異種個体群
手術室に乗り込んで来たクレイヴは,息を切らしていた。
ここまで来るのに,かなり体力を消耗したのだろう。
手術台の乗せられていたエレシスは,顔を上げて声を振り絞る。
「クレイヴ……!」
「エレシス! ギリギリ間に合ったみたいだな! 今助ける!」
彼は持っていたシャベルを向ける。
その威勢が以前と変わりないことに,サンクタスは驚きを隠せないようだった。
「何故ここまで……。君も群の中に存在する一つの個の筈……」
「訳の分からないことを! とにかく,彼女を返してもらうぞ!」
回りくどい言葉に耳を傾けるつもりはない。
シャベルを振り上げて,薙ぎ倒す構えを取る。
しかし,目の前の男はそう易々とやられる人物ではない。
応戦するように,サンクタスが手にしていたリモコンを向けた。
「なら,先ずは君から是正する……!」
「待って! そのリモコンは危険だわ!」
直進しようとするクレイヴを,エレシスは言葉で制止しようとする。
あの機械は,恐らく患者達を操る機能を持っている。
それだけでなく,健常な人相手にも通用する洗脳方法を隠し持っているようだ。
浴びればどうなるか,容易に想像がつく。
だが割って入るには遅すぎた。
間髪入れずにサンクタスがリモコンのスイッチを押した瞬間,小さな電撃がクレイヴに向かって放たれた。
それは目にも止まらぬ速さで彼の身体に当たり,全身を巡り始める。
異変を感じたのか,振り上げられたシャベルが動きを止めた。
「……!?」
「僕達は電気的信号によって,自我を統一し,新たな思想を生み出すことが出来る! それを君にも教えてあげよう! 分散する個の統一というものを!」
スイッチを押したまま,サンクタスが高らかに宣告する。
電撃を受けた彼の姿を見たエレシスは,自由に効かない手足を力強く動かした。
また,何も出来ないのか。
こうやって,ただ見ていることしか出来ないのか。
よく分からない既視感に苛まれながら,彼女は小さく呻いた。
しかし,それも一瞬。
静止していたクレイヴは,ゆっくりと眼的の医師を見据えた。
「悪いが……アンタの考えに付き合う気はない」
「何!?」
その瞳には確かに,自我という名の光が灯っていた。
洗脳の電撃を受けて何故無事なのか。
当のサンクタスが,理解できないと言わんばかりに後ずさりをした。
「何故動ける!? 君は僕達と同じ一つの個である筈だ!」
今までアレを受けて無事だった者はいなかったのだろう。
下層の常識が破られ,その動揺は大きな隙へと変わる。
クレイヴが振るったシャベルが,彼のリモコンを弾き飛ばした。
「俺の雇い主に,これ以上手出しはさせるかよ!」
黒いリモコンは,内部の金属片を撒き散らしながら室内の奥へと吹き飛ばされた。
サンクタスも慌てながら,破損したリモコンへと駆け出していく。
その間に,クレイヴはシャベルを持ったままエレシスの手術台に駆け寄る。
そして台の脇にあったボタンを押し,手足の拘束を解除させた。
本当に電撃を受けて何ともないのか。
解放されたエレシスは,困惑しながら彼に問い掛ける。
「クレイヴ,大丈夫なの……?」
「あぁ,どういう原理か分かんないけどな。取りあえず,問題なさそうだ」
自分の胸を軽く叩きながら,配管工は答える。
サンクタスの電撃が不発だったのか,彼自身が特別だったのか。
何にせよ無事だったことをエレシスは安堵するのだった。
「そうか,分かったぞ。君は個ではない……分散することのない群そのものだったのか……」
壊れたリモコンを拾い上げた白衣の医師が,小さく呟く。
その背中は少しだけ震え,怒りを抑えているように見えた。
「君は全てを終わらせるために,ここに来たんだな……」
「……」
「クレイヴ,何か知っているの……?」
「いや……何でもない……」
今までに見たことのないクレイヴの真剣な表情に,少しだけ不安を覚える。
やはり,ここに来るまでに何があったのだろうか。
置いてきぼりのエレシスは,首を振る彼を見て言葉を呑み込んだ。
続いてサンクタスが立ち上がり,二人に向かって叫んだ。
「だが,そうはさせない。もしそれが叶ったなら,僕達はどうなるというんだ……!」
行かせはしない。
攻撃手段を失いながらも,看守である彼は敗走しない。
令嬢であるエレシスを,どうしても中層へ向かわせたくないらしい。
だが次の瞬間,手術室に大勢の人が飛び込んでくる。
それは洗脳されていた患者達だった。
「患者達が!? しまっ……暴走を抑えられない……!」
彼らの様子は何処かおかしかった。
元々正気ではなかったが,全員の視線がサンクタスに向けられている。
リモコンを破壊されたことで統制を失ったのか。
患者達は叫び声を上げて,主であるサンクタスに襲い掛かった。
「ああああああ!」
「うわああぁぁ!」
直後,館内全ての電力がダウンする。
下層内の均衡が崩れたことを意味しているのかもしれない。
クレイヴは言葉を失うエレシスの手を引いた。
「ここにいたら巻き込まれる! 今の内に逃げよう!」
非常灯による微かな明かりを頼りに,二人は再び駆け出した。




