表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/30

深層意識を辿って




クレイヴの薄れゆく意識を,引き戻す力があった。

彼は何とか手足を動かそうとして,もがき続ける。

直後,揺さ振るような感覚と共に目が覚める。


「しっかりして!」

「う……」


何度か瞬きすると,そこにはドレス服の女性がいた。

彼女は中層で出会った看守。

エレシスと似たような容姿をした,もう一つの彼女の人格だった。


「良かった。気が付いたわね」

「フィリス,なのか……?」

「そうよ。この姿で会話するのは,始めてよね」


フィリスは意識を取り戻した彼に安堵しつつ,周りの状況を確かめる。

クレイヴも同じように辺りを見渡したが,二人を除いて他には誰もいない。

彼がいる場所はシェルター内のごく一部。

それ以外は,殆どの場所が切り抜かれたように闇に落ちていた。


「一体,どうなったんだ……?」

「ゴーズが,監獄全ての階層を呑み込んだわ。ほんの一部だけ,私が何とか侵食を抑え込んだけど,それだけよ」

「エレシスは!?」

「ヤツに……呑み込まれたわ」


悔しそうに表情を歪めるフィリスを見て,彼はエレシスが取り込まれる瞬間を思い出す。

彼女は上層に上がった時点で,既にゴーズの幻影に惑わされていた。

もっと早くに対処するべきだったが,気付くのが遅れてしまった。

彼女自身の意志なのか判断が付かず,間に合わなかったのだ。


「ごめん……! こっちに来た時に,記憶が飛んだせいで……!」

「やっぱり記憶が混乱していたのね。通りで,予定よりも来るのが遅いと思ったわ」

「俺が,もっと早くヤツに気付いていれば……!」

「それは私も同じ。二人と別れた後にアイツに襲われて,何とか抵抗したのだけれど,この有様」


フィリスもゴーズの予想外の動きに対応できなかったようだ。

よく見ると,彼女の左腕は闇に囚われていた。

ゴーズから抜け出す際に犠牲にしてしまったのだろう。


「もう黒化が……」

「気にしないで。それよりもエレシスを助けに行くわよ」

「彼女は無事なのか!?」

「私達が存在できているのが,その証拠よ。まだゴーズは,あの子の全てを支配した訳じゃない」


監獄という世界すら闇に呑まれた中でも,フィリスは諦めなかった。

エレシスの意識が完全に破壊されたのなら,ゴーズが全てを支配したのなら,二人はとうの昔に消滅している。

まだ,彼女の意識は死んでいない。

まだ,間に合う。

僅かな希望を抱き,彼は深呼吸を繰り返した。


「どうしたの?」

「いや……俺が今回のことで,親父に殴り飛ばされた事を思い出しただけだ」

「……」

「分かった。行こう」


クレイヴは立ち上がり,闇の中を歩む決意を持つ。

今残されている空間は,フィリスが寸前の所で塞き止めたものだ。

侵食は始まっており,端から徐々に崩れ落ちていく。

足を踏み外せば,今度こそ意識は戻ってこない。

クレイヴは先頭に立ちながら,慎重に僅かな空間を掻い潜る。

足場の不安定な場所はフィリスに手を貸しつつ進むと,その先に小さなロッカーが見えた。

それはエレシスがゴーズに誘われた最後の場所だった。


「このロッカーの中に……?」

「えぇ。この先に,囚われているわ。行きましょう」


フィリスはエレシスに最も近しい存在だ。

彼女が今何処にいるのか,ある程度把握できるようだ。

そして彼は5年前のことを思い出す。

エレシスはシェルター内のロッカーに押し込まれた状態で発見されたのだ。

恐らくここは,彼女の全てが始まった場所。

クレイヴはそれを理解した上で,ロッカーの扉を開け,その中へと飛び込んだ。


内部は,別の空間に繋がっていた。

何処までも続く教室のような部屋に,等間隔で机が配置されている。

宙には幾つもの時計が不規則に浮かんでいる。

だが,それら全てはねじ曲がったように歪んでいた。

エレシスの心象風景が具現化しているのかもしれない。

その中で,複数の机が独りでに動きだし,文字を刻んでいく。


『ガリガリガリガリ』

「……!」


異様な光景に圧倒されかけるも,背後からフィリスが声を掛ける。


「目を逸らしちゃ駄目。貴方が助けると言ったから,救い出すと言ったから,私も協力したのよ。今更ここで引き返さないで」

「……あぁ」


彼女は既に覚悟を決めている。

