プロローグ
雪がほとほとと降る、静かな夜。
お月様がとっても大きくて、積もっていく真っ白な雪をきらきら照らした。
わたしはとにかく寒くて、お腹がすいて、目も見えなくて。見えないのになんでかお月様が大きいのも、雪がきれいなのもわかっていた。今思うと不思議だ。それはともかく、邸の外に積まれた薪の隙間にうずくまって、必死に鳴いていたちいさなわたし。
お腹がすいたよう。寒いよう。このままだと死ぬんじゃ、なんてことに思い至るより、お腹がすいていることばかりが頭を占める。声もうまくでなかった。でも叫ぶことしかできなくて、ずっとずっとそうしていた。
すると、冷たい空気になにかが混ざる。あたたかな、におい。なんだろう。ああでも、お腹が、すいた!
「どこだ? このへんだと思うが」
「……旦那様、声を落としてください。聞こえなくなります」
ざくざく。雪を踏む音。あたたかい、かおり。
ここ、ここ! ここに、いるの。見えないし、体が思うように動かなくて、わたしはただただ声を張り上げる。震えるそれは思ったよりも弱くて、ざくざく雪を固める音にまぎれてしまいそうだ。
「このあたりに……ああ、そこですね」
「いたか!」
ぱっと花が咲いたような明るい声に、冷静に返した人がもうわたしのすぐそばにいた。
「お待ちください、今――」
ぐっとにおいが強くなって、なにかがわたしの体を包む。大きななにかが覆いかぶさってきて、突然のことにわたしは驚いて今までとは違う叫びをあげた。なになに?! なにするの!
「おおー、ちっちぇえなあ!」
見えないし、動けない! えーんえーん!
「まだ生まれたばかりでしょう。弱っているのですぐにあたためてやらなければ」
「早く! 走るぞ。死んじまう」
「……そこまで早くは死にません」
呆れた声はそれでもわたしの体をしっかり包んで、コートの内側に引き込む。足早にふたつの影が、あたたかな暖炉の前へと急いだ。
ミルクのにおい! 濃厚で、まったりした、知っているにおいは、記憶にあるものよりずっと強い。
ほしいほしいと手を動かすのに、包まれてしまってままならない。窮屈だと文句を言うが、においが鼻先までくるとそれどころではなくなった。
いつの間にかわたしの体はあたたかく、やわらかなもので包まれていた。鼻先に濃いミルクのにおいがして、わたしは無我夢中でそれにかぶりつく。ほんのりとあたたかなミルクを、味もわからないくらいの勢いで必死に飲み下した。
ただただ飲んで、お腹がいっぱいになったと意識する間もなく瞼が落ちる。
それからのことはよく覚えていない。