第四話 二日目
「パンツのおじちゃん、ご飯だよ」
そう言って、昨日に続き地下牢まで食事を持ってきてくれるお姫さん。
待ってました!
――と言いたいところだったが、俺は思わず絶句した。
お姫さんのお腹が膨れている。
まさか……十歳なのに妊し……
いやいやいやいや、そんなことあるわけがない。落ち着け俺の脳細胞。
よく見ると、服の中で何かが動いている。
何かを隠して持ってきたようだ。
「お姫さん、服の中に何を入れてきた?」
「おじちゃん、このことは内緒だよ」
そう言うと同時に服をめくる。
「パンツのおじちゃんにごあいさつできるかな?」
服の中から出てきたのは、銀色の長い体毛に覆われた子犬のような動物だった。
「キャン」
「いい子でしょ。私のお友達で『ノア』っていうの」
お姫さんの笑顔とは裏腹に、俺は凍りついていた。
何故なら、この動物には見覚えがあったからだ。
「お前、コイツはノアーズウルフの子供じゃないか!」
「そうそう、アードベックと一緒に見つけた時にそんな名前言っていたの。だからノアって名前にしたんだよ」
一緒に……だと?
床に拳を叩きつけた。
「どうしたの? おじちゃん……なんだか怖い」
「いいか、お姫さん。ノアーズウルフってのはな、子供のときは大人しいかもしれないが、大人になるとお姫さんの何倍にも大きく育つんだ。そうなると人を襲いだし、下手をすれば喰い殺してしまうことだってある『危険な生き物』なんだぞ!」
お姫さんはキョトンとした目で俺を見ている。
「嘘……」
「嘘じゃない!」
思わず怒鳴ってしまう。
俺は完全に頭にきて、その怒りをブチ撒けた。
「それよりお姫さんよ、君の教育係って奴はどうかしている!」
「……え?」
「この生き物がどんなに危険かは大人なら誰だって知っている。それでもなお、こんな『危険な生き物』をお姫さんの傍にいさせるなんて『普通じゃない』――ハッキリ言って教育係失格だ! そいつはお姫さんの事を何も考えていない……いや、どうなってもいいとでも思っているんじゃないのか!」
すると――
「アードベックのこと、悪く言わないで!」
俺に言葉に、お姫さんが目を……いや、顔を真っ赤にして反論してきた。
瞳に涙を溜めながら、頬を膨らませて震えている。
「スマン、言い過ぎた。だがな、悪いことは言わないからノアーズウルフは手放しな」
「ヤダ! 絶対ヤダ!」
「わがままを言うんじゃない。お姫さんよ、君は王女だろ?」
「王女だから何? お友達を作っちゃいけないの?」
「そうは言っていない。只、王女として大勢の『人』に囲まれて過ごしている君が『人』ではないそいつと一緒にいるのはおかしいだろ」
「お城の人達なんて、私のことを『姫』や『王女』って呼ぶだけでお友達じゃない!」
お姫さんが今までで一番大きな声で叫んだ。
「おじちゃんの言うとおり、ノアは『人』じゃないよ。でも父様や母様はいつもいない……そんなとき時、ずっと私の傍にいてくれるたった一人の大事なお友達なんだもん」
「教育係がいるだろう?」
「アードベックはいつも私の傍にいてくれる……とてもいい人だよ。でも……お友達じゃない」
友達……か
「ノアのお父さんやお母さんは危ないかもしれないけど、ノアは違うもん! 絶対……ぜーったい人なんて食べないもん!」
「…………」
「ノアと、ズット一緒にいたいの……『手放せ』なんて言わないで……」
「……………………」
俺は黙ってお姫さんの言葉を聞いていた。
「もう……独りぼっちはイヤだよ……」
そう言うと、お姫さんは泣き出してしまった。
その姿をノアーズウルフの子供は心配そうに見ている。
コイツもお姫さんを友達と思っているのだろうか。
それにしても、また泣かせてしまったな。
いや、今回は違う。
少女が俺に本音を教えてくれたのだ。
すぐ傍で泣いている少女が。
「そうか……お姫さんよ、一つだけいいかい?」
「……何?」
瞳に涙を溜めながら顔を上げる少女に問いかけた。
「今の言葉、大人になってお姫さんから女王になっても……いや一生忘れないと俺に約束できるかい?」
「できる!」
「それじゃ、俺と指きりしようか」
「うん!」
鉄格子をはさんで、俺はお姫さんと指きりをした。
それにしても――
いくら驚いていたからといって、この俺が『普通じゃない』とか言ってしまうとは……これだけは言ってはいけない台詞だったな。
それに、『危険な生き物』だってよ。いくらここに来るときに追い回されていたからって。
アイツに聞かれたら、怒られてしまうな……
「おじちゃん、何か言った?」
「いや、何も……それより、ノアを触らせてくれないか?」
「うん。いいよ」
ノアの頭をなでる。
「ノア、ゴメンな。おじちゃん、お前さんにひどい事を言ってしまった。許してくれ」
「キャン」
「ノアが許してあげるだって」
お姫さんが笑う。
「そうか、ありがとな」
雰囲気が和やかになった時、突然お姫さんが両手をバタつかせ、深呼吸をし始める。
「どうした、急に?」
「あのね――私、指きりしたの初めてなの。少しだけドキドキしちゃった」
なかなか可愛いことを言う。
「約束は守らなくちゃ! ねぇ、おじちゃんは約束破ったことってある?」
約束……か。
「あるよ。昔、一度だけね」
「あー、いけないんだ」
「そうだな。でも、もう絶対に破らない。絶対に……」
「本当?」
「本当だとも! もし破ったら、その時はこのビキニを差し出そう」
「……そんなものいらない!」
傷付くわ……