残留する経歴
少しだけ時間が経って,クレイヴは自身のシャベルと共に,錯乱した患者達の手によって別室へと運ばれていた。
彼らの目的は分からない。
ただサンクタスの命令によって動くため,厄介なことになるのは間違いなかった。
両手を拘束されながら,黒帽子の配管工は少しだけ後悔する。
「くそ……やられた……」
この大監獄は一人だけしか出られない。
そんな話に気を取られてしまったために,不意を突かれて捕まってしまった。
クレイヴは雇い主の令嬢を思い出す。
彼女は彼とは別の場所に連れて行かれた。
ここで管理すると宣告されたため,真っ当な扱いをされるとは思えない。
早く助けに行かなければ,手遅れになるかもしれない。
患者達は無言のまま,クレイヴをある一室まで連れてきた。
そこは,部屋の中央に大きな椅子が置かれた奇妙な場所だった。
よく見ると,椅子の後ろにはケーブルの類が何本も繋がっている。
電気椅子,所謂拷問機械であることを彼は直ぐに察した。
「これがヤツの言っていた,手術なのか……?」
全くもって度し難い,と言わんばかりの言葉を呟く。
病院というのは見た目だけで,やはりここも監獄の一部なのだ。
クレイヴは,意に介さない患者らの手によって電気椅子手前まで引き摺られていく。
だが彼の目はまだ諦めてはいなかった。
「悪いけど,あんた達のようになるつもりはないんだ」
瞬間,彼は声を張り上げた。
「おい! サンクタスがいるぞ!」
無論,それは彼が言った嘘っぱちである。
だがその言葉を聞いた患者たち全員が,主である医師の姿を探して右往左往し始める。
サンクタスの意志で動いているため,彼の存在を仄めかされると,どうしても反応してしまうようだった。
そして,それはクレイヴにとってのチャンスだった。
力の緩んだ拘束を解き,彼は両隣にいた患者達を殴り飛ばす。
次いでシャベルを持っていた患者も吹き飛ばし,己の愛用武器を取り戻す。
「やっぱりこれがないと,調子が出ないな」
ようやく異変に気付く患者達。
クレイヴがシャベルを取りかえした事で,一斉に襲い掛かってくる。
「かえせ!」
狂乱する者達が距離を詰めてくるが,決意を抱いた彼が怯むことはなかった。
重傷を負わせないように手を抜きながら,一人ずつ倒していく。
そうして全員を昏倒させたクレイヴは,やっとの思いで息を吐いた。
だが,ここにも監視カメラがあるなら,応援を呼ばれるかもしれない。
早々にこの部屋から抜け出し,エレシスを探さなければならない。
「そこで暫らく眠っててくれ。ん……これは……」
だが彼の視界に大きな本棚が見え,足を止める。
何故か,その棚にある一冊の本が気になった。
吸い寄せられるようにその本を手に取ると,それは何かの記録表だった。
様々な種類の人間の特徴が事細かに記され,対象の危険度がそれに応じて判定されている。
あまり考えることが得意でないクレイヴだったが,雰囲気は何となく察した。
「被検体……危険度……何だか,嫌な響きだ……」
この階層にいる患者達の記録なのだろうか。
何ページにも亘って何十何百という数の人物が書き綴られている。
クレイヴはそれを見て,妙な違和感を抱いた。
一種の寂しさ,物悲しさのような感情が沸き上がってくる。
もしかして,これを知っているのだろうか。
そう思いながらも違和感を振り払う彼だったが,本を元の本棚に戻そうとした時,不意に見覚えのある名前が目に映る。
「エレシス? 何でこんな所に彼女の名前が……」
見間違えかと思ってもう一度見るが,そこには確かにエレシス・ディーの記録があった。
他の者達と同じように経歴や危険度が記されている。
興味の有無に関係なく,彼はそれら項目を読み上げた。
そしてそこにあった事実を見て,思わず驚愕の声を出す。
「っ……!? これはまさか……!」
彼女が一体何者なのか。
いち早くクレイヴは思い知ることになった。




