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第七話 五日目 前篇

 

「違う! それがしではない」


 突然の叫び声だった。

 なんだよ……人が気持ちよく昼寝をしていたのに。

 何事かと思い地下牢の入り口を覗くと、変わった格好をした男が警備兵に両腕を捕まれたまま引きずられていた。

 上着はボタンのない白いシャツのようなものに、下は縦のしましま模様のメチャメチャ太いズボン。靴は木で作った……スリッパ?

 見たこともない服だ。

 それに黒い長髪を後ろで結び、不精ヒゲを生やしているせいか、怪しい人物に見えなくはない。

「さぁ、ここに入れ」

 警備兵がそう言うと、男を向かいの牢屋に無理やり押し入れる。

 そして、鉄格子の扉を閉めて鍵をかけた。

「信じてくれ! 無実だ!」

 男は、鉄格子にしがみついて訴える。

 それを見て、ついでに俺も訴えてみた。

「俺も無実だ!」

 すぐさま警備兵が俺に怒鳴る。

「お前は現行犯だろうが!」

 うわ、冷たい。

「全く……おかしな奴がまた一人増えたよ」

 ブツブツ言いながら、警備兵が地下牢から出ていった。

「違う……某じゃない……」

 男は下を向きながら、何度もそうつぶやいていた。

 …………

 空気が重い。

 いや、牢屋とは本来こういう空気なのだろう。

 ミルのおかげでそう感じないだけか。

 突然のことだったが、せっかく空いていた向かいの牢屋に新人さんが来たことだし、話しかけてみる。

「お前さん、変わった身なりをしているな」

 そう言うと、うつむいていた男は顔をあげ、見事に喰いついて来た。  

「貴殿にだけは言われたくない!」

 やはりそう返されるか。

「いや、俺もそう言われるのではないかと思っていたよ」

 思わず笑ってしまう。

「取り合えず元気はありそうだな。まぁ、仲良くやろうや」

 俺の台詞に、男は不思議そうに問いかけてきた。

「貴殿は変わった男だな。こんな所に入れられて、何故そんなにも明るい?」

 もっともな質問だ。

「まぁ、人間ってのは希望を捨てちゃいけないぜ。どうだい――お前さんの濡れ衣が晴れるまで、俺と話でもして気を紛らわさないか?」

「――貴殿は、某の事を信じてくれるのか?」

「さっき『信じてくれ』って叫んでいただろ? 警備兵は聞いてくれなかったが、俺でよければ信じるよ。まぁ、お向かい同士、何かの縁というやつだよ」

「そうか……かたじけない」

「かたじけない? なんだそれ? どんな食べ物?」

「あぁ、某の故郷の言葉で、『ありがたい』という意味だ」

「なるほど。そういや気になってたんだけど、お前さんはどこの国の人間だ? 言葉といい格好といい、ここいらの地方の人間ではないだろう?」

「――いかにも。某は、これよりはるか遠くに存在していた八海はっかいという国の者だ」

「八海? どっかで聞いたような……」

 ん? 待てよ。

「なぁ『存在していた』とは、どういう意味だ?」

「それは、もう国自体がなくなってしまったということだ」

「国が……なくなった?」

「……戦争ですよ」

「そうか、思い出したぞ! 八海――確か数十年もの間、内戦をしていた独立国家じゃないか! まさか既に滅んでいたとは……」

「情けない話だ。国内で同じ民族同士が長き争いを繰り返し、その結果――国ごと無くなってしまったのだから。そして某は、そんな愚かな民族の一人であった」

 今まで色々な地方を旅してきたから、話だけは聞いたことがあった。

 独自の文化を築き上げた国が、統治者の血縁が途絶えたのをキッカケに、二人の権力者が次の覇権を握るために東西真っ二つに分かれ、国民同士が大きな争いを続けている国があることを。

 まさか……その国の人間と、こんな所で出会うとは。

「愚かな民族の一人ってことは、お前さんも戦争に参加していたのかい?」

「いや、戦ってはおらぬ」

「なら、愚かではないだろう。戦争の被害者じゃないか」

「しかし、某も同じ民族であることにかわりはない」

 義理堅いやつだ。

 それにしても――

「ところで、そんなお前さんがどうしてこのバランタイン王国に?」

「…………」

 ん? 急に黙り込んだ。

「どうした?」

「いや……」

「もしかして、言いにくい理由なのか?」

「言いにくい……そうかもしれん。いや、それよりまた情けない話を続けるのが忍びなくて」

 忍びない?

 また初めて聞く言葉だ。

 イヤ待てよ。忍びか……

「お前さん、忍者だったのか!」

「何故そうなる! 某が忍者に見えるのか?」

「え? 忍びっていうからてっきり……」

「確かに忍者のことを『忍』とは言うがな。言い直そう。情けない自分自身に我慢がならないのだ」

 自分自身に我慢がならない?

