第八話 五日目 後篇
――摩周を奈落の底へと突き落とす最悪の台詞だった。
役職だから誠意を持って犯罪に向き合うのではない。
コイツは役職だからこそ『地位』に目がくらみ、自分の保身、出世、そして欲望が優先されていったのだ。
次の瞬間、鉄格子に掴みかかり摩周は叫んだ。
「嘘だったのか……騙したのか!」
その目から悔し涙がこぼれる。
「こんな子供でも分かるようなバカな話を簡単に信じたお前が悪い」
摩周の姿を見て、更に高々と笑う看守長。
コイツを見ていると吐きそうだ。
絶対に許せねぇ!
俺も鉄格子に掴みかかり、怒鳴りつけた。
「ふざけるな! 嫁だと……温かい家族だと! よりにもよって……天涯孤独の人間に絶対に言ってはならない事を言いやがって! それでも一国に仕える者のすることか! 俺だって……俺だって信じてしまったじゃねぇか!」
看守長が俺の方へ振り返る。
「一国に仕える者だからだろうが。さっきの話を聞いていなかったのか? バカめ! それにな、どんなに吼えてもコイツは既に自供した。もう罪が消えることはない」
「――殺す!」
届くわけも無い腕を伸ばし、看守長を捕まえようとする。
「虫ケラがほざいておるわ」
無駄なあがきだとわかっている。
しかし――黙っていられない。
その時、警備兵が地下牢に戻ってきた。
「刑の準備ができたのか?」
「いえ、それが……」
「何をモタモタしている! 早くしないか!」
命令直後、看守長のニヤけた表情が一変し、緊張が走る。
警備兵の後ろにミルとアードベックがいたからだ。
二人が地下牢に入ると同時に看守長が敬礼する。
「これは王女にアードベック様。何故このような場所へ?」
「連続切り裂き事件の容疑者を看守長直々に取り調べると聞きましてね。様子を窺いに来たのです」
アードベックの問いに、看守長が自信満々で答える。
「その件ですが、たった今、連続切り裂き事件の容疑者が犯行を自供しました!」
この野郎……よくもヌケヌケと。
「待ってくれ! 彼の言い分も聞いてやってくれ!」
アードベックに頼みこむ。
だが――
「必要ありません。看守長、君の手腕を確と見せて頂きました」
「ハッ! ありがとうございます」
何を……言ってやがる……
ミルも、看守長とアードベックのやりとりを黙って見ている。
お前ら……そんなヤツだったのか。
「それが『お偉いさん同士のやりとり』というやつか! 王国の司法も地に落ちているようだな……お前ら、見損なったぞ!」
掴んでいた鉄格子に頭を叩きつけ、興奮しながら吠えたてた。
だが、二人とも聞こうとしない
視線も合わせない。
その様子を見ていた看守長が横目で俺を見る。
そして、勝ち誇った顔を見せた。
「早速この者を処刑します」
そんな、摩周は無実の罪で殺されてしまうのかよ……
「やめろ! やめてくれ! おい摩周、お前も何か言えよ!」
だが、絶望している摩周はうつむいたまま一言も発さない。
偽りの真実……そして騙された現実に失望しながら。
もう自分がどうなってもいい……
――そう言わんばかりに……
「それでは、失礼します。この私が直々に取り仕切ります。アードベック殿。このことは、どうぞお忘れなく」
媚売り。
ゴマすり。
そして出世。
そんなことのために、他人の人生を道具に使いやがって……
看守長が摩周のいる牢屋に近付こうとした時――
「その必要はありません」
今までこの状況を黙ってみていたミルが口を開いた。
ミルの意外な発言に看守長は問いかける。
「王女、必要ないとはどういうことですかな?」
この問いに、アードベックが代わりに答える。
「看守長、随分と強引なやりかたですね」
「と……言いますと?」
「私は先程『君の手腕を確と見せて頂きました』と言ったはずです。彼らとのやりとりは全て聞かせてもらいました」
この台詞にたじろぎながらも答える看守長。
「こ……これも、国の治安を守るためです」
「そのことですが、先程連続切り裂き事件の真犯人が捕まりましてね、今頃は別の地下牢にいますよ」
