3人目の看守
「まだ,私のことをそう呼ぶのね……」
フィリスはエレシスに向けてそう言う。
表情は変わらなかったが,何処か悲しい声だった。
何も知らない妹に対して思う所があるようだったが,それ以上は何も言わない。
代わりに当のエレシスが,現れた姉を見て少しだけ俯いた。
「やっぱり,お姉ちゃんもここにいたんだね……」
「……」
「ねぇ,教えて! どうして私達の家が,こんな所に!?」
彼女はただ真実を求めた。
サンクタスやヘルターが言っていた,忘却した過去とは一体何なのか。
何故幼い頃に暮らした屋敷が監獄内に存在するのか。
悲痛な声を出すエレシスに,フィリスはゆっくりと瞼を閉じた。
「全ては貴方が望んだことよ,エレシス」
「え?」
「ここにあるものは全て,その願いを叶えるためにある場所」
過去を思い浮かべながら,フィリスは再び瞼を開く。
二人の会話を聞いていたクレイヴは,ただ視線を鋭くするだけだった。
「どういうことなの? 私,そんなもの望んでないわ……!」
「貴方自身はそう思っていなくても,無意識の内に芽生えた思いがある。間違いなく,ここはエレシスの願望。監獄の中層よ」
フィリスはこの屋敷そのものが,監獄の一部であることを明言する。
今まで辿ってきた純白の病棟や薄暗い地下施設と同じ,囚人を捕えて監視する場所。
ならば,フィリスは何故ここにいるのか。
彼女の出で立ちは見ての通り,囚人でもなければ患者でもない。
以前のように面会に来た様子でもない。
脱獄しようとする者達を迎え,相対する意思が込められている。
となれば残された可能性は一つしかなく,クレイヴがおもむろに真実を問う。
「中層ってことは,やっぱりアンタが……」
「私がここの階層を管理する看守よ」
「そんな……」
エレシスが絶句する。
今まで出会ってきた看守達と同じく,彼女は囚人を管理する側の人間だった。
決して嘘でも,冗談を言っている訳でもない。
キャンドルに灯された幾つかの炎が揺れ動くように,エレシスの心も揺さぶられていく。
一体いつから看守になっていたのか。
以前,面会に来ていた姉の姿は何だったのか。
既にあの時から,看守として囚人の様子を監視していたということなのか。
様々な疑問が頭の中を駆け巡っていく。
「何でお姉ちゃんが看守なの!? 一体,何が起きてるの!?」
「答えはこの階層に全て残されているわ。貴方達で,それを探しなさい」
悲鳴に似たエレシスの問いに,フィリスが答えることはない。
ただひたすら,冷静沈着に努めている。
一つ分かるのは,フィリスが二人を捕えるつもりはない,ということだけだった。
今までの看守と異なり,脱獄を試みていることを知っていながら,あえてそれを見過ごしている。
その理由も,失われた過去の記憶に関係しているのだろう。
そしてその真実は,エレシス自身で探し当てることに意味があるようだった。
「心配しないで。ここには私達三人しかいない。貴方達に手を出す輩は何処にもいないわ」
「お父さんやお母さんは……」
「その答えもここにある。目を逸らさないで」
優しさと厳しさが入り混じった声だった。
そう言い終えると,フィリスはゆっくりと背を向ける。
妹のエレシスに対して,これ以上告げることはないと,一方的に話を打ち切ろうとする。
「全てが分かったなら,屋上に繋がる階段に来て。屋上は今,上層に繋がっているの。貴方の考えを聞いて,そこで私が鍵を開くわ」
「ま,待って……! お姉ちゃん……!」
エレシスは手を伸ばそうとするも,一瞬の変化が訪れる。
目の前がブラウン管の砂嵐のような光景に覆われる。
雑音,雑多な喧騒。
何が起きたのか理解する前に,視界が元の光景,ダイニングルームへと戻る。
ただ,フィリスの姿は何処にもなかった。
今の一瞬で姿を消してしまったようだ。
辺りは先程と同じように静寂が訪れ,二人だけが残された。
「何が,起きて……」
「彼女はここに全部残されているって言った。多分,エレシスが知りたいこと,全てがあるんだと思う」
フィリスが消えた場所を見据え,クレイヴが同じような言葉を繰り返す。
何故かその声には,確信めいたものがあるように聞こえた。
「探しに行こう。そうすれば,あの人の考えていることも,必ず分かる」
「もしかして……お姉ちゃんのことを知ってるの……?」
「……いや,初対面さ」
疑問しかないエレシスに向けて,彼の視線が真っ直ぐに落ちてくる。
その視線に偽りはないように見えた。
彼は偶然この場所に迷い込んだだけだ。
貴族であるフィリスと繋がりがある筈もない。
だがエレシスは,今までとは違う妙な不安に駆られるのだった。




