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雪とワルツ  作者:
おまけ
13/17

外の世界

 外! お外行ってみたい!!

 玄関のまえでにゃあにゃあ叫ぶと、廊下の奥からやってきた執事さんが顔をしかめた。

 きれいなお顔で柳眉を寄せるのに、にゃーにゃーと言葉を足した。

 わたしはまだ、お邸の建物から出たことがない。うまくいって居間にあるバルコニーまでだ。寒いし雪がすごいから、まだまだちいさなわたしを執事さんたちは部屋のなかに閉じ込めていたいらしい。

 でも、わたしは猫なのです。人間の赤ちゃんとは違うんだから。もう走り回れるし、高いところからジャンプだってできるんだ。

 ぴんと背中を伸ばした執事さんは、扉に手を伸ばして斜めに立つわたしを見下ろす。


「外は寒いですよ」


 知ってますよー。ちょっとだけ! ちょっとだけだから!


「まだあなたはちいさいですし、雪が降っています」


 だから出るんですよう。雪が降ってるときが楽しそうじゃないですか! ね、ね!

 子どもに言い聞かせる口調の執事さんを、なんとか口説き落さなければ。このミッションをクリアしないと、わたしはずーっとお邸に缶詰のままだと思う。ここは気合いを入れなくては。

 玄関マットの上で、きちんとお座りをして見上げる。お願いお願い。執事さん、お願い! おねだり声でにゃおんと鳴くと、執事さんはため息を落とした。


「……なんて声を出すんです」


 そんな顔もずるいですよ。まったく、どこで覚えてくるんですか。

 ぶつぶつ言う執事さんは、それでも白い手袋の手をドアノブへと伸ばす。おおおお! やった! やりました! ミッションクリアです。


「本当に少しだけですからね」


 はーい!

 まだ隙間ほどしか空いていない扉から、わたしは勢いよく飛び出した。愛らしい子猫、万歳!




***




 黒い影に、さっと体が低くなる。

 きっと視線を鋭くすると、相手は小馬鹿にしたように口の端を上げた。大きな体、太い足、長い爪。


「おいチビ。いいのか、邸のなかでぬくぬくしてねーで」


 町の黒猫がお庭に飛び降りてきたのだ。しなやかな体は大きくて、金の瞳も鋭い。

 雪の上だというのに、そんなことを気にした様子もなく堂々とたたずむのは、まだ若い雄猫だ。

 わたしはその場から動かずに、ふー! と身の毛を奮い立たせた。


「な、なによう。なにかご用? ないなら早く帰った方がいいと思うけど!」


 威嚇する、なんて初めてだ。

 精一杯に体を大きく見せいているわたしを、相手は鼻で笑って馬鹿にする。


「へっ、一丁前にナマ言いやがって。赤ん坊はおとなしくおっぱいでもしゃぶってろ」

「わたしもうおっぱいじゃないもん! お肉もらってるもん!」

「狩りもできねーくせに威張ってんじゃねーよ」

「こ、これからだもん! これから上手になるんだもん!」


 狩りはまだ機会がなくてやっていない。機会がないだけだ。お邸はお掃除が行き届いてしまっていて、ネズミはおろか、虫だって出てこない。だからわたしは、雪がとけたら狩りデビューするのだ。

 意地悪く口の端を上げた相手を、わたしは必死に睨みあげてうなる。

 じりじりと後ろにさがってしまうのは、もう野生の性というか。だ、だって、悔しいけどあっちのが強い。

 嫌な黒猫はふーふー言ってるわたしをじっと見ると、やっぱりにやりといやらしく笑った。


「ま。でかくなって、売れ残ったらおれが番にもらってやってもいーぜ」

「そんなの知らない! ふーんだっ」


 雪を蹴散らして全速力で走るわたしに、腹を抱えて笑う声が聞こえた。はふはふ息を上げて飛び込んできたわたしに、執事さんが目を丸くしていたけれど、そんなところまで気が回りません。




***




 雪が強くなってきたので、玄関の扉はいっそう重たそうに閉まっている。

 今日はもう絶対に外には出してくれないだろうと予想したわたしは、一階の居間にある出窓にのぼった。ここはソファーが添えてあるから、がんばってジャンプして、背もたれによじのぼれば極小のわたしでもなんとかなるのである。

