帰宅
階段を上り,その先にあったのは木製の大きな扉。
何処かの玄関扉に見えなくもない立派なものだった。
エレシスはそれに違和感を覚えつつ,力を込めて開錠する。
彼女の前では鍵は意味をなさない。
錠前が外れ,軋みを上げて中層の道が開かれる。
だがその瞬間,エレシスは先に広がる光景に目を見開いた。
「ここが中層……? そんな……」
先にあったのは,巨大な玄関ホールだった。
赤絨毯が真っ直ぐに伸びており,左右には豪勢な花瓶と花が等間隔に飾られている。
壁には有名な肖像が,天井からはシャンデリアが垂れ下がっている。
ただの家ではない,貴族が住んでいる屋敷と言って差し支えない。
「ここは,随分立派な屋敷だな……。って,エレシス……?」
クレイヴは豪華絢爛な在り様に圧倒されていたが,エレシスもまた別の意味で言葉を失っていた。
彼女の目に映っていたのは,まさしく己の過去そのもの。
霞がかっていた記憶が鮮明になっていく。
「ここ……私が住んでいた屋敷だわ……」
「何だって?」
幼い頃,牢獄に幽閉される前に住んでいた我が家。
だが,エレシスにも俄かには信じられなかった。
ここは大監獄中層に位置する場所の筈だ。
それを踏まえるなら,彼女の屋敷が監獄内部に存在していることになる。
「見間違いじゃないのか? 似たような場所ってだけで……」
「そう,かもしれないけど」
エレシスの屋敷は,都市ヴェスタの中心部かつ地上に建てられたもの。
こんな場所に存在する筈がない。
クレイヴの言う通り,似たような屋敷というだけで全く別の施設なのかもしれない。
「辺りを探してみるわ。何か……何か分かるかも……」
「そ,そうだな」
どちらにしても,ここで立ち止まっていては何も進まない。
フラフラと歩き出すエレシスに付いていく形で,クレイヴも後を追う。
二人は無人の屋敷内を探索することになった。
下層までの施設と違い,この場には誰もいない。
患者も,囚人らしき者も見当たらない。
ただエレシスが知る限り,この屋敷は思い出の自宅の構造と瓜二つだった。
幼い頃に何度も渡り歩いた廊下,隣接する部屋の数々,その全てが記憶通りだった。
まるで己の考えていることが現実になっているかのような違和感をエレシスは抱く。
そうして,大きなダイニングルームに足を運んだ。
「この食卓,見覚えがあるわ」
「……」
「このナイフも,このフォークも,全部知ってる」
幾つかのキャンドルが置かれた,長方形型のダイニングテーブル。
そこに新品の三人分の食器が置かれている。
やはり何一つ相違がない。
耐えかねた彼女は声を荒げる。
「誰か……誰かいないの……!? お父さん……! お母さん……!」
何故,監獄内に屋敷があるのか。
考えるよりも先に,いる筈の両親を呼ぶ。
父や母は今の状況を知っている。
二人を問い質せば,必ず答えが得られる筈だ。
すると直後,キッチンに繋がる奥の扉が開かれ,一人の人物が現れた。
茶髪を腰のあたりまで伸ばした,ドレス服の女性だった。
「やっと,ここまで来たのね。エレシス」
待ちくたびれた様な声が部屋全体に響く。
今まで後方で黙っていたクレイヴが,ハッとした顔をする。
「あ,アンタは……」
「もう後戻りはできないわよ。私も,貴方も」
誰に向けて言ったのかは分からない。
女性の姿を見て,エレシスは息を呑んだ。
「お姉ちゃん……?」
エレシスの監獄部屋へ時折面会に来ていた実の姉。
フィリス・ディーが,冷静な面持ちで二人を見つめた。