「どういうことだ? それがこの国に来た理由と、一体どんな関係があるんだ?」

 思わず質問を繰り返してしまった。

「あ、こんなことを聞いては流石に迷惑だったか?」

 男は一度大きなため息を吐く。

「いや、そんなことはない……先程貴殿が言ったとおり、これも何かの縁。泣き言だと思って聞いてくだされ」

 そう言うと、男は自分の身の上話を語ってくれた。

「某は戦争で家族を殺され、幼少より天涯孤独の身であった。先程、戦争の際『戦ってはおらぬ』と申したであろう。自国で戦争が起きているのにもかかわらず、その争いに参加しなかったのは、某を戦争に駆り出そうとする人間すら傍にいないほど、ずっと独りであったからなのだ」

「なるほど――な。その戦争でほぼ全ての国民が参加していたと聞いていたのにおかしいとは思っていたが……辛かったな」

「確かにそれまでは辛かった。しかし、戦争の最中ではあったがこんな某にも心から愛せる者と出会うことができ、昨年祝言をあげることができたのだ」

「……祝言?」

 言葉をいくつか交わしただけでも、いかに独自の文化をもった国だったかよくわかる。

 しかしこう何度も、言葉の違いをいちいち突っ込むのはかえって失礼かと思ってた。

 だが――男は一瞬だけ顔がほころぶと、言葉の意味を教えてくれた。

「夫婦になるということだ」

 既婚者だったのか!

「なんだよ、お前さん新婚さんだったのか! うらやましいぞーこの野朗めぇ」

「……………………」

 ……あれ?

 そこはテレるところじゃないのか?

 それどころかまた落ち込み、暗くなる一方だ。

 何故?

 男が再び語ってくれる。

「ですが……また独りになってしまった」

「え……離婚か?」

「……その方が、まだよかった」

「は? いや、よくはないだろう」

「嫁は……戦争の際、混乱に乗じて紛れこんだ人買いに捕まり、他国に売り飛ばされてしまったのです」

「売り飛ばされただと!」

「……孤独の中で、ようやく大切な家族ができたと思っていたのに、わずか数ヶ月後のことだった」

 ヒデェ……

「某には、わずかな間であろうとも、あの時の幸福な時が忘れることなどできない。そして、再び独りになることが堪えられなかった。それで、嫁を探すためにこれまであてもない旅をしてきた……だが、この一年で何一つ足取りをつかむことができず、挙句の果てに、こんな見知らぬ国の牢屋に入れられてしまうとは――本当に自分が情けない」

 そうか それでこんな遠い国まで……

「全然情けない話じゃないぞ! それにしても人買いとは……なんて奴らだ! 許せねぇ!」

 まさか、そんな奴らがいるとは。

 もし目の前で目撃したら、むりやり服をひん剥いて全裸にした挙 句に、その映像を全世界に無料配信してやるのに。

 無論、素顔のままの状態をだ。

 そして、一生「歩くワイセツ物」として、二度とお日様の下を歩けなくしてやる。

 ちなみに、俺は全裸ではない。

 このマスクとビキニがある。うん、問題なし!


 それにしても腹が立つ。

 いや、それよりこの男が切ないほど不憫だ。

 少しでも力になれないだろうか? 

「なぁ、お前さんの『嫁』って、どんな風だ? よかったら教えてくれないか。俺もこう見えて色んな地方を旅して来たんだ。もしかしたら、見たことがあるかもしれない」

 男は驚いた表情で俺を見つめる。

「今日初めて出会った某のために……お主、本当に変わっておるな」

「あぁ、よく言われる。それに、独りってのはやっぱり辛いじゃねぇか」

「……そうだな」

 そう言いながら、男は静かに頭を下げる。

 数秒うつむいた後、さっきまでと比べて少しだけ明るくなった表情で顔をあげる。

「申し遅れた。某、摩周ましゅうと申す。貴殿の名を頂戴してもよろしいか?」

「あ、これは失礼。俺はビキニマンと言います」

 あれ? 前にもこんなことがあったような……

 名前も聞かずに話を盛り上げてしまうのは俺の悪い癖のようだ。


「ビキニ殿、話を聞いてくれて……いや、気持ちを共にして頂き、かたじけない」

「いやいや、こちらこそかたじけない。摩周殿」

 お互い、同時に笑ってしまった

 牢屋の中にいれられてから、初めて摩周が笑ってくれた。

「そういえば、ビキニ殿は何故このような場所に? 先程旅をしているといっていたが」

「それがな、俺も人探しの旅をしていたんだよ。それがこの国に入った途端、警備兵にとっ捕まっちまってな」

「ビキニ殿もか? なんという偶然」 

「全くだな」

  「失礼ながら、ビキニ殿も大切な人を探しに?」

「大切な人……か。まぁそんなところかな」

 同じ状況にいながら酷似した目的を持つ者同士、意気投合する。

 ここまで似てくると、俺は必然的に浮かんできた疑問を聞いてみてもいいかなと思った。

「そういや、摩周が捕まった原因ってなんだ?」

「それが……」

 摩周が答えようとした時、地下牢の扉が大きな音を響かせながら開いた。


「看守長殿、こちらです」

 警備兵に案内され、見知らぬ男が入ってきた。

 会話の最中になんだコイツは?

