第三話 動き出した歯車①
アイデアが頭に浮かぶがそれを文に出来ないもどかしさ…
「三人とも何やってんだ?」
茂みから出てきた倫は呆れながら呟いた。
「……なんだ倫か、驚かすなよ焦って損したぜ。」
将生は服に付いた葉を払い落としながら茂みから這い出てきた。
「別に驚かせてないしなんで隠れる必要があるんだよ。」
「いやさ、もしここを管理してる人だったら捕まっちまうじゃねえかよ。田舎の山にこんな施設作ってる奴なんてろくな奴じゃねぇぜ?」
将生は足元に落ちていた枝を拾って太陽の様に明るい何かを指差すように掲げた。
「確かに、言われてみればそうだよな…」
倫は周りを見渡した後少し俯き言葉を紡いた。
「…別の世界という線は無いのか?いや非現実的過ぎてアレなんだが…」
「そう異世界!!」
唐突に彩華が声を上げた。
「異世界?」
将生が聞き返した。
すると次の瞬間彩華の目の色が変わった。
「そうよ異世界よ、こういうのは大体魔法とか超能力とか凄い力が使える世界に飛ぶのが定石というか別の世界だから同じ世界とは違って使えたりするとか細かい話は置いといて、まぁテンプレのテンプレならお城の中にある石の壁に囲まれた召喚の間に移されるけどこれは召喚失敗初期サバイバル物…いや転生物ならあるいは………」
彩華は水を得た魚の如く将生が聞き慣れない言葉を延々と語り始めた。
「へ、へぇ…随分と詳しいな、つまりここは異世界なんだな?よし分かったぜ!」
将生は頬を引き攣りながら話を中断させようとした。
「…おい倫、お前はこれ知ってたのか?」
将生が小声で倫に話しかけた。
倫は彩花をちらりと見て目を瞑った。
「何度か布教されたことは…ある。あんな感じでな…」
「…布教?」
また将生を首を傾げた。
「…すまん業界用語だ、気にするな。」
「あんた達何コソコソやってんのよ」
背後から彩華が割り込んできた。
「げぇっ!彩華いつの間に!?」
将生は一歩飛び退いた。
「げぇっ!って何よ、私に聞かれたら何か都合の悪いことでも?」
「なんでもないよ、それよりこれからどうする?さっき少し歩いてきたけど周りには何も無かったし人がいる気配も全然無かったよ。」
彩華は考え込んだ。
「うーん…待ってるだけじゃ助けなんて来ないからとりあえず進むかここを中心に生活圏を広げていくか…どちらにせよ面倒なのは変わりないし……」
「待ってくれ彩華。まずここをベースにするしかない、他の選択肢はいくらなんでも危険過ぎる。ラノベのように上手くいくはずが無い、そもそもここが異世界だとして人が居るかどうかも怪しいからな。
もう少し慎重にならないと…」
倫が彩華の思考を遮った。
「そもそも人が居ない可能性…ウソまさかそんな夢の異世界ライフが…」
彩華の顔が青ざめていく
「とりあえず俺は丘の上に行って来るよ、将生は二人を頼んだ。」
咄嗟に将生が振り向いた。
「また一人で行くのか?」
将生が睨むと倫と目が合った。
ほんの少しだけ二人の時間が止まったが倫が苦い顔をするとその重い口を開いた。
「……そうだ、どちらかが2人を守らないといけないんだ。当然だろう?」
将生はさっきから疑問に思っていたことを倫に訊ねた。
「さっきから何かテメーおかしいんじゃあねぇか?