 ぴっちり閉まっている窓から、白い雪が音もなく降り積もっていくのを見ていたら、門のところに黒い影が舞い降りた。


「あー、ヤっさんだ」


 もう、そんな時間か。あの真っ黒で目つきの悪いカラスは、日暮れのこの時間に門にやってくるのが日課になっている。

 ヤっさんはばさばさと翼を揺らして雪を落とした。うす暗い門前は、とても寒そうだ。

 ぴんと背中を伸ばして見ているわたしが、あちらからは丸見えらしい。部屋のあかりもあるからだろうけれど、ヤっさんは呆れたように顔をしかめた。


「そんなとこにいたって、外には出れないだろ。早く飯食って寝ろ」

「まだ起きてるもん。みんなして子ども扱いばっかり」

「本当にちいせえんだからしょうがねーだろ」


 ばさっと翼をたたんで、横に二歩ぴょんぴょんとはねる。それにあわせて門の鉄格子に積もっていた雪も落ちた。


「ヤっさん、昨日の夜にクローおじちゃんが言ってたけど、湖の氷に穴があいたんだって」

「あー。ヒグマが喧嘩して落っこちたやつだろ」

「なんだ、知ってるのかあ」


 とっておきの話をしたつもりが、相手の方が詳しいとは。

 いろんな人たちがわたしのところに顔を出しては、気ままにおしゃべりしてくれるから情報通のつもりだったのに。まだまだである。


「今ちょうど湖の上を飛んできたから見えたぞ。……おまえと違って外にいるんだから、そりゃあある程度のことなら耳にも目にも入る」

「いいなあ」


 このお邸がいやだってことじゃない。

 とっても居心地がいいし、わたしが外では生きていけないのもわかっているけど。

 せっかくこんなところで猫として生きているんだから、人間だったときにはできなかったことをしたいじゃない。

 ぶーたれたわたしに、ヤっさんがため息をこぼす。


「春になれば外に出れるようになるだろ、たぶん」

「そうだけどさあ」


 春はくるけれど、雪深いここではずっとずっと先のことに思えた。

 なで肩をもっと落としたわたし。ヤっさんはそんなかわいそうなわたしをさらっと無視したんだけど、突然はっとしたように動きをとめて、ぽつりとつぶやく。


「……いや、春には無理か」

「なんで!」


 勢いよく顔を上げると、気だるげなヤっさんが肩をすくめて言葉を続けた。


「おまえ、町の雄猫に目ぇつけられてるからな。ここの人間だって、それくらいのことには気づくだろうし。まあ、当分無理だな諦めろ」

「えー!」


 春になれば、を合言葉に冬をしのいでいたのに! 寝耳に水である。なんでだ。雄猫ってなんだよう。あの黒い町猫のことなのかなあ。あんなの、もうちょっと大きくなったらやっつけてやるんだから! 春にはまだ大きさが足りないかもしれないけど!

 あんな性格悪い猫に負けやしないのに、ヤっさんは心配性である。


「いいじゃねーか、町からも山からもおまえをかまいにいろんなやつが顔出すなら」


 せめてもの慰めとばかりに足された言葉だって、あまり効力を発揮してくれない。

 そりゃあね、ヤっさんを含め、境界のない空を飛ぶ鳥さんたちは代わる代わるおしゃべりしてくれるし、厨房の勝手口あたりにたむろする町猫たちも声をかけてくれるし、厩のにいさんたちだって一緒に遊んでくれるけれど。

 でもでも、せっかく日本とはぜんぜんちがうところにいるんだもの。町の様子とか森とか山とか、おいしい食べ物とか、いろいろ知りたいじゃないですか。

 お庭に出るのにもあんなに渋った執事さんを、どうやって説得すればいいかなあ。うーん、これは違う方向から攻めないとだめかも。もしかしたら、旦那様のほうが可能性はあるかもしれない。ちょっと作戦を練らねば。


「とりあえず、盛りがすぎればうるさくねーだろ。まあ、それまでは精々庭までだな。おとなしく遊んでろ」


 考えをめぐらせ始めたわたしを、ヤっさんが冷静な声でさえぎった。

 お庭じゃだめだからこうして必死になっているのに。わかっているくせにこれだから、ヤっさんも意地悪だ。

 むっとしかめっ面をすると、呆れのたっぷりこめられたため息を返されてしまった。どこまでも子ども扱いばっかりしてひどいと思う。


「すぐに大きくなるんだから」

「……それはそれで問題だけど。ま、いいや。もう寝ろ」


 ぜんぜんわかってねー、とかぶつぶつ言われるともっとむっとしてしまうじゃないか。

 ヤっさんの意地悪。唇をとがらせるわたしをおいて、じゃあなと彼は雪のなかにまぎれる。颯爽と雪景色を横切る背中に、わたしはまた明日ねと鳴いた。


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