純白の病棟
下層に到達したエレシス達を待ち受けていたのは,白い内装の施設だった。
薄暗い最下層の監獄と違い,何処までも続く入り組んだ通路がハッキリと見える。
壁沿いには病室らしき引き戸が幾つも並び,天井には近代的な蛍光灯が,光りながら等間隔で敷設されている。
ただ窓のような,外の光景を確認できるものはない。
ここはまだ,地下に該当するのかもしれない。
「さっきとは,全然雰囲気が違うわね……」
「あぁ,まるで何処かの病院みたいだ」
「クレイヴ,何か心当たりはない?」
「う~ん。それが,全然思い出せないんだ。こんな所,通ったのかどうか」
依然として,クレイヴの記憶は戻らない。
最下層まで辿り着いたのなら,一度は通っている筈のこの場所を見れば,何か思い出すかもしれない。
そう思っていたエレシスの目論見は外れた。
だが,その程度で落ち込むこともない。
正式に運営しているのかも分からない院内を,二人は探索することにした。
静かな通路のために,足音がやけに響く。
患者はおろか,医者らしい姿も見えない。
当然,上の階層に繋がる階段の場所も分からない。
クレイヴは途中で見かけた大広間を確かめようとしたが,どの扉も鍵が掛かっているため,中には入れなかった。
「全部鍵が掛かってて開かないな。こうなったらシャベルで……」
「ちょ,ちょっと待ってて。こういう時こそ,アレを使うわ」
割と脳筋な彼を止めつつ,エレシスが扉に触れて力を行使する。
今度は使い方を間違えたりはしない。
焦らず慎重に,を心掛ける彼女は開かずの扉をゆっくり開錠する。
そして大広間へと入った二人が目にしたのは,多くの医療ベッドだった。
車輪のついた移動式らしく,その殆どに検査着を着た人々が何十何百と寝かされていた。
「これって患者……?」
エレシスは間近にあったベッドに近づく。
奇妙なことに,そこにいた患者は全員目を見開いたまま静止していた。
人形のように身じろぎ一つせず,ただ息を繰り返している。
「あの……」
異様な空気に気圧されつつも声を掛けるが,反応がない。
他の人の容体を確かめていたクレイヴも,ただ首を振った。
「駄目だ。誰も彼も反応がない。起きているのに,眠っているみたいだ」
よく見ると,患者の首には首輪らしきものが嵌められていた。
中央には番号の掛かれたシールも貼られ,それぞれの区別をしているようだった。
病院ではなく,人々を拘束する収監所。
エレシス達の脳裏に,そんな単語が思い浮かぶ。
「ここも,一種の監獄なのか……?」
「何か手掛かりがあるかもしれないわ。探してみましょう」
「オーケー,分かったよ」
これだけ広い院内ならば,地図の一つや二つ何処かにある筈だ。
エレシスはクレイヴと共に,目ぼしいものを探すことにした。
患者ばかりの大広間を探すのは気が引けたが,先に進むと結局何もない壁が立ちはだかる。
ただ傍には,白線が横に引かれた巨大な水槽があり,中途半端に水が溜まっていた。
線の内側まで注げば,何かの仕掛けが動くのだろうか。
エレシスは,この水槽に水を入れることにして,クレイヴのシャベルに目を付けた。
「水を汲めばいいのか?」
「ええ。頼めるかしら」
「よし。今度こそ,コイツの出番だな。超汲むぜ」
遠くにある水道の蛇口をシャベルに溜め,次々に注いでいく。
周りには水を汲む桶すらないので,シャベルは割と重宝された。
何回か往復すると直ぐに水は溜まり,白線まで満たされる。
直後,何もなかった壁がスッと動き出し,奥に続く道が現れる。
この階層にも隠し通路があったようだ。
仕掛けが解除されたことで,クレイヴが自慢げに胸を張る。
「やっぱりシャベルは最強だな」
「クレイヴって,シャベル好きなのね」
「何だその顔。欲しくてもあげないぞ」
「いえ……。持てないし,別にいらないわ……」
「そうバッサリ切られると,何だかショックだぁ……」
表情を見極められず,何故か少し落ち込むクレイヴ。
エレシスは,力仕事に長けた彼がいてくれて良かったという視線を向けていたのだが,あらぬ誤解になってしまった。
漫才のような会話を経て,先へと一歩ずつ進むと,待っていたのは藁半紙が散乱した小部屋だった。
誰かが荒らしてのか,元々こうなっていたのか。
足の踏み場のある場所を渡り歩き,エレシスは一枚の紙を拾い上げる。
そこには機械的な文字でこう書かれてあった。
「夢幻とは虚ろうものであり,いつかは醒めるもの。しかし漂う限り,その思いは永遠に続くだろう」
「つまり……どういうことだ……?」
「分からないわ。ただの詩じゃないかしら」
「変な言い回しだなぁ。言いたいことがあるなら,ハッキリと書けばいいのに」
「独特な書き方が詩の特徴なのだから,それに沿っているのかもしれないわね」
深い意味を考えても仕方がない。
そうしてエレシスが視線を別の場所に移すと,偶然傍に落ちていた写真が目に留まった。
それは,町並みを背景にした大きな樹の光景だった。
見覚えのあるそれを,彼女は思わず手に持って視界に近づける。
「風景写真かぁ。何処かの町……それと大きな樹か……」
「この写真,覚えがあるわ」
「ん,そうなのか?」
「えぇ。これは確か……」
記憶の中を手繰り,一つの解に辿り着く。
「私が住んでいた都市,ヴェスタにある大樹よ……」
監獄に収容される以前,幼い頃より住んでいた都市ヴェスタ。
エレシスは幼い頃の記憶を少しだけ思い出した。




