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かけおちる。  作者: 海野 絃
8/12

愛は第8話と立ち去った

「縁談ですか?」

 メルトゥーリめ。昨晩はそんなこと言わなかったのに。

 俺が驚いた顔をすると、母もメルトゥーリも乙女らしく笑った。どうやら俺を驚かせたかったようだ。

 しかし期待通りに驚いてはやったが、縁談の話はかなり面倒な代物だ。

「ええ、お相手は中立派、オルドー男爵の長女ベアトリーチェ嬢よ」

 ベアトリーチェ…………………………………ああ、彼女か。

「覚えているみたいね?」

「はい。何度か舞踏会の方で一緒になりました」

 オルドー男爵は好感の持てる人物だった。紳士的で知識人、同じ社交場で会えば必ず声をかけている。同じ中立派の立場として、有益な意見交換をしてくれる相手だ。その彼が何度か社交場に連れてきた令嬢がベアトリーチェ。彼に似て見識のある女性として覚えている。記憶が確かなら、年齢は1つ下の17歳だったはず。

「踊ったの?」

 これはからかいだな。

「いえ、オルドー男爵の屋敷に招かれた時に少し言葉を交わした程度です」

「ベアトリーチェ嬢がジョージに惚れたそうよ?」

 立場上、愛想よく振舞わなければならなかったが、思わぬところで影響が出たか。

「あなたは次男。それにトマスが家を継ぐことになっていますから、こちらとしてはあなたの判断に任せます。悪い娘ではないのでしょう?」

「はい、おそらくは今後社交界に出ることが増えれば、引く手数多な存在になるはずです」

 そもそも貴族は美形が多い。見目麗しい者と結婚し、子供を成す場合が多いからだ。そういった点から、そこそこに教育を受けている令嬢ならば基本的に文句はない。そこで問題となるのが家格だ。

「しかし…弱いですね」

 オルドー男爵はいい人だ。しかし言ってしまえばそれだけなのだ。ウォーカー領の半分に満たない小さな領地に特産品はなく、平凡な統治が行われている。政治的権力もないし、父のように腕っぷしが強いわけではない。正直……今回の縁談は俺が首都で活動する上でメリットが少ない。


「どうしたもんか」

 しかし理想を突き詰めればエイゲルス公爵令嬢リリーナあたりを狙わなければならなくなる。子爵の次男風情が相手を選り好みしていいものだろうか。

「もう少し考えさせていただけますでしょうか?」

 とはいえ、俺自身を納得させる理由が思いつかないわけではない。ベアトリーチェと結婚することに対してメリットは少ないが、デメリットも少ない。デメリットはないに越したことはなく、それ自体が最大のメリットとなり得る。だったら……縁談を受けることも悪くはない。

 これは持論だが「悪くはない」「負けはしない」といった手段を選べば、最終的にいい方向に転がる。マイナスさえなければ落ちることはないのだから。

「ええ、焦ることではないものね。1度会ってみるのもいいのではないかしら?ねぇメルトゥーリ」

「奥様の言う通りでございます」

 メルトゥーリは俺に見せるものよりはるかに丁寧な口調で言ってはいるが、ほとんど面白半分といったところではないだろうか。実に気に食わない態度を見せてくれるじゃないか。


 しかし縁談縁談と相手個人のことを考え忘れていたが、ベアトリーチェが俺を………

「会ったら断りにくいですね」

 俺は適当に言葉を漏らす。すると、母もメルトゥーリも顔を見合わせた後、俺に対して溜息を吐いた。そして母は踵を返して机の方に歩き出し、机の上に乗っていた1冊の分厚い本を持って戻ってきた。

「これを読みなさい」

「はい?」

 渡してきたのは…女性が好んで読む恋愛小説だった。作者とタイトル、おおまかな内容は有名だから知っているが………確か、想い人と結ばれずに悲劇で幕を下ろす作品だ。

 その意図を理解できなかった俺に母はつかみどころのない笑みを浮かべる。

「何も、断るために会いに行くなんて考えてはいけませんよ?」

「な、なるほど」

 なんだ?母とオルドー男爵は繋がっているのか?

 しかし今度はメルトゥーリも俺と母の間を取り持つように寄ってきて、母とは別の本を俺に渡してくる。

「ジョージ様は想い人がすでにいらっしゃいましたか?」

 メルトゥーリ選出の本は二股男の爆笑必至な喜劇小説だ。しかも、二股の相手は妻とメイドというね。これは何か?「私は婚姻されても平気です」的なアピールなのか?

「あら?ジョージにも春が?」

「それは母上、年から年中夏な領地を離れていますからね」

「あらあら、本当にいるの?」

「いませんよ。本当に………」


  ーー私を連れて逃げてくださいませんか?ーー


「ジョージ?」

 おっと、何だ今の。

「あぁいえ、はい。それでは首都に戻った時に1度、オルドー男爵に会いに行こうかと」

「ええ、失礼のないようにお願いしますね」

 俺は2冊の本を小脇に抱え、母と握手を交わす。

 これをもって、俺は領地でやることを全て終える。あとはリタやペドロとでも領地を散策しよう。

 そんなことを思っていると母は握手の手に若干の力を加えてきた。

「あの脳筋には会った?」

 母には珍しく、口調に荒さが見える。いや、珍しくもないのか。

「いえ、まだですが」

「そう。顔だけは見せて行きなさい」

 母が呼ぶ脳筋とは領主デニー・ウォーカー………父のことだ。そして母は父が好きではない。さらには父に似たトマスとも溝がある。理由はいろいろと想像がつくが、事実として、父やトマスはこの聖域に足を踏み入れることを許されていない。

 両親のそんな関係こそが、父を優れた領主とし、母を知の巨人にさせるのだろう。

「はい。わかっていますとも」

 まぁ、首都に帰る俺には大した問題じゃないので、どうということはない。

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