第4話と雇われ人ども
首都にある屋敷も立派だったが、やはりここほどではない。
「リタも入れば?」
「混浴をお望みですか?」
「お、いいね。って、もう上がってるし」
豪華絢爛な浴場で旅の疲れを癒し、リタが用意してくれた服に着替える。服は…こちらの意図を汲み取ってくれたようで安心した。
「私はまだ結構です」
「でも2日間も身体洗ってないと…気にならん?」
「なら……ないこともないですね」
「いやぁ、汗臭いリタもアリだと思うけど」
「行って来ます」
「おう。俺は執事長と話をしてくる」
リタと別れ、屋敷の廊下を歩いていくと、道行く使用人達が笑顔で挨拶してきた。屋敷の人間は領民に比べて、太陽の下での肉体労働が少ないせいか、比較的細身が多い。何となく仲間が増えたことに喜びを隠しきれない。
俺は一層上機嫌になって鼻歌交じりに2階へ行く階段に足を乗せる。すると、上から1人のメイドが降りてくる最中で、ばったり目が合った。
「あっ、ジョージ様」
うねりにうねった赤毛を背中まで伸ばしたメイドで、俺の記憶を探っても、見覚えのない人物だった。歳は俺と近いか下か…………うん?それは……ありえないか?
なぜなら、この屋敷にいる使用人は通常、子供の時から雇い、成長と共に仕事を分け与えている。つまり、俺くらいの歳の使用人を新規に雇うことはない。じゃあ………彼女を知っているはずだ。
「…………え~っと」
俺は前を譲ってくれた彼女のところまで上がり、俯いた彼女の顔を覗き込む。
「ひゃ!あの……何でしょうか?」
俺の行動に彼女は慌てた様子で顔を上げた。ぱっちりと開いた目、少し先の尖った鼻、よく思い出せば…そんなメイドがいたような…
「わかった!バーバラだな!」
俺は記憶の箱をひっくり返し、最も雰囲気の似た使用人の名前を口にして彼女の顔を指さした。しかし俺の記憶ではバーバラは赤毛の天パを短く揃え………そもそも小さかった。今目の前にいるメイドは俺の目線と同じくらいの背丈がある。
などと疑問に思っていると、彼女は唖然とした表情を見せ…小さく頷いた。
「覚えていたのですか?」
やはりバーバラで正解のようだ。しかしそうなると疑問が残る。
「もちろん覚えている…が、なんか…大人になったな」
バーバラは俺の言葉に頬を紅潮させ、恥ずかしそうに俯いた。
「最後にお会いしたのは3年前だったかと」
「ん?今いくつになった?」
「15歳です」
あぁ、そういうことか。確かに毎年全員と顔合わせするわけではないからな。気にして見なければ、大勢いる使用人の顔を確認することもないのか。
「大きくなったんだな。うん、美人さんだ」
いかん。最近、無意識に人を褒めてしまう。お世辞が飛び交う首都の影響かな。
「さて、バーバラだとわかったところで、執事長がどこにいるかわかるか?」
「も、申し訳ありません。私は2階の書庫の整理を仰せつかりまして…今、執事長がどこにいるかは…」
書庫の整理、となると、未だに母は本を収集しているようだ。
「じゃあ、彼がどこにいるのか知っていそうな人は?」
「メイド長なら」
メイド長はまだあの彼女だろうか。
「どこに?」
「奥方様の部屋を掃除しているかと」
母の部屋は3階の角部屋か。
「すまん。助かった」
バーバラに礼を言ってさらに階段を上がっていく。最上階の3階には屋敷を守る護衛が6人配置されていて、俺は廊下に顔を出して早々に自分がジョージであることをアピールする。3階はウォーカー一族の私室が連なり、特に厳重な警備体制が敷かれている。
「これはジョージ様、お帰りになられていましたか」
廊下に等間隔で立っていた護衛の1人が俺の方に歩いてきた。
「あれ?久しぶりだね、サムライ・ヨシツネ」
サムライ・ヨシツネは異邦人で、近くの海岸に打ち上げられた難破船の唯一の生き残りだった。本人曰く「日出国から来た」と言っているが…詳細は不明だった。しかし腰に下げた刀なる片刃の剣を用いた剣術は素晴らしく、屋敷で面倒を見る代わりに護衛として働くこととなった。かれこれ10年も前のことで、言葉や文化は俺が教えていた。のちに「祖国では私のようなものをサムライと呼んでおります」ということで、俺だけがサムライ・ヨシツネと呼んでいる。本名はヨシツネ・ミナモト。
「元気してた?」
「もちろんでございます。この命、ウォーカー家のために」
「ありがとうね。明日にでも稽古に付き合ってくれるとありがたい」
「御意」
小柄で凹凸のない顔立ち、力比べではダニエル達に劣り、迫力もあまりない。しかし刹那の俊敏さは領民の誰もが及ばず、一瞬にして敵を斬り捨てる。トマスやダニエルに比べ軟弱な俺にとって、彼の剣術はある種の理想形だ。盗める技術は盗みたい。
「それで何だけど………メイド長いる?」
しかし、そんな彼ですら敵わないウォーカー家の守護者がいる。
「私に何か御用ですか?ジョージ様」
声のする方を見ると、俺は思わず苦笑いを見せてしまう。
「や、やぁ…メルトゥーリ、相変わらずだな」
サムライ・ヨシツネの刀よりも研ぎ澄まされた眼光を放つ白髪の美女、彼女…メルトゥーリは決して似合わぬメイド服の皺を払いその両端を持ち、背筋を伸ばしてゆっくりと少し腰を落とす。
「お褒め頂き光栄でございます」
彼女が静かに笑みを見せれば、俺はただ全身に鳥肌が立った。