なんだよ危険だとか守れだとか…」
倫が大きく息を呑み、俯きながら将生を睨むように目を向けた。
冷や汗が倫の頬を伝った。
ここは開けた場所だというのにまるで四方壁で囲まれた独房にでも入れられたような重い空気が漂っていた。
「……何か重要な事を隠してるな?そう…俺達が来る前だ、お前は何を見たんだ?」
将生は続けた。
「今のテメーを見てるとよ、なんかイライラすんだよなぁ?さっきここから離れるのは危険と言ったのに何故お前は一人でここを離れようとするんだ?怪しいよなぁ……お前は一体何に怯えてるんだ?」
今の二人は既に湖の波の音や木々の騒めきさえ聞こえなくなる程に神経を尖らせていた。
遂に二人の緊張が最高潮に達する、だがそれが、その一瞬が倫の集中力を鈍らせた。
「お兄!!」
桜が将生の腰に勢いよく飛び付き、その勢いのまま二人は転がりながら倫の足元までたどり着いた。
さっきまで立っていた場所に何かが森から数本の木と共に飛んできた。枝ではない、太い幹の木が根っこから折れた木が飛んできたのだ。
その何かは全長三メートル弱はあり、不気味な程に全身に光沢が無くまるで光を吸収しているような黒一色で日の下にいてもどのような体格か把握出来なかった。
辛うじて犬や狼の頭に見える何かに四足の足と尻尾の様なモノが生えていることが確認できたが四人が知っている犬や狼と違い、額に二本の立派な双角が生えていて見るからにただの野生動物では無かった。
「アレみたいなやつゲームで見たことあるわ…」
将生がポツリと呟いた。
その黒い生き物は将生の声に反応したのか身体から頭に見えた部分を消した。実際は顔を横に向けただけなのだが将生達はそれを認識出来なかった、しかし将生達には二つの深紅の瞳が胴体に現れたように見えた。
その真っ赤な瞳で将生を睨むと、獣のような唸り声を出しながらゆっくりと近付いてきた。
一歩踏みしめる度に足元にあった枝が折れ、乾いた音がする度に四人の恐怖心が膨れ上がる。
(まずいぞまずいまずいまずい…)
四人は遂に背中を見せて逃げようとした。
だが将生は起き上がる動作が入ってしまい結果的に逃げるのが遅れた。
すぐ後ろから唸り声が聞こえ少し生暖かい息が将生の首筋に当たった。
将生はもうダメだと思った。
そして将生に黒い腕が迫ろうとしたその瞬間、獣の腕は将生に当たらず地面を叩いた。
地面が凹み、その振動で前を走っていた三人はその前に吹き飛ばされる様な形で地面に叩きつけられた。
「将生!?」
土煙が晴れ視界が戻るが将生の姿が何処にも見えなかった。
倫達は今の攻撃で一瞬の内に粉砕してしまったのかと思ったが血が飛び散っていないので安心した。
ではどこに居るのかと辺りを見回した時、水面から将生が水しぶきを上げながら出てきた。
「俺生きてる!まだ生きてるぜチクショウ!」
将生は偶然にも足を滑らし湖に飛び込んでいたのだ。
しかし次の瞬間将生の顔が青ざめた。黒い獣はまだ諦めていなかったのだ、深紅の瞳と将生の目が合う。
将生はまたダメだと思ったが、何故かそこからの追撃が来ない。
黒い獣は将生を睨むだけで中に飛び込んで来ようとはしなかった。
(あれ?もしかして水が怖いとか、とりあえず助かったのか?…)
「早く、こっちまで泳いで来なさい!」
彩華と桜は既に離れた場所まで逃げていた。
将生は彩華の声に気づき、対岸まで泳いだ。
湖の水は透明度が高く浅瀬の方は底まで見えたが、途中からは底が見えなく海のように黒く映り、かなり深いようだ。
「ふぅ、助かった…」
彩華が将生の元に寄ると将生のおでこにデコピンをかました。
「痛てっ!何すんだよ!」
「なんでそんなに気楽でいられるのよ!アンタさっきまで死にかけてたのよ、こっちの心配も考えてよ!」
「ごめんって、そんなに怒らないでよ怒ってる場合じゃないでしょ…ほらアイツだって…」
黒い獣は湖を迂回してこちらに来ようとしていた。
「……二人とも泳げる?」
将生は二人に尋ねた。
黒い獣は湖には入れないから泳いで逃げれば諦めて帰ってくれるだろうという作戦だった。
「待って、それじゃ袋の鼠よ、体力が持たないかもしれないじゃない。それにアイツがもし泳げる事を隠してたらどうするの。」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「知ってたら聞かないわよ!」
「お前も考えろよ!」
「考えてるに決まってるでしょ!」
敵が迫ってるというのに二人は喧嘩を始めた。
呑気過ぎると思うが、二人の思考回路は既にパンク寸前なのだ。
「こっちだバケモンめ!!」
黒い獣が近づいてきていたその時、ソレの背中に石が当たった。
「GOH…」
黒い獣は振り返り、石が飛んできた方向に目を向けた。
「今だ!三人とも逃げろ、今のうちに逃げるんだ!早く!」
突然の出来事に三人は思考が止まった。
倫の両手はお手頃サイズの石を幾つか抱えていた。
「将生!早く行け!!」
二度目の叫び声で将生は我に帰った。
「倫!」
三人は逃げようと思ったがその場に立ち止まってしまった。
将生たちは身体は本能では逃げろと叫んでいるが倫を見捨てられないという理性が三人を戸惑わせていた。
「行けっ!!早く!」
空気が揺れた、倫の叫び声が辺りを揺らした。それは思わず黒い狼のようなソレも立ち止まる程だった。
「将生!行ってくれ!真っ直ぐ進めば道らしきものがある、右の山に囲まれていない方に行けば多分人里に出られるだろうから二人を頼んだ!俺も後から行く!」
倫はそれだけ言うと、石を黒い獣に向かって投げた。
「……逃げるんだ、今はアイツに任せて逃げるしかない!」
将生は二人の腕を強く握りしめ、引っ張りながら走っていく。
それでも彩華は腕を振ってその場から離れようとしなかった。
「やだっ!離して…離してってば!
