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第五話 三日目

 

 今日の食事はお膳ではなくお弁当箱を持ってきた。

 それも二つ+骨一本

「今日はみんなで食べよう」

 お姫さんがそう言うと、お互い鉄格子に寄り掛かりながら、背中合わせでお弁当食べる。

 勿論、俺が食べる姿を見られたくないのを知っていての厚意からこのような食べ方をしている。まだ幼いのに気配りのできるいい子だ。

「ねぇ、美味しい?」

「ああ、美味しいよ!」

「よかった。お弁当作ったかいがあったよ」

「コレ、お姫さんが作ったのか! その歳で料理も出来るとはスゴイな」

「料理? そんなこと出来ないよ」

「は? お弁当を作ったんだろ?」

「うん。厨房にあったオカズをお弁当箱の中に入れてきたの」

「あ……そういうことね」

 作ってないじゃん!

 まぁ、冷静に考えてみれば王女が料理を作る国など聞いたこともない。

 お姫さんにしてみれば、料理を作ることと、用意することは同じなのだろう。

 逆に言えば、用意するだけでも大したものだ。

 それにしても――料理人の目を盗んでオカズをコッソリと弁当箱に詰め込み、持ち去るお姫さんの姿を想像すると、思わず吹きだしそうになる。

「ありがとうな。それに、こうやってみんなで食べるってのはいいもんだ。昨日もお姫さんが傍にいてくれていたが、食べているのは俺だけだしな。独りで食べるのと比べて『一緒に食事をする人がいる』ってのは嬉しいよ」

 そう言うと、背中越しにお姫さんが喜んでいる。

「おじちゃんもそう思う? 私もね、ご飯の時はいつも独りなんだ。よかったー、おじちゃんも同じことを思っていたんだ」

「それにどうだい、独りで食べるより、みんなで食べた方がいつもより断然美味しいだろ?」

「うん! 味が変わったみたいに美味しい!」

「それはよかった」

 普通の家庭で育っていれば、こんな会話はしないだろうな。

 弁当の中身も決して質素なものではない。

 美味しいものが食べれるが独りでの食事。

 質素な食事ながらも、一家団らんのにぎやかな食事。

 人にとって……いや、この子にとってどちらが幸せなのだろう。 


「なぁ、お姫さん……」

 声をかけても、そんなこと聞けない。

 只、なんとなく口から言葉が出てしまった。

 その時―― 

「待って」

 突然、お姫さんが俺の話を遮った

「ねぇ、その『お姫さん』って呼ぶの、もうやめて欲しいの」

「……え?」 

 どうしたんだ急に……何か、気に入らないことでもしてしまったのだろうか?

「名前……」

「ん?」

「名前で呼んで欲しいの」

「名前って……なんでまた?」

「私には『ミル』って名前があるの。お城の者達はみんな私のことを『王女』とか『姫』としか呼んでくれない……でもね、私聞いたことがあるの。お友達同士は名前で呼び合うって。だから、私の事を『ミル』って呼んで欲しいの」 

 突然の申し出だった。

 お姫さんは王族なのに「王女」や「姫」と呼ばれるのが好ましくないらしい。

 勿論、断わる理由はない。

 だが、一国の王族の方を呼び捨てか……

 さすがに悩むな。

 しばし、沈黙する。

 すると、お姫さんから――

「嘘、今のなし」

 背中越しでもわかるほど大きく手を振りながら、恥ずかしそうに訂正する。

「やめるのか?」

 そう聞くと、次はお姫さんが悩みだす。

「んーと、えーと……」

 悩んだり、テレたりする声を黙って聞く。

 こういうところは、本当に幼くて可愛らしい。

 そして、悩んだ末の結論を出した。

「やっぱり……なし」

 そうは言うが、声がすごく残念そうだぞ。

 せっかく勇気を出して言った台詞を引っ込めてしまったんだもんな。

 まぁ、即答しなかった俺にも責任があるわけで。

 この話題を今ここで終わらせてしまったら、次の機会はないかもしれない……そして、少女の勇気を無駄にしてしまう。

 人は誰でも、勇気を出して自分の気持ちを人に伝えねばならない時がある。

 お姫さんは、今そのスタートラインに立っているのだな。

 俺もそういう時があったよ。

 だからこそ…… 


 さて――と。

「あらら、それは残念だ。でも俺とノアはもう友達だぞ。なぁノア」

「キャン!」

 ノアが尻尾を振って答え、小さな身体を鉄格子をくぐり、俺に近付いてくる。

「え……」

 ノアの頭をなでている俺の背後から、沈んだ声が漏れてきた。

 そして、こちらをチラチラ見ているようだ。


 そうしながらもノアは俺の周りをウロウロ歩き、あぐらをかいていた俺の膝に乗ると、ゴロゴロと甘える。

 すっかりなついたみたいだ。

 ノア、昨日は失礼なことを言ってゴメンな。

 なんて思いながら、顔を合わせる。

 すると――

 ノアの口には最後にとっておいたメインディッシュの厚焼きベーコンが。

「いやぁぁ!」

 先程の友情はどこへ?

「ねぇ、おいしい? おいしいよね!」

「ウキャキャン!」

 メッチャ嬉しそうじゃねぇか――この小動物が!

 そしてノアはお姫さんの方へと逃げていく。

 意図しない食事終了の合図。

 俺は慌ててマスクをかぶり直し、振り返ってみると、ノアがミルの後ろに隠れてヒョッコリと顔だけ出している。

 軽くバカにしたような顔で。

 ムキー!

 そのやりとりを見ていたお姫さんがポツリと漏らす。

「私も……やっぱりお友達に……」

「ん? 何だ?」

「お友達になって……欲しいな……」

「――あのさ」

「……何?」

「俺達、もう友達だろ? ミル」

「本当? 本当に本当?」

「あぁ、勿論さ!」

 この言葉に、まだ出会って三日目だが、これまで会ってきた中でで一番の笑顔を見せてくれた。

「エヘヘッ、私のお友達が二人になった。おじちゃんが、二人目のお友達――」

 偉いぞミル。よくぞ、もう一度勇気をだしてくれた。

 考えてみれば……初めて会った日と、そして昨日と泣かせてばかりだった。

 そんな俺と、よく「友達になりたい」と思ってくれたものだよ。

 だからこそ、俺も嬉しい。

「さぁ、みんなもう食べ終わったかな? みんなで『ごちそうさま』をしよう」

「うん」

「キャン」


 『ごちそうさまでしたー』


「また一緒に食べような」

 そう言うと、満面の笑みで、ミルはうなずいた。


 今まで独りで本当に寂しかったのだろう。

 そりゃそうだ。 

 立場は「王女」だが、まだ「少女」だ。

「ドS」だがな。

「姫」と呼ばないで欲しかったのは、好きとか嫌いという理由ではない。

 ただ、友達が欲しかった……

 昨日も言っていたっけ。

「独りぼっちはイヤだ」

 と――


「ノアと……ねぇ、おじちゃんの名前は?」

「名前か……前にも言っただろ。俺の名はビキニマン」

「ヘッ」

 鼻で笑った! 今、鼻で笑いやがった!

「やっぱりパンツのおじちゃんでいいや! ノアとパンツのおじちゃん!」 



 ――なにそのラインナップ……






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