プロローグ -少女の記憶‐
その時の私は子供だった。
子供だから自分の体調も省みずに……いや、子供に失礼だ。子供の頃の私が馬鹿なだけ。仕事に行かなければならない両親の忠告を無視して、病に侵された子供の私は外に出た。
遠く、遠く、自分の知らない所に行くのが好きだったから。知らないものが好きだった。
「はっ! はっ! はっ!」
自分を背負う大きな背中から聞こえる荒い息遣い。流れる景色。土を蹴る音。熱に苦しむ私を背中に担ぎ、誰かが必死に走ってくれていた。
……でも、自分でもどうかと思うけれど私は助けてくれたこの人の事をほとんど覚えていない。
熱がもたらす苦しみよりも、助けてくれた人よりも、鮮烈に記憶に残る思い出が他にあったから。
今でも覚えている。この時だけ、私は病の苦しみも忘れて空を見ていた。
「飛んでる……」
「どうした!? 何がだ!?」
走りながら、誰かは私の声を聞いてくれた。
「"ひ"が飛んでるの……」
「ひ!? お日様、か!? ははは! そろそろ沈む頃だから、落ちてくんじゃないか!」
違うの、日じゃないの。
「違うの……"火"が……飛んでるの……」
「よし、着いたぞ! お医者様! お医者様! 頼む! 道で倒れていて……」
それを最後に誰かの声が遠くなっていったのを覚えている。家を出る前から熱で意識が朦朧としていたから限界が来ていたのだろう。
けれど、あの時見たものだけははっきり覚えている。
私は誰かの背中で揺られながら、"空飛ぶ火"を確かに見ていた。