「なっ、なんですって?」
「君は完全に、無実の人間を犯人だとでっち上げたのです。功を急ぎすぎましたね」
「そんな……バカな」
落胆する看守長に、ミルは告げた。
「あなたの非道なやり方は確かに聞かせてもらいました。次期女王として命令します。あなたのような人の弱みに付け込む者の存在を許してしまっては王国は腐り果ててしまいます。今すぐ、我が城から……いえ、この国から出て行きなさい!」
「そんな……待ってください! 私は……」
言い訳をしようとするが、アードベックがそれを制止する。
そして看守長の顔に近付くと、ミルに聞こえないようにそっと耳元でつぶやいた。
「看守長、私は国のおこぼれなど求めてはいませんよ。それに、君は運がいい……ここに王女がいなければ、私の権限で即刻処刑していましたよ。君がよく知っている、『最悪』の処刑方法でね」
見た事のないアードベックの一面。
冷たく光る瞳が語っていた。
「君を今すぐ殺したい」――と。
この台詞を聞いた看守長の顔は青ざめ、弁解すら口にしなくなり無言のまま両手を差し出す。
そして、今度は看守長が警備兵に連行されていった。
牢屋にではなく、国外追放という地位も権力もない場所へ。
欲にまみれた役職の末路だった
地下牢にはミルとアードベック。
そして、摩周と俺の四人になった。
「ごめんなさい。私がいたらなかったばかりに」
ミルが摩周に謝罪し、牢屋の鍵を開けた。
無実が証明され、摩周が開放された。
そして、大切な刀も返してもらうのだが、摩周はまだ落胆している。
――当然だ。
嫁を探し続けていたが、この王国にもいなかったのは事実。
それに、騙されてしまったショックはそう消えるものではない。
「ところで、おじちゃん」
突然俺の方へ振返るミル。
「ヤバい。ガン見している」
そう悟ると同時に、俺は慌てて横を向いた。
目を合わさないように。
言いたいことは、わかっているからだ。
だが――
「ちゃんとコッチ見る!」
怒られた……
「おじちゃん――さっき私やアードベックのことを疑って、ヒドイことを言っていたよね。あーあ、傷付いちゃったな」
ホラ来た!
そう言うと思ってましたよ。
確かに疑ったのは事実だし、それに対しては申し訳ないと思っている。
だが、断じてその目は傷付いてなどいない。
『いいネタ見っけ』――そう思っている目だ。
なにより、俺は間違っていない。
決して屈服などするものか!
「謝っても、もう遅いよ」
「……えっ?」
俺は無意識のまま、既に土下座をしていた。
条件反射――怖ッ!
ミルが可愛らしい王女様からドSの女王様に変貌すると同時に本能が生命の危機をすばやく察知し、即座に謝ってしまう術をいつの間にか身についていたらしい。
「ねぇ、アードベック。どうしたらいいと思う?」
そうだ!
今回はアードベックがいる。
爽やか好青年が売りの彼ならばきっとこの状況を綺麗に流し、そして華麗に話題を逸らしてくれるはずだ。
「ミル王女、ここは我々がどうこうするのはいかがなものかと」
笑顔でミルを諭す。
流石は教育係!
心の中でガッツポーズをとる。
「ここは潔く、切腹させてあげましょう」
うん。爽やか……
…………!
「せ……切腹って、あの切腹?」
「はい。せっかくここに刀もあることですし、早速見せて頂きましょう」
「そんな無茶な!」
「冗談ですよ。まぁ、当分はこの牢屋に入っていてもらいましょうね」
「えぇー、そうなの?」
残念そうに言うミルの手には縦長の白い板が。
その板には『辞世の句 お下劣』と書かれてあった。
いつか殺られる……
「ところでさ」
ミルはそう言うと、今度は摩周の方を向く。
「あぶなかったね。もう少しでお向かいにいる変なおじちゃんの影響を受けるところだったよ」。
「ミル、なんてこと言うのよ! なぁ、アードベック。教育係としてキチンと言ってくれよ」
「そうですよ王女。影響ではなく、ちゃんと『変態がうつる』と教えて差し上げないと」
ナイスフォロー!