待って、倫は、倫はどうなるの?ねぇ!」
それでも腕を強く握りしめ、彩華の腕を離さなかった。
彩華は反射的に将生の顔を強く平手打ちしてしまった。
「あっ、ごめん…」
将生は一切の抵抗をしなかった。
将生の頬は既にグショグショに濡れ、口から血と涎が垂れベトベトだった。
「彩華、アイツの行動を無駄にしないでくれ。」
将生の切な願いは彩華に届いた。
「行こう、行って助けを呼んでくるんだ。もしかしたら間に合うかもしれない。」
将生は嘘をついた。彩華と桜もそれに気づいている。
だが二人は何も言い返さなかった。
最後に振り返ると、倫が森の中に駆け込んだのが見えた。
しばらく走り続けた。
あの後一度も後ろを振り返らず、森の中を走り抜けた。
そして三人は整地された広い道に出た。
三人は疲れ果て、その場に座り込んだ。
「はぁ、はぁ、も、もう大丈夫なのか?」
「り、倫…倫…」
智子は彼の名前を呼びながら泣いていた。
「……お兄、どうするの?」
紗英は将生に聞いてきた。
「とりあえず行くしかないだろ…」
「けどっ…」
桜が立ち上がった。
「私、もう一回あの場所に戻ってみる。そして倫兄を助けてくる。」
「ダメだ!俺が許さない…何より倫はお前ら二人を危険に合わせない為に戦ってくれてるんだ、アイツの勇気を無駄にしないでくれ。」
「けどお兄…倫兄だけが死ぬよりはマシだよ。」
「そんなことは無い!アイツは俺がきっと助ける、だから今は逃げよう!」
将生が桜を宥めていると、遠くから何かが来る音がした。
「…ば、馬車?」
三人の前に現れたのは二頭の馬が引く一台荷馬車 だった。
二頭の馬は頭部に仮面のような兜を被っており、荷馬車には白の布地が張られていた。
「邪魔だガキ共!そこをどけ!」
馬を引く御者の男が三人を軽蔑するような目で睨んできた。
見たところ、年はまだ若い感じだった。
しかし将生には馬や馬車など実際に見たのは初めてだったせいで理解に少し時間を要した。
「どうしたのですか?何かあったのです?」
中から別の声、男性ではなく女性の声がした。
「いえ、なんでもありませんよ大丈夫ですって。ただ単に薄汚い獣が道端に転がっていただけで。」
将生はハッと思い出したかのように声を出した。
「…っ!そ、そうだ助けれくれ!倫が、友達が変なのに襲われているんだ!」
運良く御者の男は腰に剣をさしていたのを見て、将生はこの荷馬車にはある一定の武器があるはずだと考えた。
将生は武器さえあればあの狼のような何かから倫を救うことが出来るかもしれないと判断した。
しかし、御者の男は将生の頼みを聞き入れなかった。
「はぁ?知らんな。それより邪魔だ!早くそこをどけ!俺は子供だろうが何だろうが轢くぞ?」
それだけ言うと縄を引き、馬車を前に発進させた。
「っ!危ない!」
馬車は止まる気配を見せなかったので、将生は彩華と桜を引っ張り、道の端まで移動させた。
「くそっ…」
地面を殴ったせいで将生の手が少し赤く腫れた。
(どうする?もう一回頼みに行くか?ダメだ、また断られるに決まってる。次に来るのに賭けるか?)
将生は森の中をじっと見つめた。
きっと二章から主人公っぽく主人公してくれます。多分!
何でもかんでも上手くいったら面白くないんです。かと言って何でもかんでも上手くいかなくても面白くないんです。うーん、この