クレイヴもそれは同じだった。

延々と続く教室をひたすらに歩いていく。

すると校内のアナウンスが鳴り響き,雑音と共に聞き慣れない声が木霊する。


『貴方はディー家の一人娘よ。それ相応の地位と立場があるの』

『この位は出来て当然なんだ。一々躓いていては先が思いやられるぞ』

『貴方はディー家の長女なのよ? 平民のような遊びは程々にしなさい』


これは過去の記憶。

エレシスが抱えてきたもの。

クレイヴは一度立ち止まり,それらの声を見上げた。


「これは全部,エレシスの……」

「幼い頃から抱えてきた両親からの期待,なのでしょうね。元々,あの子は要領が良くなかった。だから,努力が結果に結びつかない事もあったわ」

「……」

「あの子にとって,唯一安らげるのは絵を描くことだけだったのよ」


アナウンスに紛れて,机に書かれた文字の音が次第に大きくなっていく。

そこにあるのは義務感,責任感,焦燥感。

様々な感情があるように思えた。


『ガリガリガリガリ』

『はい……もっと努力します……頑張ります……』

『ガリガリガリガリ』

『だから絵は……絵だけは取り上げないで下さい……』


立ち止まっていた足を動かし,部屋の中を突き進む。

すると先に教室の扉,出口が見えてきた。

鍵が掛かっていて開く気配がなかったが,フィリスがそれを開錠する。

彼女にはエレシスと同じ主人格としての力が残っている。

望めば何処にでも行けるし,どんな扉も開くことが出来る。

教室を出ると,これまた長い廊下が何処までも続いていた。

思わずクレイヴはフィリスの方を振り返る。


「フィリスは……全部知っていたのか?」

「私はエレシスから生まれた始めての人格よ。あの子が忘れた事も,全て覚えているわ」

「ずっと,守ってくれていたんだな……」

「あの子の苦しみは,私の苦しみ。だから,癒してあげたかった。例えそれが全部忘れることだったとしても,叶えてあげたかった」

「……ありがとう」

「……貴方にお礼を言われる筋合いはないわ」


素っ気なくフィリスはそう言うだけだった。

初めて会話をしてから5年間,彼女はクレイヴに対して好意的な意志を見せなかった。

それも当然である。

フィリスにとって,彼の存在はエレシスが過去を思い起こす引き金そのものだ。

愛する妹を傷つける者は何であっても許せない。

それが彼女の存在意義だからである。


廊下に影が混ざり始めている。

色も徐々に失われ,全景が白と黒のモノクロに変わっていく。

これはエレシスの心象にゴーズの意識が介入している意味を示していた。

つまり彼女への距離が縮まっている。

クレイヴは手にしたシャベルを握り直した。


『何故,この程度の事が!』

『ことが!』

『出来ない!? 恥ずかしくて,外にも出せやしない!』

『恥ずかしいわ!』

『貴方は,本当は出来る子なのよ!』

『何故本気を出さないんだ!?』

『手を抜いているのでしょう!? 私達には分かるわ!』

『情けない!』

『外に行くときは,平民の服を着なさい! いいね! 決して本名を名乗ってはいけない!』

『これ位は分かるでしょう!? 分かって頂戴!』


放送は今も続いている。

耳を塞ぎたくなるような音だった。

だがクレイヴはそれを振り払うだけで,進み続けた。

決して目の前のことから,背こうとはしなかった。

すると廊下の末端が見え,フィリスがそこにある扉を指差す。


「見えたわ! あの扉の奥に,エレシスがいる!」


それは扉と言うべきものではなかった。

四方八方がグシャグシャに歪んでおり,更にかき混ぜて固形化させたような泥の塊だった。

今まで辿ってきた全ての思いを押し込んだものにも見えた。

クレイヴはそれを前に一歩踏み出す。


瞬間,侵食していた影が一気に押し寄せる。

闇は黒い泥に変わり,人の形に姿を似せていく。

現れたのは二人の男女を模したもの。

4~5mはありそうな巨大な泥の塊だった。


「ゴーズの分身か……!?」


彼らはクレイヴ達の進行を阻もうと襲い掛かった。

大量の泥が,波のように押し寄せる。

これらは言わば,黒化の源だ。

触れるだけで精神を汚染され,消滅に至る。

クレイヴは後方のフィリスを庇いながら,手にしていたシャベルで泥を掻き分けた。


『平民との関係は必要ない!』

『ないわ!』

『あの男とも手を切っておいた! それがお前のためなんだ!』

