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脱獄パーティー結成




取りあえず彼女は話を聞くことにする。

青年の名前はクレイヴ。

以上だ。

他のことは何も思い出せないのだという。

恐らく,先程の壁破壊で頭を打ったのだろう。

そしてその衝撃で大半の記憶を失った。

他に掘り下げようがなく,そう考えるのが妥当だった。


「記憶喪失だって……?」

「多分,だけど」

「確かに,名前しか思い出せないし……本当に事故って記憶が飛んだのか……?」


始めの方はエレシスも警戒を怠らなかったが,目の前の青年はあまりに無頓着で,彼女のことも意に介していないようだった。

記憶を失った自分に整理を付けるので精一杯らしい。

演技のようには見えず,例えそうだとしても呆ける理由がない。

彼女も時間を掛けて,クレイヴの身の上を信用する。


代わりに,彼が突き破ってきた壁の中を確認する。

中は鋼鉄の管が何本も張り巡らされていた。

見上げるとそれらは上層に続いていたが,足場になるようなものはなく,登っていくのは不可能。

一体クレイヴは,何処からやって来たのだろうか。

元の部屋に顔を引っ込めると,彼が苦笑いで迎え入れた。


「いきなり壁の中から出てくるなんて……」

「あ~,悪かったよ。でも,取りあえず俺は無害だから,安心してくれ」

「……」

「おいおい,そんな怒った顔しなくても」

「元々よ」

「え,でも顔が」

「元々だから」

「あっ,はい」


エレシスは,別に怒っていない。

ただ長い監獄生活のお蔭で,笑うということを忘れてしまっていた。

仏頂面を通り越して無表情に近い。

言い包められたクレイヴは,豪華な監獄内装を改めて見回した。


「それにしても,本当に監獄部屋なのか? とてもそうとは思えない場所だ。ひょっとして君,もの凄いお金持ちなんじゃ?」

「ずっと閉じ込められていたから,詳しいことは何も」

「何かやらかして,捕まったんじゃないのか?」

「……分からないわ」

「ふ~む,訳アリってことか。って待てよ?」


ふと,彼は重大なことに気付く。


「俺,ドジって壁を壊したんだよな? ってことは……相当マズい事態なんじゃ……」

「かもしれないわ」

「……捕まるヤツか?」

「……どうかしら」

「やっ……べぇ……」


頭を抱えるクレイヴ。

囚人はどんな些細な罪であっても,冤罪問わずにこの監獄に収容される。

単独で監獄部屋の壁を破壊したとなれば,下手をすればエレシスと同じような目に遭うかもしれない。

見る見るうちに彼の顔が青ざめていく。

正直,エレシスにはどうすることも出来ない。

両手を床について沈む彼が居た堪れなくなって,彼女は視線を逸らす。

するとその先に見えた,一つの変化に気付く。


「扉が,歪んでるわ」


今まで何度も見た鋼鉄の扉が,不自然に傾いている。

クレイヴの激突が原因で,鍵が壊れたのかもしれない。

エレシスは扉の前に近づき,少しだけ引っ張ってみる。

ギギギと重い音が響いたが,まだ開きそうにない。


今なら,ここから出られるんじゃないか。

外の世界を見て,家族に会いに行けるんじゃないか。

今まで目を背けていた望みが,徐々に膨らんでいくのを彼女は感じた。


「あの」

「何だ? 告げ口するなら勝手に……」

「この扉,開けるかしら?」

「え?」


クレイヴが振り返る。

エレシスは無表情ながらも,しっかりと彼の目を見た。


「私,外の世界を見たいの。ずっとここに閉じ込められて,家族のことも,もう殆ど覚えていなくて」

「……」

「一生このままなんて,嫌なのよ」

「……つまり,脱獄したいってことだよな?」


彼の言葉が,真意を暴く。

エレシスが今やろうとしているのは,監獄からの脱出。

決して許されることではない。

加えてこの大監獄は,悪名高い看守達が管理している。

今までは手厚く扱われていたが,脱獄となればどうなるか分からない。

だがこの部屋で一生を終える気は,エレシスにはなかった。

彼女が強く頷くと,クレイヴは黒帽子を被り直し,背負っていた巨大シャベルに手を掛けた。


「オーケー,コイツの出番だな」


生半可な者には持つことも出来なそうなシャベルを悠々と持ち上げる。

彼はエレシスを監獄から解き放つことに,抵抗がないようだった。


「ふんっ!」


歪んだ扉の隙間にシャベルの刃を滑り込ませ,てこの原理で押し込む。

今まで動かなかった扉が,音を立てて開け放たれる。

その瞬間,エレシスは胸の奥に風が流れ込んだような感覚を抱いた。

思わず扉の先に足を踏み出すと,薄暗い石造の通路が続いている。

彼女の部屋とは異なる,本物の監獄の姿がそこにはあった。

少しだけ身体を震わせた彼女は,ゆっくりとクレイヴに頭を下げた。


「ありがとう。じゃあ,私はこれで……」

「ちょっと待てよ。一人で行くつもりか? この監獄のことは思い出せないけど,君だけじゃ,直ぐに捕まっちまうぞ」


彼の言葉は正論だった。

エレシスは体力に自信がない。

だがこれは,二度とないかもしれないチャンスでもある。

退く訳にはいかないと,彼女は無言で首を振る。

するとクレイヴは息を吐いて,持っていたシャベルを担ぎ上げた。


「仕方ない。俺も一緒に行こう」

「え? でも,そんなことをしたら,仕事クビになるわよ……?」

「確かにな。でも何て言うか。どうも,君を放っておけない気がするんだよ。よく分からないけど,妙な胸騒ぎがしてなぁ……」

「……もしかして,私を知っているの?」

「さぁ? でもそういうことも,あるかもしれないな」


記憶喪失故か,割と適当なことを言うクレイヴ。

しかし屈強そうな彼が同行するなら,心強いのは確かだ。

意志を尊重するために,もう一度だけ確かめる。


「本当に,良いの?」

「おう,任せとけ」

「だったら,私が貴方の雇い主になるわ。脱獄を手伝って頂戴」

「おぉ。雇い主なんて,何かそれっぽいな。じゃあ,報酬は弾んでもらうよ。エレシスお嬢様」


茶化しの入ったクレイヴの言葉に,エレシスは少しだけ緊張を解く。

ここに,即興で組まれた脱獄パーティーが完成した。




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