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かけおちる。  作者: 海野 絃
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月光の中にすり寄る第6話

 父も母も妖精商会の方が忙しく、今日中に会うことは叶わなかった。一応、首都の情勢は執事長に報告してあるので、明日の朝には耳に入るだろう。

「メイド長メルトゥーリです。入ってもよろしいでしょうか?」

 さて、夜になって案の定、彼女が部屋までやってきた。来るなとも言えない自分が情けないばかりだが、夜に美女と2人きりという環境は嫌いじゃない。

「許可する」

 俺の部屋はベッドと机、椅子、クローゼットしかないのに無駄に部屋が広く殺風景と言ってもいい。ほとんどの荷物が首都に運ばれたので仕方のないことだ。

「失礼いたします」

 明かりの1つついていない部屋は大きな窓から入る月光によって青白く彩られていたが、扉が開き、メルトゥーリが入って来ると、彼女の持っていたランプによって一部オレンジ色に変色を遂げる。

「ランプを消してくれないか?今日は月の光がよく入る」

「仰せがままに」

 ランプの明かりが消える。メルトゥーリはランプを扉近くの机の上に置き、足早に俺が座っているベッドの方にやってきた。これも予想通りだが、やはり身体の線がわずかに見える薄着でやってきたようだ。

「人払いは済ませてあります」

「気が利くな」

 メルトゥーリは俺の右隣に腰を下ろす。俺は反射的に少し間を取った。

「リタとは寝たのですか?」

 先手はメルトゥーリだ。

「いや、その予定はない」

「お気に召しませんか?」

「いやいや、容姿に技能に、文句はない。ただ、手を出すべきではないなと思ってね」

「つまり、私は出してもいい女だと?」

「いやいやいや、メルトゥーリは俺にとって特別な存在だよ。正直、君ほど俺を理解している者はいないだろう。リタですら君には遠く及ばない」

 これは事実だ。

「では、なぜ私を首都に連れて行ってくださらないのですか?」

 メルトゥーリの冷たい声が心地よく耳に流れ込む。

「君の力が存分に発揮されるのはこっちだと思ったからだ。だって君は()()()()()()()()()()()()?」

 俺の言葉にメルトゥーリは笑顔を見せた。

「はい、ジョージ様のためならば」


メルトゥーリが想いを寄せる俺は幼少時代から彼女によって変革がもたらされた「彼女好みな」俺なのだろう。俺の成長に彼女が与える影響力はあまりにも大きかった。彼女唯一の誤算は俺が家督争いから降りたことに違いない。

 衰退する国家が陥りがちなのは側近や側仕えといった主君に近しい存在の腐敗だという。主君があることに迷った時、相談する相手として必ず近しい存在が上がる。そうなると、その者が与える影響は大きくなるのだ。例えば俺が領主になった場合、俺の意見はメルトゥーリを無視できなくなってしまう。結果として、メルトゥーリの意のままに操られる可能性も出るわけだ。そして近しい存在が私利私欲に走れば…見事に統治は崩壊する。

 尤も、メルトゥーリにそのような野心があるかどうかは不明だ。俺に気取られないように振舞っているのかもしれない。こういう疑り深さも彼女によって教え込まれているのだから本当に笑えないな。


 俺は結局のところ、メルトゥーリを恐れている。本当は俺をただ利用するためだけに近づいてきたのではないかと心のどこかで思わざるを得ないからだ。

「ジョージ様………………おいくつになられましたか?」


 では、なぜメルトゥーリから離れないのか?


「今年で18だ」

「騎士学校も卒業ですね」

「あぁ、首都で軍部に入る予定だ。根回しも済んでいる」

「そして、ここと首都のパイプ役となるわけですね?」

「あ、ああ…その通りだ」

 不意にメルトゥーリが俺を押し倒し、彼女が俺の腹の上に跨る。


 やはりこれは依存だな。


「どうした?」

 メルトゥーリの冷たい目が俺の目の奥を覗き込む。

「あまり楽しくありませんか?」

 メルトゥーリは俺の右頬に手を差し伸ばし……………思いっきりつねった。

「イッ…!」

 完全な不意打ちに俺は顔を歪めるが、そこに彼女の顔が迫った。

 躱す術なく唇と唇が触れる。間近で見る彼女の瞳に引き込まれ、その抗うことをも許さない強引なそれは俺の唇をしばらく独占してしまう。そうして彼女の唇はゆっくりと離れ、今度は彼女の両手が俺の両頬を包んだ。彼女の顔は鼻先が触れ合うほど近くに止まり、艶やかな白髪が揺れる。

「随分積極的になったもんだな」

「さすがにお子様を相手にはできませんから」

「そうか。それもそうだな」

 俺はメルトゥーリの腰に腕を回し、ぐるりと身体を回して彼女の上を取る。いざ彼女に触れ、彼女の全身を拝むと…相も変わらず綺麗な女体で、俺は思わず溜息を漏らした。そんな俺を見て、彼女は滅多に見せない暖かな笑みを見せた。

「メルトゥーリ、また一段と綺麗になったな。君の方こそいくつだ?」

「秘密です」

「少なくとも俺の面倒を見てくれてたから10歳は上だろ?」

「あ、おばさんは受け入れられませんか?」

「あ~………………………いや、気にしたら負けだな。野暮った。すまん」

「続きはしますか?」

 首都では何度か娼館に通ったことがある。俺だって人並には性欲はあるし、目の前の眼福を味わいたいなどと言う気持ちもある。しかし、今回はメルトゥーリの上から降りることにした。

「本題に入らにゃならんだろう?別に君もしたいというわけではあるまい」


 俺はメルトゥーリが入ってきた時の初期位置に戻って仰向けに倒れる。すると、彼女も何もなかったかのように元座っていた場所に戻り、咳払いを1つした。

「報告します」

「聞こう」

 それからというもの、俺はメルトゥーリから俺がいない間の領地での出来事を話してもらい………………結局、それ以上のことは何も起こらなかった。彼女も部屋を出て行く時になって「気合い入れてましたのに」と捨て台詞を吐いていたが、俺も素直になるべきだったのかもしれない。

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