うが、彼らが見つけたものは少なくとも記録として価値を持ち、ものによっては巨万の富が手に入り名声も上がっていく。
お二人は主に見つけた宝を売って稼いでいるのでトレジャーハンターというところだろうか。
そして当然、その職業の需要に乗っ取って他の職業も頭角を現していく。
それが私ソフィ・トルネの職でもある『感知者』だ。
この世界に存在する魔力を感知して危険な罠や危害を加えるものや魔獣の索敵を行う補助職業で、危険を伴うシーカーの安全を確保する重要な職業であり、いいセンスがいるかどうかで危険な場所での生還率は上がる……のだが……。
一部のシーカーには見下されたり、馬鹿にされたりする職業でもある。
それについてはセンスを目指す動機が関係していて、最初からセンスを目指すものもいるのだが、直接探索する能力の低い人が妥協してつく職業でもあるからだ。
目的のものを見つけられる、又は探索できるだけの力がある優秀なシ-カーに追従して目的を果たそうという未練がましい理由でつくわけだからそういった扱いも当然といえる。
そして私は後者なわけで。探したいものはあるが、荒事が苦手で仕方ない。魔術は使えるが、平均的で得意とは言えず体捌きも微妙。シーカーとして様々な場所に飛び込めるような実力ははっきり言って無かった。
唯一得意だったのはこの感知力で、シーカーに着いていける職業に適正があったことに未練がましくも喜んでしまい、今こうしてここにいる。
「だってここに来るまで馬車に揺られて馬車に揺られてまた馬車に揺られてーだったろ? 飛行機ってのは滅茶苦茶速い夢の乗り物って聞いたぜ。それで来れたら七日もかかんなかったろ」
「あのね……駆け出しのあたしらが馬車移動に文句言うんじゃないわよ……資金があるだけ私達は恵まれてるわ」
「だってここまでずっと揺られてたからよー……。なぁ、ソフィちゃんもそう思うだろ?」
「そうですね……確かにどんなに楽なのかは気になりますね」
気にならないといえば嘘になる。
確認されている飛行機は三台だけ、その中でも飛ぶのは二台だけらしい。
一つは見つかった三台の中でも特に大きく綺麗な状態で発見されるが、飛ばし方が誰もわからずに魔術をかけられて保管されている。もう一つは何があったのかばらばらで誰かが回収したらしいが正確な所在はわからない。
そして最後の一つは変わった配達人が持っていて配達に使っているらしいが真偽は定かじゃない。
配達を飛行機でやればそれは便利なのだろうが、三台しか確認されていない貴重なものと天秤にかけたら流石に割が合わない。売ってしまったほうがお金にもなるし、狙われる事もない。
配達人の話は夢あるシーカーの作り話だろうと言われているので、実質二台しかなく貴重なものだ。
「ほら、夢がねえんだよアメリは」
「現実も見ろって言ってるの。ここってちょっと前に他のシーカーが行ってから帰還報告が無いんでしょ? まだ何も起きてないけど危険な場所な可能性が高いわ」
シーカーは探索する前に出立報告を。探索した後にギルドに帰還報告をする必要がある。
帰還報告は探索を終えて何を得て帰ってきたかを報告をするだけなのだが、これをしないと次の探索や依頼を受けられない。
ギルドはシーカーの依頼達成や探索を記録する場所だからであり、その記録はシーカーの腕を把握する為でもある。
魔獣の討伐や遺跡の調査などの依頼に相応しいか判断する材料ということだ。
帰還報告をした際に手に入れた宝や資料の有無を聞かれはするが、持ってきた物を独り占めしたり他の人間の目に晒したくないのなら帰還報告しても何も無かったと言うのが許されている。
魔術師なら探索先で手に入れた資料を自身の為に隠すことは珍しくないし、特に禁じられてもいない。そこで見たもの、聞いたものを世に出すか出さないかは探索した者だけの権利だ。
功績や腕を認められる事には繋がらないが、自分だけの大事なものがあってもおかしくない。そういうシーカーも大勢いる。
つまり、帰還報告をしないメリットがほとんど無い。
帰還報告をしていないシーカーのほとんどはそのシーカーが亡くなっている事を意味する。
「確かに用心したほうがいいってのは賛成だな。ソフィちゃん、また頼める?」
「はい」
頼まれて一度集中する。
センスはこの世の魔力の流れ、そして塊を掴むことで事前に危険を察知する。
魔力を研ぎ澄ませて辺りの魔力に手を伸ばす。辺りにいる魔力を持った生き物を人、魔獣も問わずその存在に触れようとするが、
「やっぱり、何もいません」
これだけ大きな森なのに生き物の気配がない。
私達が歩くだけで流れを感じるくらいに魔力が濃いにも関わらず。
「虫は流石に感知できないですが、少なくとも魔獣はいないですね」
「こんな森に何もいないってあるのか……?」
「ちょっと変ね」
そう、この森は大きい上に魔力が濃い。
これだけ魔力が濃いと魔獣達には住みやすいはずだ。食べるものが無くてもこの場所が持つ魔力だけでもしばらく動けるような種もいるだろう。
それなのに、ここには魔獣はおろか動物もいない。葉に遮られて森の上がどうなってるかはわからないが、この森には木にとまる鳥すらもいないようだ。
