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かけおちる。  作者: 海野 絃
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第1話は煌びやかな世界より

 不定期更新になるかと思われますが、どうぞお付き合いくださいませな。

 俺は一瞬だけ自分の耳を疑った。

「……今、なんとおっしゃられましたか?」

 思わず俺は目の前の見目麗しい女性に聞き直しを求めてしまう。すると、彼女は儚げな笑みを見せ、改めて同じ言葉を口にした。

「私を連れて逃げてくださいませんか?」


 目の前にいる彼女の名前はアイシア・ロナド。狼の国の東方に広がる穀倉地帯を治めるロナド伯爵の愛娘である。伯爵が領地を離れている時には領主代行を務め、その教養の高さを存分に奮った人物として名高い才女だった。才色兼備にして品行方正と領民からの信頼も厚く、伯爵領の基盤を支える大きな存在でもあった。そんな彼女に魅せられる男達は数多く………ついにはある大物をも虜にした。


 その大物とは…狼の国皇太子ジルバである。


 聖人君子を体現するかのような誠実さを備えた文句のつけようがないジルバ皇太子がアイシアに惚れたのだ。そして王宮ではすぐにアイシアを皇太子妃にしようとする動きが見られるようになり、伯爵家も思わず笑顔になったという。アイシアの評判は王宮にも届いていたのだ。


 国民に向けての正式発表はまだだが、すでにアイシアとジルバ皇太子の婚姻は決まったも同然だと、有力貴族の間では囁かれているようだ。


 さて、そんなアイシアが何と言ったか。

「逃げるとは…穏やかではありませんな」

 連れて逃げてくださいませんか?、だと?一体どういうことだ。少しも状況が理解できないぞ。

 俺は困惑した顔をしてみせるも、アイシアの儚げな顔が俺の胸を締め付ける。美貌とはやはり立派な武器となる。生まれながらに持つ恐ろしい武器だ。

 アイシアが無言のまま俺を見つめるので、俺は視線を周囲に泳がせた。すると、何名かの男達と目が合った。誰も彼もが権力者揃いで俺が視線を泳がせられるのは床か天井くらいしかなくなる。

 天井はあまりにも高く、豪勢なシャンデリアがいくつも吊られていて、床を見れば、美しい大理石が俺の情けない顔を映し出す。どこからか弦楽器の音色も聞こえてきて、俺は舞踏会に来ていることを思い出した。

 そうだとも。今日はアイシアの父である伯爵が主催する舞踏会に来ているのだ。これは彼女が皇太子妃になることを陰ながら自慢し、権力者の思惑が交錯する社交場なのだ。つまるところ…主役はアイシア。その皇太子妃最有力候補となった彼女と俺みたいな若輩者が話をしていれば、そりゃ不審がられるというか、煙たがられているに違いない。

 一応俺も小さな領土を持つ子爵家の次男坊ジョージ・ウォーカーという立派な立ち位置なわけだが、家督を継ぐわけでもなく、ただ平凡に騎士学校で学ぶ騎士見習いだ。正直、権力者達からして見れば、路傍の石ころと大差ないだろう。この舞踏会には伯爵より格上の貴族がたくさん集まっているのだから。

 俺がアイシアの古い知人でもなければ、こうして話す機会もなかったろう。


「アイシア様、さすがに冗談が過ぎるのでは?」

 我が子爵家が運営する商会のお得意先だった伯爵家の娘。父に連れられ伯爵領まで同行するも、暇を持て余らせた幼い俺の話し相手に付き合ってくれたのが同い年のアイシア。たったそれだけの関係だ。なぜそんな俺に彼女は…

「冗談に聞こえますか?」

 幸いにも、俺達のやり取りは周囲に聞こえていない。聞こえていたら俺は社会の闇に消されるに違いない。なんとも恐ろしい展開だ。

「いえ、それは…」

 俺が知っているアイシアなら俺を本気で困らせる冗談は言わない。それが答えだ。

 常識的に考えれば、そんなこと許されるはずがない。きっぱりと断り、彼女の発言を記憶から忘却すれば済む話だ。俺も子爵家の次男坊としてリスクを冒したくはない。

 しかし…やはり美貌は強大な武器だ。彼女に見つめられるだけで、俺は勇敢な聖騎士であるかのような錯覚に陥る。それに、俺だって美しい令嬢となられた彼女に期待していなかったわけではない。

「アイシア様、私は…!」

「アイシア!」

 あぁ、遅かった。

「アイシア!クビアト侯爵様がお見えになられた。挨拶に行くぞ」

 横から突然現れたのは伯爵だった。伯爵は俺とアイシアの間に割って入ると、今俺に気づいたように振り返り、俺を鋭い目つきで一瞥する。


「ウォーカー子爵のところの次男か」

「はい。お久しぶりでございます」

「久しいな。今は何をしておる」

 一応、淡々とであるがこちらを気にする素振りだけを見せた。

「都の騎士学校に通っております」

 恰幅の良さからか、伯爵は外見的に穏やかで柔和な方だと思われがちだが、実際は徹底的な利己主義であり、極めて頭が良い方だ。領民に優しくするのも、領民から長期に渡って税を搾り取るための演技だという。現に、俺へ向けられる目の奥は冷たい。

 ここは1つ、顔を売っておくとしよう。

「アイシア様に悪い虫がつかぬよう、少しばかり話をしておりました」

 父は未だに伯爵家と強いパイプを持っている。それに傷つけることがあってはならない。

「ふん、お主が悪い虫ではあるまいな?」

「お戯れを。今後とも妖精商会を良しなに」

 俺はちらりとアイシアの方を見ると、彼女は何か言いたげな顔をしていた。もちろんここで何か口にすれば、俺も彼女自身も伯爵に何か疑われてしまうだろう。

「それでは伯爵様、アイシア様、失礼いたします」

 一礼した後にくるりと回れ右、振り返らずに真っ直ぐ歩く。


 しかし、俺は彼女に何と言おうとしたのだろうか?

「ジョージ!こっちだ」

「お、ゲルハルト。来てたのか」

「何だ?アイシア様に夢中で気づかなかったか?」

 俺は普通に騎士道を学び、普通に友人を作り、適当な日々を過ごしているにすぎない。そんな俺が彼女に何を言うつもりだったんだ。あの時、一瞬を超えるほどの一瞬に湧きたった衝動は何だったのだろうか。

「よせよ。彼女は皇太子妃になろうとしているんだぞ」

 まぁ、もう会うこともない彼女のことを考えても仕方あるまい。

 貴族文化について調べてはみたんですよ?

 でも、面倒なのでご都合主義に走らさせていただきまして。

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