エピローグ
結局、雪崩に巻き込まれたのは商人たちの馬車だけで、御者が吹っ飛ばされたものの、運よく足の骨折だけですんだ。他の人たちは馬車のなかだったから、打ち身と擦り傷。大きな雪崩だった。その馬車は、斜面からもうすぐ出るところで巻き込まれたため、まともにくらわずにすんだのがよかったらしい。不幸中の幸いである。
町の警備隊と、町の若者たちと、お邸の従僕さんたちが今もまだ雪かきをしていて、町はなんだかざわざわしている。お邸のなかも忙しそうで、従僕さんたちがいない分、メイドさんたちが駆け回って部屋を整えたり食事を運んだりしていた。怪我人も少ないから、使わなかった部屋を元に戻すんだって。
旦那様はお邸の人たちに指示を出してから、自分も山道へと向かってしまった。こういうとき、ご領主様が顔を出すことでみんなの励みになるんだとか。
残った執事さんと並んで、わたしは居間の窓から外を眺めている。
「シア、まったくあなたは」
じっと山の方を見つめていたわたしは、ため息と一緒にこぼれた声にびくりと肩が跳ねた。上目にうかがうと、きれいなきれいなあの瞳が、まっすぐと注がれる。
銀縁眼鏡の向こうの、アメジスト。
「嘘をつくのは感心しませんよ」
ううう、ばれている。あれだけ動けもしなかったはずなのに、雪崩の報せで思いっきり走っちゃったし。でも、猫が仮病使うなんてこと、普通思いつくかなあ。でもでも、執事さんだしなあ。執事さんは、というかこのお邸の人たちは、わたしのことを人間みたいに扱うときがある。それに、執事さんだ。なんだか全部のことを見透かしてしまっていそうだ。
耳をたらして、わたしはそぉっと執事さんを見上げた。ご、ごめんなさい。 しゅんとするわたし。くすりとちいさな笑みが落ちた。
「ですが、守ってくださってありがとうございました」
はっと目がまん丸くなる。目の前には、執事さんの笑顔。あの、わたしが大好きな、きれいなきれいな笑み。
わーん! 執事さんっ! わたし本当は嘘はつきたくなかったんですよ! でもでも、だって、雪崩がねっ! ……旦那様と執事さんが、無事でよかったようー! にゃおにゃお言いながら、ぴかぴかに磨かれた靴に頭をこすりつける。
しかたのないお嬢様ですねと、ほほえんだ執事さんはやさしくわたしを抱き上げて、丁寧に丁寧になでてくれた。
旦那様が帰ってきたら、真っ先に飛びつこう。心配してくれてありがとうって、ほっぺたをなめてから、ごめんなさいって頭をすりすりしなければ。
あたたかな腕のなかで、わたしは誓いながら眠りに落ちていった。