香る潮風と共に第2話
父デニー・ウォーカーの領地は海と山に囲まれていて、塩と魚介類、材木を中心に豊富な自然資源を活用した発展を遂げていた。曾祖父の代から始まったという「妖精商会」は商売を行うことで、領地では十分に確保できない穀物類の調達を可能にするとともに、商人から生きた情報を直接仕入れる独自の情報網を確立した。ちなみになぜ妖精を語るのかというと…山々に囲まれ、他の領地とは違った文化の元に発展した地母神信仰の名残らしい。本当に祝福あれ、だ。
「ジョージ様、そろそろです」
騎士学校は上流階級が集う学校であり、中には俺のような地方に領地を持つ貴族の子もいる。そのため学校側から春と秋に長期休暇が設けられ、地方に帰ることを許された。なぜ春と秋なのかと言えば、穀物の収穫時期と重なり、税の取り立てに忙しくなるからである。要は手伝えというわけだ。
そんなわけで春、俺は狼の国の首都から馬車で2日かけて故郷に帰ってきたわけだが…
「うちは林業と漁業。しかも気候は年中変化なし。結果、いつ帰っても変わらんのだがね」
馬車の窓を開けると、生暖かい空気が頬を撫でる。そこから見えたのは活気ある港町。父曰く「街並みだけはどこにも負けねぇ」と自慢の統一された白い建物の前を行き交うのは日焼けした褐色の肌を露出させる薄着の領民達だった。海の荒波に抗い、太い丸太を運搬する彼ら領民達は屈強であり、「ウォーカー子爵領の民といれば5℃気温が上がる」と言われるほどに熱苦しく思われる領民だった。正直、単純な力比べをしたら、騎士として訓練を受ける俺でも領民の女性に勝てるかどうか…
もちろん、彼らは脳筋というわけではない。妖精商会が主体となって学問を教えることで、水産学や林学の研究が行われ、生産量や漁獲量の向上に貢献している。これもまた曾祖父の実績だ。
「俺も筋肉付けた方がいいかな…」
なんて思いつつ、変わらぬ街に安心していると、馬車の向かい側に座る黒髪ロングのメイドと目が合った。
「どうしたのですか急に?」
彼女はリタといい、ここから俺と共に首都の屋敷へと移動している…いわば俺の専属メイドである。使用人すらもステータスとなるため、首都で他の貴族に舐められないためにも、容姿や所作に優れた彼女が選ばれた。ちなみに我が学友であるゲルハルトが本気で求婚していたのも記憶に新しい。透き通る白い肌は領内でも話題の容姿となっている。
「そりゃほら…マッチョの方がかっこいいじゃないか」
「どうでしょうか?ジョージ様が筋肉つけると、今以上に面倒臭い人間になるかと」
6歳も年上なリタは…少し毒舌だ。マゾの気があるゲルハルトが惚れるのも無理はない。
尚、リタ以外にも俺と行動を共にするものが2人いた。
「おいおいリタ子、そりゃ若に失礼だぜ?」
「だな。若も筋肉に憧れてるんだよ」
ダニエルとペドロである。2人は俺の護衛として行動を共にしているのだが、ここの領民を代表するかのように図太い肉体を誇っている。2人共怪力で、盗賊に襲われた時は素手で顔面を殴り飛ばし、1発で殺してしまうほどだった。
「うるさいですよ。これ以上馬車を狭くしないでください。放り出しますよ?」
「「おぉ~怖ぇ」」
尤も、領民の女性は物珍しさからか細身の男性を好む傾向があり、ダニエルやペドロより領民にはモテている。領主の息子として筋肉量にコンプレックスを抱えつつも、結構な自慢だった。
「若!屋敷が見えてきましたぜ!」
「やっぱり首都の屋敷よかでけぇな!無駄金使い過ぎだろ!」
「はしゃがないでください。大男がみっともない……しかし、ようやくですね」
俺を含め、リタすらも帰省を楽しみにしていた。やはりこの港町の活気や空気に触れると、何やら胸にくるものがある。俺もリタの嬉しそうな笑顔に笑いかけ、窓から頭を出して、迫る屋敷に手を振った。