「逆にお宝の気配はぷんぷんするな!」
「前向きね……私はちょっと怖くなってきたけど」
……私もだ。
魔力が濃くて感知しやすいはずなのに反応が何も無い。
感覚が狂ってしまっているのかと自分で疑ってしまうくらい不気味だ。
これしか取り柄が無いのに情けない話である。
シーカーの帰還報告が無いのならもっとわかりやすい危険があってもおかしくはないのだが。
「でも、おかしな状態なのは間違いないから調べるだけでも情報にはなるかもね。帰還報告無い場所の情報は高く売れるし」
情報は大切だ。
シーカーが命を落としているような危険な場所の情報なら尚更価値を持つ。
この森は近隣の町や村も気味が悪くて近付かないという話だったが、なるほど納得だ。
何もいないのだから危険からは程遠いはずなのにそれが気味が悪くて仕方がない。
「……この先に広い場所がありますね」
しばらく歩いていると、急に先の方の木々の魔力が途絶える。
ここの木の魔力は大きくわかりやすいのですぐにわかった。
「森を抜けるってこと?」
「いえ、森はまだ続くんですけど、森ではない場所があるんです」
「確かに先の方が開けてるわね」
アメリさんが目を凝らして先の方を見ている。
確かに目視でもわかるくらいの広い空間だ。
そこを目指して歩いていくと、わかりやすい魔力の塊が一つあった。
「……誰かいます」
小声でお二人に伝える。
わかりやすい魔力。それは人だ。
一番身近な魔力なので間違えるはずもない。
得体のしれない人物がいるというのに、私はというと少しほっとしていた。
何もいない状態よりも危険かもしれなくても誰かいたという状態のほうが安心したのだ。
「水かもしれません。湖があるのかも」
私達が立っている場所よりも低い……下半身まで沈んでいるような感じだ。
「こんなところに人?」
「……盗賊か? 何人?」
「一人です」
確かにその可能性は高い。
何故かはわからないが、魔獣がいないこの場所は潜伏場所としてもってこいだ。
「仲間と合流する前に……!」
「あ、ちょっと!」
アメリさんが止める間も無くカイルさんは走り出す。
アメリさんがこちらを見ると、黙って頷く。
カイルさんの言うように仲間と合流する前にというのは危険だが一理ある。
ここを探索している内にこの森のどこかにいるかもしれない盗賊の仲間と鉢合わせするよりはここにいる一人を三人で捕まえて仲間の情報を吐かせたほうが危険は少ない。
覚悟を決めて私とアメリさんもカイルさんを追いかけ、走り出した。
湖が近くて開けてきたせいか足をとるような植物は無い。
カイルさんが剣を、アメリさんが杖を抜く。
そして感知に引っかかった人物のいる開けた場所へと私達は飛び出した。
「おい! ここで何や……って……」
「ふぇ?」
「きゃあああああ!」
私はというと思わず叫んでしまった。
開けた場所は予想通り湖だった。
広く、美しい湖だが、目の前にいる人物の姿のせいで目を覆ってしまいよく見えない。
私が感知した人物が男性で、そして全裸だったから。
「ぎゃあああああああああ!?」
そして、私よりも大きい声でその男性は叫んだ。
叫び声を上げながら潜るような勢いで体を湖の中に沈ませた。
察するに水浴びの途中だったらしい。
というか、私が気付くべきだった。下半身まで沈んでいるってわかってたのに人がいたという事に少し安心してしまったせいか水浴びという発想に至らなかった。
「あ、あれ、まだ誰か……」
その大声に反応したかのように、誰かが近くから急いでこちらに向かってくる。
感知した事を伝えるまでもなく、草木をかきわける音が聞こえてきた。
警戒する間もなく、その音の主は私達から湖の横に見える木々の間から声を上げながら飛び出してきた。
「どうしたのユウト! そんな大声上げて!?」
「えぇ!?」
「うお!」
「ちょ!? あんたは見るな!」
アメリさんは慌ててカイルさんの目を塞ぐ。
草むらから出てきたのは半裸の……というよりほぼ裸の女性だった。美しい金髪に黒いトンガリ帽子だけ被っている状態で勢いよく姿を現す。
水浴びをしていたであろう男性はともかく何故草むらから出てきた女性が裸かはわからないが、その女性はまだこちらに気付く様子は無い。
にやにやした笑顔を浮かべて、からかうように湖に浸かっている男性の顔を窺うようにしている。
「何だ無事じゃない。もしかして私がさっき水浴びしてたから興奮しちゃったの? 私が水浴びした水と同じ水だと思って興奮しちゃったの?」
「こんな馬鹿広い湖で同じ水もくそもあるか! というより何で帽子だけなんだよ服着ろ!」
男性の様子を見るにどうやらいつも半裸というわけではないようだ。
出会った人がどちらも裸に近かったので、一瞬そういう文化の方々なのかと思ってしまった。
「やっぱり私に興奮して……?」
「人がいんだよ人が!」
「人?」
男性の言葉でようやく気付いたのか、半裸の女性はこちらに目を向ける。
「うわ、ほんとだ。何やってるのこんなとこで? ……も、もしかして現地の人?」
「こっちの台詞よ」
「見えねえ!」
先程の覚悟はどこへやら。
女性の間の抜けた質問に私達の空気が緩んだのを感じた。
今日から書いていきます、よろしくお願いします。