そこにある脱出経路
得体の知れなさが漂うサンクタスは,特に武器らしいものを持っていない。
彼自身に戦闘能力があるようにも思えず,体格もヘルターに劣る。
あの時よりも力押しで突破できる可能性はある。
それを理解したクレイヴは,エレシスを庇いながらシャベルを両手に持ち替えた。
「随分と物騒だね。そのシャベルを,ヘルターみたいに僕へ突き立てるつもりかい?」
「お前,アイツのことを知っているのか……?」
「勿論さ。彼女がここに来た時点で,奴が黒化したことは目に見えていた」
当然のようにサンクタスは答える。
この階層には至る所に監視カメラが仕掛けられている。
最下層の事情もそれで知ったのかもしれない。
エレシスは両手を握りしめ,一歩前に踏み出した。
「そこを退いて! 私達はここから脱獄するわ!」
「脱獄? この監獄を,君は抜け出すつもりなのかい?」
「そうよ! この階層を見て改めて分かったわ! ここは,ただ人を甚振るだけの異常な場所よ! こんな所にはいられないわ!」
患者の思考を操る実験をしていると思わしき,問診の数々。
あれを見て,正常と思う者はそういないだろう。
纏わりつく恐怖を振り払うように,彼女は声を張り上げる。
だがサンクタスは一瞬不意を突かれるような顔をした後,急に笑い出した。
「異常? 君がこの場所を異常というのか? 酷い言い草だ。君は,あの時のことも忘れてしまったのかい?」
「な,何を……?」
「あぁ,何ということだ。思考の停滞が,過去の忘却に繋がってしまうとは。だが安心してくれ。君がここから出られない」
意味深な言葉を並べるばかりで,彼の言葉は要領を得ない。
このまま話していても,まともな答えは返ってきそうにない。
動揺するエレシスを置いて,クレイヴがシャベルを振り上げる。
「訳の分からないことを! 退かないつもりなら,押し通るッ!」
退く気がないのなら,このまま強行突破する以外にない。
クレイヴは少しの傷を負わせるつもりで特攻する。
だが振り下ろす瞬間,サンクタスの前に複数の人影が現れる。
それは集会室に集っていた患者達だった。
「コイツら……!」
正気を失った患者達が,クレイヴのシャベルに掴みかかる。
その力は患者とは思えない程の強さがあった。
それでも抵抗する彼を見て,サンクタスが面白そうに目を細める。
「君は僕と同じ,ちゃんとした自我を持っているようだね。一体何処から来たのか,少し興味がある」
いつの間にか,サンクタスの手には黒いリモコンが握られていた。
異様な雰囲気を放つ,電気信号を送る機械装置。
もしかするとアレで皆を操作しているのではないか,とエレシスは推測した。
「君も僕の手術を受けるかい?」
だがクレイヴにリモコンを向けるサンクタスを見て,考えている猶予はないと気付く。
彼女は声を荒げて医師に問い掛ける。
「待って! この人は私が脅しただけ! 記憶がないだけで,囚人でもないのよ!」
「そうかい。でも,僕には関係ないことだ」
さして問題でもない,と冷酷に返答される。
その目には,患者であるか否かという区別しか付いていないようだった。
「どうして……どうしてこんなことを……!」
「そんなに知りたいかい? だがね,それを明かすと僕達もどうなるか分からない。最悪のケースは常に想定しておかなければならないんだ。だから,一つだけ真実を告げよう」
すると彼は,リモコンを降ろして端的にこう言った。
「この監獄から出られるのは一人だけ。複数人で脱出することは出来ない」
「え……?」
思ってもみないことを言われ,エレシスは絶句する。
患者達と拮抗していたクレイヴも少しだけ目を見開いた。
「どういうこと……?」
「そのままの意味だよ。君達二人では,この監獄を出られない。仮に脱獄できたとしても,抜け出せるのは一人だけだ」
「そ,そんなの出任せよ……!」
「真実だよ。ここではそういうルールなんだ。だからこそ……」
サンクタスはそこまで言い切って,周囲を見渡す。
数々の足音が聞こえ,思わずエレシス達も同じ行動を取る。
時間を掛け過ぎていたようだ。
いつの間にか,二人は多くの患者達にとり囲まれていた。
「上の階層には行かせない」
「ッ……! エレシスッ……!」
流石のクレイヴも多人数相手には抗いようがない。
言葉の不意打ちを受けた隙を狙われ,多くの手に呑み込まれていく。
エレシスもまた,声を出す間もなく取り押さえられる。
少女の力ではどうすることも出来ない強さで,地べたに抑えつけられる。
「君達をここで管理する」
頭上で微かに,サンクタスの声が聞こえた。