アードベック……お前の笑顔、マジで凶器だわ。
「――そうか。それは危ない所でしたな」
摩周の言葉に、三人が一斉に笑う。
イ……イジけてやる!
「ようやく笑ってくれてた――よかった。ねぇ、私たちもこの方のお嫁さんを探すお手伝いをしてあげようよ!」
ミルの提案をアードベックが快諾する。
「それはいい考えですね。部下の失態の謝罪も込めて、このバランタイン王国が全面的に協力させて頂きますよ」
「しかし……」
戸惑う摩周。
先程裏切られたばかりで、すぐに信用しろと言う方が無理な話だろう。
そんな摩周に、アードベックは優しく接する。
「ご心配なく。この国は外交が盛んなので、奥様の特徴を教えて頂ければ行き来する国々に問い合わせる事ができます。もしご不満で、ご自身が探しに行かれるのでしたら、向かわれる先々で奥様の情報を各国の王族から直接頂けるよう、面会を申請したバランタイン王国の王族直筆による書状を持って行かれるとよいでしょう。ミル王女、よろしいですね?」
「うん、もちろんだよ!」
「え? ミルが書くのか?」
「当然でしょ」
「書けるのか? いや、それより読めるのか?」
「アードベック。このおじちゃん、やっぱり切腹したいそうだから介錯の準備をしてあげて!」
「かしこまりました」
「嘘です! ごめんなさい!」
俺はいつまで土下座しなければならないのだろう……
それにしても――
「介錯」なんて言葉まで知っているのか……
そういえば、勝手に俺の辞世の句を書いていたっけ。
まぁ、それなら書状は大丈夫だろうけど。
――全く、知っているミルがスゴいのか――いや、教育係のアードベックがスゴいのだろう。
今度、君の教育方針を是非ともお聞かせ願いたい。
それはともかく、あまりにも意外なミルとアードベックの対応に戸惑う摩周。
「そんなことまでして頂けるのか?」
「罪滅ぼしをさせて下さい。あなたがこの王国で傷付いてしまった分を」
「とんでもない。お心遣い、ありがたく頂戴致します」
ミルが書いた書状を書き始める。
その最中――
「ところでビキニ殿。一つだけよろしいか」
「――どうした?」
「貴殿を初めて見たときから気になっていたのだが、何故その面を被っている? それは……」
「これは……俺の趣味だ」
「趣味……そうか。いや、なんでもない」
摩周はそれ以上聞かなかった。
旅の支度を終えた摩周が俺の方へと近付く。
「短い付き合いであったが、ビキニ殿と出会えてよかった」
「まぁ、お向かいさんがいなくなるのは寂しいが、俺も摩周に出会えてよかったよ。嫁さん、早く見つかるといいな」
「――かたじけない」
「俺もかたじけない――それじゃ、元気でな」
「では、さらば」
そう言うと、摩周は鉄格子越しに右手を差し出す。
「我が名は摩周! 某のために吼えて頂いたご恩は一生忘れぬと、この刀に懸けて誓う」
俺はその手を握り締めた。
「俺の名はビキニマン! 摩周のことは一生忘れぬと、このビキニにかけて誓う」
そして、摩周は旅立っていった。
「おじちゃん、さみしくなるね」
「ん? まぁな。でもなミル、別れってのはいつかは誰にでも訪れるものなんだ。そして摩周は大切な者のために旅立っていった。黙って見送ろうじゃないか」
「ほむほむ。でもさー、さっきの『ビキニにかけて誓う』というのはどうかと思うよ」
なんて事を!
「コレは俺の大切なトレードマークだからな。ビキニに誓って何が悪い!」
「それじゃ――今ここで無理やり脱がされたら、誓いを破ることになるよね?」
ギクッ!
……どうしてそんな展開になっちゃうの?
「アードベック」
ミルが不敵な笑みを浮かべながら指を鳴らす。
「承知しております」
ジリジリと歩み寄る二人。
「ダメ! 堪忍してー!」
このコンビもうヤダ……