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上層へ




屋上の階段を目指していたエレシス達に,大きな振動が迫った。

身体のバランスを崩してしまいそうな程の揺れで,近くの窓枠も騒々しく震え出す。

クレイヴは思わずシャベルを持ち上げ,警戒心を尖らせた。


「地震!?」


今まで監獄内で地震が起きたことなどない。

異変であることは明らかだった。

エレシスも体勢を崩したが,その揺れに臆することはない。

恐怖心を克服したのではなく,この先に望むものがあると盲目的になっていたためだ。

彼女の変化を感じ取ったクレイヴが,どうにか呼び止める。


「嫌な予感がする。これ以上,先に進むのは危険だ……!」

「駄目よ。屋上で待ってる,って言われたんだから,私達が行かないと」

「エレシス……でも……」

「行かないと……行かないといけないの……。だって,お姉ちゃんが待っているんだから……」


地震が徐々に収まる中,彼女はゆっくりと歩き続ける。

唯一の肉親に会うためだけに,慣れ親しんだ屋敷を進む。

クレイヴに彼女を妨げる理由はない。

複雑な表情のまま,共に行動する以外になかった。


そうしてフィリスの言葉通り,二人は屋上に続く階段へ辿り着く。

ここだけは屋敷の内装と違い,適当に付け加えられたような雑さがある。

鉄製故の冷たい印象が拭えない。

二人分の足音が小さく響き,階段を上り終えると,彼女達の前に巨大な門が現れる。

恐らくこれが,フィリスが言っていた上層への扉なのだろう。

だがあったのは,全体に黒く広がった染みだけ。

彼女の姿は何処にもなく,エレシスはそこでようやく足を止めた。


「誰もいない? ここが,屋上への階段だったはず……」


待ち構えていると思っていた中層の看守がいないことに気付き,クレイヴも辺りを見回す。

来るのが早すぎたのだろうか。

それとも何か予期せぬ事態が起きているのか。

姉がいないことに不安を覚えたエレシスが,後方を振り返りつつ声を荒げる。


「お姉ちゃん! 何処にいるの!?」


問いに答える者はなく,悲痛な声が虚しく響き渡る。

そのまま導かれるように,彼女の視線はこちらを見下ろす鋼鉄の門に移された。

門には鍵のようなものは一切ない。

ただ至る所に鎖が巻き付いていたようで,今はその全てが地に落ちている。

少し手で触れると,ギギ,と音を出しながら門が動き出した。


「この門,開いているわ……」


フィリスが開けると言っていたのは,まさしくこの門のことだろう。

扉の隙間からは,吸い込まれそうな闇が見える。

一度踏み出せば,二度と戻れない底なし沼のようだった。

思わず目を逸らすと,焦燥が見え隠れするクレイヴの姿が映る。


「やっぱり,何かがおかしい。彼女はエレシスに話したいことがあったはず。何も言わずにいなくなるなんて」


フィリスが何処に行ったのか,エレシスにも分からない。

しかしあの時の会話が正しいならば,門を開けられるのは彼女しかいない。

ならば考えられる答えは一つだけ。

両手を微かに震わせつつ,エレシスは門を大きく開け放つ。

洞窟の中にいるような,震撼する無音が押し寄せる。


「まさか,上に行く気か!?」

「駄目なの?」

「いや,駄目という訳じゃないんだけど……」

「きっと,お姉ちゃんは上層にいるんだわ。私が探しに行かないと……」


フィリスは道を開け,実の妹が会いに来るのを待っている。

そんな願望にも似た感情を背負って,広がる闇を見上げた。


「なぁ,エレシス……。聞きたいことがあるんだ……」


一歩踏み出した瞬間,彼は小さく問い掛ける。

躊躇いがちで,ここで告げて良いのか,そんな思いが滲み出た言葉だった。


「全部,元に戻れると思うか?」

「え……?」

「罪の意識を克服するのは難しいと思う。自分のことをもう一度,見つめ直さなくちゃいけないから。でも自分を変えるには,やっぱり自分を理解しなくちゃいけない。そうでなきゃ,暗闇の中で道を探すようなものだ」


何を言おうとしているのか,ハッキリとは分からない。

代わりに心の中を暴かれるような感覚をエレシスは抱いた。

同時に,上層に続く暗闇がより一層深まったようにも見えた。


「これは直感だけど,上層は今までと比べ物にならない位,危険な場所だと思う。暗くて,何も見えなくなるかもしれない」

「……」

「だから,せめて自分を見失わないでくれ。自分のことを追い込み過ぎちゃいけない。さっき,炎を見たって言った時みたいに」


エレシスはもう一度,クレイヴの瞳を見つめる。

透き通る紫色が微かに揺れている。

サンクタスと引き離された時から,彼の様子は何処かおかしかった。

まるで彼女の素性を知っているかのような言葉。

ヴェスタの惨劇に関しても,全く動じた様子はなかった。


「クレイヴ……やっぱり私のことを知っているの……?」

「……」

「もしかして,記憶が戻って……」

「……いや,ただの忠告だよ」


彼は視線を逸らさなかった。

何かを隠している気がするのに,本心を語ろうとしない。

若しくは今語ったことが,心からの言葉だったのか。

エレシスは,彼のことがよく分からなくなっていた。


「でも,行くしかないのよ……。もう私には,それしか……」

「だったら,これからのことに目を背けないでほしい。絶対に」

「……」


俯きつつ,エレシスはクレイヴの視線から目を逸らす。

兎にも角にも,今出来るのはフィリスを探すことだけ。

そうすれば,全てが解決する。

全てが平穏に満たされる筈なのだ。

心の均衡を保つように,平静を装うように,二人は上層を目指し暗闇の中を進んだ。




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