最下層からの脱出
最下層の看守,ヘルターの消滅をエレシス達は見送った。
この監獄では,死ぬ瞬間に黒化して消滅することが常識なのだろうか。
彼の身体は塵一つ残さずに消えてなくなった。
押し通るつもりとは言え,死に至らしめるつもりはなかったエレシスは,顔色を悪くする。
恐怖に似た感情が,胸の奥底から湧き上がってくる。
「まさか,こんなことになるなんて……」
「……これはアイツの自業自得だ」
クレイヴが非はないと口にする。
確かに最後の一撃は,自棄になったヘルターが引き起こした自爆でもある。
だが鎖の拘束を解除し,彼を弱体化させたのはエレシスだ。
例え囚人を奴隷のように扱った男だとしても,責任を感じずにはいられない。
するとクレイヴは,変化のない少女の顔を見て言った。
「もしかして,部屋に戻りたいとか考えてないか?」
「べ,別にそんなこと……」
「配管工が何言ってんだって話かもしれないけど,俺から見ればここには何もない。閉ざされた,行き場のない寂しい所だ。だからこんな所から,出たかったんだろう?」
彼の言うことも尤もだ。
こんな所で一生を終えたくない。
それでも彼女を躊躇わせているのは,看守が言ったあの言葉だった。
「さっきの話,聞いていたわよね? 私が,あの看守を雇ったって……」
「……」
「勿論,私達を惑わすための嘘かもしれないわ。でももしかしたら,記憶にない私がとても悪いことをしてしまったのかもしれない。だから,それを知るのが,少しだけ怖くなったの」
実際彼女には,ヘルターが嘘をつくような人間ではないように見えた。
考えるよりも手が先に出るタイプ。
そんな人物が,回りくどい言葉で牽制するとも思えない。
だからこそ,エレシスは自分が彼を雇った信憑性を信じかけていた。
するとクレイヴは,あっけらかんとしたまま答える。
「別に知りたくないなら,知らないままでいいんじゃないか?」
「え……」
「今やろうとしていることは脱獄だ。自分探しの旅じゃない。無理に知る必要もないだろ」
シャベルを背負い直して彼は続ける。
「俺も自分のことを知りたい気持ちはあるけど,先ずは君に雇われたんだ。君が誰だろうと,何者だろうと,その役目を果たす」
「……律儀なのね」
「雇われた身として,当然のことさ。二度もバックレるつもりはないからな」
自虐めいた笑みを,エレシスは見上げる。
彼こそ,名前以外の全ての記憶を失っているのだ。
自分のことが何も分からず,不安にならない筈がない。
それなのに,あくまで脱獄の手助けをしてくれている。
雇い主である自分が塞ぎ込んでいては駄目だろう。
そう考えたエレシスはゆっくりと頷き,前を向く。
先程から見えていた階段が,今は近くにあるように見える。
「さぁ,行こう。最下層から下層へ」
もう,あの監獄部屋には帰らない。
改めて決意したエレシスは,クレイヴと共に階段を上っていった。