『折角,機会を与えたのに!』

『男を作るためだったの!? 違うでしょう!?』


だが勢いが強い。

扉まで直ぐそこの距離にあるが,手が届かない。

掻き分けられた泥も,地面を侵食し足元から迫っている。

確固とした自我を持つ彼であっても,そこに辿り着くのは容易ではなかった。


「クソ……! あと少しなのに……!」

『これは貴方のためなの! 貴方のためなの!』


一か八か,これらを相手に戦うしかない。

そう思ったクレイヴだったが,背後で俯いていたフィリスが静かに呟く。


「……私が鍵を開けるから,合図したら進んで」

「フィリス!?」

「あそこを開けられるのは,主人格の力を持つ人だけ。貴方が触っても鍵穴に合わないわ」

「アレに突っ込む気か!? そんなことをしたら……!」

「分かっているわ! でも,それで良いのよ!」


彼女の両目は前髪に隠れて見えない。

既にその身体は半分近くが闇に呑まれていた。


「元々,二人を導いたら消えるつもりだった。結局,私は本物になれないから」

「……!」

「エレシスを守るのが私の意味。私は,あの子の願いを叶えたい」


フィリスはエレシスから生まれた偽の人格。

例え自我があったとしても,本来はいてはならない存在。

クレイヴもそれは理解しているつもりだった。

だがこの5年間,エレシスのことで互いに語った過去は,確かにそこにあった。

フィリスは無言のまま,彼を越えた。

溢れ出す黒い泥に真正面から向かっていく。

漆黒の泥が,微かに残っていた存在の力を消し去っていく。


『お前は違ウ! 紛い物メ! お前は私達の娘じゃなイ!』

「そうよ。ただの偽物。でも私は,あの子の姉なんだから……!」


だが,その瞬間にフィリスの指先から光が灯る。

最後の力を振り絞った,力の結晶だった。

灯された光は高速で直進し,周りの泥を弾き飛ばす。

そしてその先に合った扉へと放射された。

光には開錠の力が宿されていたのだろう。

扉が自然に鍵を開け,音を立てながら動き出した。


「今よッ!」


言葉を交わす間もない。

アレが閉まれば,もう二度と内部へ入ることは出来なくなる。

クレイヴは歯を食いしばりながら,合図と同時に飛び出した。

迫りくる泥飛沫を防ぎながら,黒化したフィリスの影を追い越す。

すれ違った瞬間,彼女の口が僅かに動いた。


「クレイヴ……あの子を,お願い……」


始めて名前を呼ばれた気がした。

扉を潜り終えて思わず振り返るも,彼女の姿はもう何処にもない。

重い音を立てて,扉が閉鎖される。

光が完全遮断され,辺りは完全な闇に包まれた。


立ち止まってはいけない。

クレイヴは侵入した深層意識の先を見つめた。

色はない。

微かな光すら見えないため,自身の身体すら認識できない。

既に泥に呑まれ,黒化してしまったのではないかという錯覚すら沸き上がる。

それでも彼は歩き続けた。

行き先が見当たらなくとも,後ろに下がることだけはしなかった。

すると次第にすすり泣く声と共に,ぼんやりと小さな影が現れる。

辺りは暗闇だと言うのに,影の正体はハッキリと見えた。

監獄を生み出した主人格,エレシス・ディーがそこにいた。


「いや……お姉ちゃん……いかないで……」


エレシスは耳を塞ぎ,目を瞑ったまま蹲っていた。

何も聞こえないし,何も見えない。

意識の殆どを持っていかれ,過去を逃避し続ける。

最早彼女には,それしか出来なかったのだろう。


「一人は……一人はもういや……」

「エレシスッ!」


クレイヴは声を上げて彼女の元に辿り着く。


「エレシス! エレシス,頼む! 目を開けてくれ! 俺は……! 俺は,君に伝えたいことが……!」


だが言い終える前に,地鳴りのような音が鳴り響く。

地震ではなく,何かが蠢いている。

巨大な腹の中にいるような感覚。

次の瞬間,周りの全ての闇から沢山の目と口が現れた。

赤黒く血のように染まったそれらは,愉快な笑みを浮かべる。

そこでクレイヴは,ここがゴーズの中であったことに気付いた。


『黒,黒,黒。暗イヨ。熱イヨ』

「!?」

『カワイソウナ女。カワイソウナ私。全部,消エテナクナレ』


複数の声が折り重なる怨嗟の具現化が,彼の前に現れた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