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炎が見える




自室から立ち去ったエレシスは,過去の記憶を頼りに,とある場所に赴く。

今まで起きた情報が集約されている場所となると,あそこ以外にない。

そう彼女が考えつつやって来たのは,数々の本棚が立ち並ぶ書斎だった。

書斎と言っても,本の数が非常に多く図書館と呼んでも差し支えない程の広さだった。

他の場所と同じ窓の外は暗闇に閉ざされ,触れても一切動かない。

開錠の力も通じないため,扉や窓という概念すらないようだ。


「ここなら,きっと何か分かる筈……」


ここには本だけでなく,日々発行される新聞なども長期保管されている。

貴族の娘が監獄に収容されたとなれば,それなりの問題だ。

必ず記事として取り上げられているに違いない。

書斎内の保管庫をこじ開け,監獄の収容された5年前を遡り,新聞記事を漁っていく。

多少の年数が経っているが,彼女にとっては外の世界を知らないため,真新しい情報ばかりが目に入っていく。

するとクレイヴが,とある記事を指差して持って来た。


「エレシス,これを見てくれ」


少し緊張しているような彼から,新聞記事を受け取る。

一瞬では理解できず,そこに書かれてある文字を,エレシスはそのまま口に出した。


「ヴェスタの惨劇……?」


身に覚えのない文字が,胸の奥に突き刺さる。

エレシスは,自分の呼吸が徐々に乱れていくのを感じた。

見てはいけない光景がある。

知ってはいけない事実がある。

そう思いながらも,彼女は記事の内容を読み解いていった。


『ヴェスタの惨劇から5年。エイルワーカー社の役員を含めた4名の死刑執行』

『非合法な生物兵器研究および流出事件から5年。現在も大都市ヴェスタは立入禁止指定区域とされており,惨劇の爪痕が多く残されている』

『事件の発端となったエイルワーカー社は同区域内にあり,主犯である社員らも流出の影響から重度の精神障害を引き起こしており,捜査状況および原因究明は難航状態にあった』

『だが××月△△日,その究明が全て完了したと警視側が発表。裁判所にて改めて死刑判決が下され,即日で死刑執行が行われるという異例の事態へと発展した』

『死刑執行されたのは,エイル・ハミルトン,レスター・F・ドーニ,ヘンリー・ザイルクライ,ワガム・ティーチの4名』

『死刑囚らは非合法な危険物製造に大きく関わっており,他国への売買および生物兵器としての利用を進め,莫大な利益を得ることを目的としていたという』

『死刑囚らと共犯である十数名の社員らについては,その殆どに終身刑および無期懲役が科せられた』

『しかし今現在,精神障害を引き起こした死刑囚らに対する死刑執行について,様々な物議を醸している』


そこにあったのは,ヴェスタの惨劇と呼ばれる事件を引き起こした,主犯達の刑の執行についてだった。

死刑が執行されたことと,彼らが何を行ったのか,その顛末が語られている。

死刑囚達の名前にエレシスは心当たりがあった。

幼い頃に参加したパーティーの中に,彼らの名や顔を見た気がする。

あまり詳しくは覚えていないが,ここは大監獄ペルソナ。

あらゆる囚人達が囚われている場所だ。

牢獄内の何処かで一度,会ったことがあるのかもしれない。

それだけでなく,記事にあったエイルワーカー社には覚えがあった。

大都市ヴェスタに本社を構える製薬会社。

世界的に有名な大企業であり,エレシスの両親とも関わり合いがあった筈だ。


「これが,何か分かるか?」

「……炎が」

「え?」

「炎が……見えるわ……」


クレイヴが内容について尋ねるも,エレシスには既に別のモノが見えていた。

炎が近づいて来る。

助けを求める沢山の声が,耳の奥に木霊する。

それらは全て,彼女の根底を揺さぶるものだった。

自分という存在が,無力で無価値だと責め立ててくる。

エレシスは恐怖に顔色を変え,持っていた記事を取り落とす。


「いや……来ないで……」

「お,おい! しっかりするんだ!」

「皆……皆が……いなくな……」

「エレシス! 自分を持つんだ! 心を取られちゃいけない!」


ハッとしたクレイヴが,彼女の両肩を掴んで揺さぶる。

幻の炎が襲い掛かる直前,案ずる声に引き戻されエレシスは彼の顔を見上げた。


「ここ……は……」

「俺が分かるか?」

「え……えぇ……」

「そうか,良かった……」


だが,喉の奥が痛い。

胸の奥も針で突かれたように痛んでいる。

彼女が息を整えると,クレイヴは安堵するように息を吐いた。


「何が見えたんだ?」

「……皆を呑み込んでいく,炎が見えたわ」

「炎……」

「何なの……? ヴェスタの惨劇って一体……」


頭を押さえながらエレシスは自問する。

この記事だけでは,ヴェスタの惨劇がどんなものなのか分からない。

しかし,おぞましい人災が起きた事は確かだ。

彼女が落とした記事を拾い,クレイヴがゆっくりと言葉を紡ぐ。


「この記事に書いてある通りなら,ヴェスタで危険物質が流出した。そこで,都市に住んでいた人達に大きな被害を出した。って考えた方がいいかもな……」

「大きな……被害……」

「エレシス……もしかして,知っているんじゃないか……? この事件のことを……」


そう言われたが,エレシスにはまるで覚えがなかった。

今まで都市ヴェスタに何かが起きたという事実すら知らなかった。

しかし彼女には失われた記憶があった。

仮にその中に,例の惨劇が含まれているとしたら,どうだろうか。

あの炎の正体も,自ずと知れる。

エレシスは言葉を失ったまま,彼の持つ記事を見つめた。

あれには,主犯と共犯者が極刑に課せられていたことが明記されていた。

同時期に監獄に囚われていたエレシスに,関連性がない筈がない。

今までの彼女の扱いは終身刑,共犯者のそれとまるで同じだったからだ。

ある結論に至り,エレシスはおもむろに口を開く。


「もしかして,私の……」

「え?」

「私の……せいなの……?」

「な,何を言って……」


動揺するクレイヴを置いて,彼女はヨロヨロと書斎の出口へと歩き出す。

その瞳は,いつの間にか影を落としていた。


「お,おい……!」

「私が最下層にいたのは……ずっと捕まっていたのは……もしかして……」


これ以上,知る必要はない。

姉のフィリスに会いに行くため,エレシスは屋敷の屋上を目指した。




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