 それにしても――まぁ随分と偉そうな奴だ。

「うむ、ごくろう」

 そう告げると、警備兵を手で払いのける。

 その偉そうな男が摩周のいる牢屋の前に立ち、そして取調べを始めた。

「先程の取調べの続きだが、もう一度聞くぞ。最近この国で女性が刃物で切り裂かれる事件が連続で発生した。死者こそ出なかったが、重大な傷害事件だ――お前が犯人なんだろう?」

 そんな事件が起こっていたのか……

 だが、何故その犯人が摩周になる?

 何を根拠としているのだ。

「何度も違うと申しておるだろう。某ではない!」

 本人だって否定しているではないか。

 証拠でもあるのか。

 現状は疑わしいとはいうだけだろう。

 まだ犯人と断定されていないのに態度が悪すぎる。

 ましてや『長』と役職が付いている者が、こんな態度でいいのだろうか。

 だが、摩周の訴えなどお構いなしに取り調べは続く。

「お前が我が王国に入ってきた時期と、切り裂き魔が出没し始めた時期が一緒なんだよ」

「そんな……それだけのことで」

「それにな、取調べの際に没収した、お前が腰に携えていた剣。あんなものを持って歩いていたら、疑われて当然だろうが!」

「あれは刀という名の、某と一心同体の物だ」

「ラチがあかんな……」

 看守長と呼ばれていた男が摩周に先程取調べを行った際に記入された調書を見せる。


「実はな、ここに書かれている『お前の嫁』と名乗る者が、つい今しがた城の入り口まで来て面会を求めて来ているのだが――」

「何をばかなことを――そんな話、嘘に決まっておる」

「何故そう言い切れる?」 

「この一年、必死に探して見つからなかったのだぞ! それがそう簡単に、そして都合よく見つかるものか! 信じられるわけがなかろう」

「確かにな。だが、今回起きた連続切り裂き事件は国中でも既に有名でな。そして、容疑者であるお前のことも同様に、今ではお前のことを知らない国民はいないのだよ。そのおかげで、偶然この王国にいたお前の嫁も聞きつけることができたのだろう――お前にたいそう会いたがっていたぞ」  

「そんな……そんな偶然があるものか!」

「それでは仕方が無い。面会はしないのだな」

「クッ……」

「あらかじめ言っておくが、お前が今すぐ罪を認め、そして早く罪を償えば、それだけ早く嫁に会えるのだぞ」

「……会えるのか?」

「それだけではない。調書を見てお前があの八海出身だと知った。勿論嫁のこともな。今まで大変だっただろう」

 摩周は食い入るように看守長の話を聞いている。

「この平和な国で、温かい家族を作ることができるようこの私が色々面倒をみてやろうではないか」

「それは真実まことか!」

「あぁ、俺が保障しよう」

 看守長の言葉に、摩周が沈黙する。

 一分ほど経過しただろうか……

 沈黙が破られた。 


「某が――やりました……」


「んー、聞こえんな」

 俺にすら聞こえた摩周が発した断腸の台詞を再度聞き直す。

 明らかに聞こえていたくせに。 

「某が……某がやりました」

 摩周の言葉に、看守長が意気揚々と警備兵に命令を下す。

「よし、犯人が自供した! すぐに裁判――いや、刑の準備に取り掛かれ!」

「かしこまりました」

 命令に従い、駆け足で地下牢から出て行く警備兵。

 残った看守長は満面の笑みだ。

 それにひきかえ、摩周は立ち尽くしたまま、うつむき、まぶたを閉じている。 

「おい、摩周……」

「ビキニ殿、何も言わないでくだされ。某は……某は一刻も早く嫁の顔が見たいのです。これまで、それだけを支えに生きてたのだから」

 摩周が無実だと、俺は信じている。

 だが、今の摩周を俺は止められない。

 止めることなどできるわけがない。

 もし逆の立場なら、俺も摩周と同じこと……


「それで、嫁とはいつ会えるのだ」

 摩周が尋ねる。

 当然の質問だ。

 だが―― 

「嫁?」

 あたかも初めて耳にしたかのように聞いてくる。

「某の嫁が会いに来てくれているのであろう? 先程そう言っていたではないか!」

「何の話かさっぱりわからんな。今はお前が犯行を自供した。只それだけのことだ」

 そう言うと、看守長は下品に舌をだしながら歓喜する。 

「これで俺の株も上がるというものだ! 地位が上がれば上がるほど、上からのおこぼれを頂戴できる。国力というおこぼれをな。俺はこのまま看守長なんかで終わるつもりはない。これからも更に功績を伸ばし、出世し、ゆくゆくは上級仕官まで登りつめてやるのだ!」


 ――それは、最悪の台詞だった。  

 

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