肉々しいほどの第3話
「お~い!ジョージ!お~い!」
屋敷の前には広い庭園があり、その入り口で馬車から降りた俺達を出迎えた人物がいた。
「ただいまトマス兄!」
トマス・ウォーカー、俺の兄にして次期領主である。
俺は降りて早々トマスの胸に飛び込むと、トマスは俺の身体を受け止めて勢いのまま…俺を浮かせた。そして2、3度その場で横回転し、俺は地面に降ろされる。
「どうして秋に帰らなんだ!寂しかったぞ!」
俺より頭1つ分大きく、ダニエルやペドロにも負けない筋肉質な身体や日焼けしすぎた肌もそうだが、本当に同じ腹から出てきた兄弟なのかと疑ってしまう。俺自身が疑うのだから、一部領民の中でも「ジョージは本当にデニーの子なのか?」と疑う声が上がっていた。
「ごめんよ。首都で大臣が変わったりとかいろいろあってさ」
「知ってるよバッキャロー!手紙に書いてあったじゃねぇか!」
「知ってるなら聞くなよ~!」
兄弟の抱擁が終わると、トマスは自然な流れで後ろから来たリタにも抱きつこうとするが、これまた自然な動きで躱される。しかし、トマスは歩みを止めることなく、さらにその後ろを来ていたダニエルとペドロ2人まとめて抱きついた。肉々しいほどの肉が抱きつき合い、見ているだけで暑苦しい。
「どうやら私は首都の空気に毒されてしまったようですね」
リタは俺の後ろに避難してきて、彼らに冷ややかな視線を向ける。
「ま…まぁ、この土地の人間は情熱的だからね。でも、リタみたく冷めた存在も貴重さ」
「皮肉ですか?」
「んにゃ、大事にしてやりたいってこと」
しかし、俺はトマスの様子を見て、あることに気がつくと同時に申し訳なさを覚えてしまう。
「トマス兄、とりあえず身体洗ってきていい?」
着替えたかった。トマスの着ている服は貴族である最低限のもので、極めて質素な服装だったのに対し、俺は首都の上等な服を着ていた。さすがにここに来て、空気が読めない真似はしたくない。
「ん?おぉ!行ってこい!父上も母上も商会の方に顔を出してるからな!」
トマスはダニエルとペドロと肩を組み、俺に快活な笑みを見せた。誰に対しても向けられるあの笑顔は領民達の心を確かに掴み、トマスのカリスマ性の象徴ともいえた。そして俺が家督を諦めた要因でもある。
「場所はわかるか?」
「さすがにわかる」
「そうか!」
トマスは何やらダニエル達に用があるらしく、俺はリタを連れて屋敷に向かった。
「相変わらずでしたね」
「あぁ、本当に」
トマスのカリスマ性はこの土地に合っている。領主としての才能は並ぶ者なしといったところだろう。俺も一時は領主に憧れていたが、トマスのようにはなれないとわかった頃から諦め、別の道を探し始めた。それは父やトマスに代わり、首都の屋敷に居座ることだ。おそらく分け隔てなく笑顔を見せるトマスでは敵味方が複雑に入り乱れる首都は苦労するに違いない。あそこでは同じ顔は通用しないのだ。敵には敵の顔を、味方には味方の顔を、状況に応じて使い分けなければならないのだから。
「可能なら…俺がトマス兄を支えてやりたい。それがここのためになる」
「私もどこまでもお供します」
リタは俺の理解者であり、後ろで力強く頷いていた。
「助かるよ」
これらの意向は全て子爵家全体に通してある。その上で父も俺を首都に送り出していた。母だけはいい顔をしなかったが……家督争いをしていいことなんて1つもない。
屋敷の扉の前に立つ。扉の向こう側には久しく忘れていた香りがしていた。俺は扉の取っ手をしっかりと握りしめ、力強く扉を開けた。