女恐ろし第5話
メイド長メルトゥーリは美しく、強い女だ。おそらく俺が100人で襲い掛かっても、赤子を相手にするように軽く葬られてしまうだろう。その強さはダニエル曰く「規格外」とのことだ。そして何より、その美しさは恐怖すらも与えてしまうほどのもので、我が自慢の専属メイドであるリタなど…霞んで見えてしまう。
「執事長は庭園にいます。ご案内しましょう」
当初、護衛兼メイドとしてメルトゥーリが首都に同行する予定だったのだが、彼女の規格外の強さと魅力は領地に残しておくべきだと俺が断っていた。
「なぁメルトゥーリ、元気してる?」
「はい、おかげさまで」
断ってから6年が過ぎた今でも、彼女はそのことを根に持っているらしい。その証拠に、今も言葉の節々に棘がある。
俺はメルトゥーリの後をついて行き、上がった階段を下っていく。その間、何も話さないのは気まずいので、適当な話題を投げてみることにした。
「なんか変わったことあった?」
「妊娠しました」
…………………ん?
「…誰が?」
「私がです」
………………いかん。メルトゥーリの顔が見えないせいで、嘘か本当かわからん。
「それはその…どういう…」
「嘘ですよ」
メルトゥーリは一瞬俺の方を振り向いて、目で笑った。
「残念ながら、妊娠には至りませんでした」
そういうことか、メルトゥーリめ。
「…………そうか」
去年の今頃の話だ。俺はメルトゥーリと一夜を共にした。そのことは屋敷の誰も知らない。俺と彼女だけの秘密、のようなものだ。使用人に手を出したとなれば、俺の立場にも傷がつく恐れがあったからだった。どうやら彼女は秘密を守ってくれているらしい。ただ、それで俺をからかうとは………やはりいろいろと根に持っている。
「今夜はどうしますか?」
おまけに自ら聞いてくるとは。
「メルトゥーリ、楽しんでないか?」
「何をです?」
「あらゆるリスクをだよ。父上にバレないか、妊娠しないか…俺が心変わりしないか」
屋敷の使用人は皆、子供の時に雇われる。メルトゥーリも例外ではない。その彼女は俺の幼少時代の世話役をしており、屋敷内の付き合いで言えば1番長い。だからか、一応俺だって彼女のことを理解しているつもりだ。
「楽しんではいませんよ。私はジョージ様を愛しているだけですから」
「とか言って、案外トマス兄とも繋がってたりな。どっちに転がっても生きられるって寸法じゃあるまいな?」
「心外ですね。私をお疑いに?」
「どうだろな…真に人を信用することができないよう、どこかの綺麗なメイドさんに育てられたからな」
「まぁ、どこの誰なんでしょうか」
「さて、誰だったかな」
1階に戻ると、廊下に野太い男達の笑い声が響いてきた。
「少なくとも、私はトマス様をお慕いしておりません。あの方は…」
「口を慎んだ方がいい。何度も言うが、俺は領主になぞならんぞ」
長い廊下を歩き、玄関ホールに出ると…笑い声の正体が判明する。
「おっジョージ!メイド長とデートか?」
トマスとダニエルだ。2人は昔からよく剣術の稽古をして切磋琢磨していた間柄らしい。今も1冊の本を2人で覗き見ている。
「女性と歩くだけでデートになるとは、トマス兄も勉強された方がいいかな」
「かぁ〜!初々しく照れてたあの頃は可愛かったのになぁ!」
それ、いつの話だ。
「執事長に報告があるから失礼するよ」
「おう!相変わらず忙しいこったな」
俺は2人の横を通り過ぎ、屋敷の外に出るが…途中、2人の読んでいた本の表紙から、その本が何なのかがわかってしまった。
「ほぉ…首都はすげぇところだな」
「トマスも1度は行くべきだぜ」
…首都では流通規制されている成人誌だ。内容は知らないが、大抵、表紙が専門書といった関係のないもので偽装されている。彼らが開いていたのは「農業開発入門書」。しかし、トマスのにやけ顔と領地で農業が軽視されていることから考えれば、それが成人誌であることが判明する。昼間から玄関でなんて物を広げているんだ。メルトゥーリに見つかりでもしたら…
「わざわざ首都から専門書を取り寄せるとは、トマス様もやる気があるようですね」
心配に及ばずか。この手の偽装文化は大都市を中心に広がっているため、ここまでは来ていないのか。しかし、偽装成人誌は極めて高価な代物だったはずだが、ダニエルの万年金欠の理由はそれか。
「ま、個人資産で買う分には文句なしだな。領民の税であんな物を買われちゃ目も当てられん」
「どうしましたか?」
「あぁいや、メルトゥーリにもお土産があることを思い出してな」
「では、夜にでもお部屋に伺わせて頂きます」
「お、おう」