最終話 翌日の朝日
結婚を誓い合った翌日――
発狂寸前の絶叫を繰り返す。
変わり果てた最愛の女性を抱きしめながら。
着ていた白いタキシードが、真紅に染まっていった。
――俺はこの日、街に出かけていた。
服屋に注文していた俺のタキシードと、ウェディングドレスがついに出来上がり、取りに行っていたのだ。
二人だけの結婚式をするために。
それなのに……
彼女の胸に――剣が突き刺さってやがる……
「なんでこんなことに……しっかりするんだ!」
彼女が意識を取り戻す――うつろな瞳をしたまま。
「いったい誰にやられた?」
「わからない……見たことのない三人組の……」
握り締めた左手には指輪がない。
「待ってろ! 今から医者の所に連れていってやるからな!」
「もう……無理よ……」
「そんなことはない! 黙っていろ!」
まず、この剣をどうにかしないと……
剣だけを喰うのは難しい。
仕方なく、胸に突き刺さっていた剣を抜き取った。
「ウグッ!」
彼女が痛々しいうめき声をあげる。
――同時に傷口からおびただしい血が流れだした。
俺は慌ててタキシードの上着を脱いで彼女に巻きつけたが、出血は一向に止まらない。
応急処置にすらならない状態だったが、それでも俺は彼女を背負い、急いで山を下りることにした。
ふもとの街に着けば、医者がいる。
そして助けてもらえる。
もう一刻の猶予も許されない。
俺は力の限り走り続けた。
だが――
街に着くと、住人達の様子がおかしい。
俺を見る目が冷たい。
さっきもこの街に来たが、こんなことはなかったのに。
血だらけの服を着ているから、みんな驚いているのか?
なら、なおさら声をかけてくれるはず。
怪我人だと思って「大丈夫か」と、一言でも話しかけてくれるはずだ。
どうして……
そう思っていたが、答えは街の住人が教えてくれた。
「コイツ、悪魔なんか背負っているぞ!」
冷たい視線は俺のではない。彼女に向けられていた。
だが、俺には理解できない。
何を言っているんだコイツは?
今は種族なんかどうでもいいだろ!
こんな大怪我をしているんだ。誰でもいいから手を貸してくれ。
そう思い、俺は叫んだ。
「頼む! 助けてくれ!」
――と。
しかし――甘かった。
「話しかけんな!」
「近寄るんじゃねぇよ、悪魔が!」
住人は助けてくれるどころか、一歩も近付くこともなく、その場で罵声を浴びせてくる。
石を投げてくる奴までいた。
もういい!
俺は奴らを無視して走った。
医者がいるところまで。
ようやくたどり着き、医者に彼女を診せようとする。
「大至急診てくれ!」
だが、彼女の存在に気付くと、医者が怒鳴り出した。
「帰れ! 悪魔なんぞ診れるか!」
「お願いだ! 金ならいくらでも払う。だから……どうか救ってくれ!」
「例えアンタが大金を払おうが、もし悪魔を助けたと街中に知れ渡ってみろ。この街でどんなに病気が流行しようが、私に診てもらおうと思う者はいなくなり、結果的に医者としてこの街にはいられなくなってしまうだろう。医者も客商売なんでな。ヤブ医者と呼ばれるほうが、まだマシだ」
「そんな……」
「さぁ、とっとと帰ってくれ」
「見殺しにするのか? それでも医者か!」
「ほざけ! この疫病神が! そのまま死ね!」
これが……これが悪魔として生まれてしまった者が受け続けてきた差別なのか。
最愛の女性は、こんな苦しみを今までずっと味わってきていたのか……
姿が少しだけ違うだけなのに。
酷い……酷すぎる!
背中に感じられていた温かさが、どんどん失われていく。
声をかけても応答もない。
もう、どうしようもなくなってきた……
途方に暮れながら歩いていると、古い教会が目に入り、吸い込まれるように、中に入っていった。
今の俺には神にすがる他、方法がない。
「神様お願いです……彼女を助けてください!」
神の像に土下座を繰り返す。
そんな時、横たわっていた彼女が目を覚ました。
「気が付いたか! もう少しの辛抱だ!」
「もう……もういいよ」
「もういいってなんだよ……諦めるな!」
「やっぱり、姿が人と違うと、それだけで罪みたいだね」
「そんなことはない! 俺はそう思っていない!」
彼女が弱々しくも真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。
「それよりもさ……あの時の言葉……まだ続いている?」
「あの時って……」
「ズット……一緒にって……言ってくれたよね」
「あぁ、勿論だとも!」
「私が生まれ変わっても?」
「何をバカなこと言っているんだ。すぐ助けてやるからな」
頼む! 頼むからそんなこと……言わないでくれ……
「お前は俺と……俺と夫婦になって、これからずっと一緒にいるんだよ!」
叫ぶ俺の手を静かに握る。
「ありがとう……私、本当に嬉しかったよ……できれば、今度は人間に生まれたいな……」
「……………………」
そして彼女の時が止まった。
最期の笑顔と共に。
血だらけになったタキシードを再び着る。
そして、彼女にウェディングドレスを着せた。
「今から二人だけの結婚式をしよう。二人だけの教会で」
「『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、貧しきときも――これを愛し、これを敬い、これを慰め、
これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか……誓います』――次はお前の番だぞ……」
返事をしない彼女と誓いの口づけをした。
最初で、そして最期の口づけを。
受け入れなければならない現実に、俺は自分自身に怒り狂った。
何が一生守るだ……
何が幸せにするだ!
俺は嘘つきだ。
裏切り者だ!
俺にはお前が人間に憧れるかわからない。
お前を殺した人間を。
姿形が違うだけで差別を受けるのであれば――罪となるならば、俺は人間の姿などいらん!
異形の者として殺されたお前と一生を共にし、必ず復讐すると誓う!
必ずだ!
この時から、俺は名前を、姿を、そして「人」を捨てた。
そして、ビキニマンが誕生した。
――もうあれからどれだけ時が過ぎたのだろう……
いや、そんなことは、もうどうでもよくなった。
俺は、初めて「人」を喰った。
これで俺も、ようやく完全に「人」を捨てることができたよ。
彼女は人ではなかった。
生まれた瞬間から差別が待っていた。
そして人に殺されても、それでも最期まで人に憧れていた。
普通の女の子になりたがっていた。
俺にはその気持ちがわからず、自らの人生を捨て、復讐することを支えに生きてきた。
だが、何故彼女は自分を殺した存在に憧れていたのか、その答えをミルが教えてくれたのかもしれない。
あの時、ミルのような人があの街に一人でもいてくれていたら、ビキニマンという名の変態はここにはいなかった。
「寒くなってきたね……一緒に帰ろう」
彼女の声が聞こえたような気がした。
……今日まで楽しかった。
こんなに楽しかったのは彼女を愛し、共に過ごしていたあの頃以来だった。
ミル――ありがとう……
朝日が昇る頃
「王女が目を覚ましました!」
城に常勤している医師が王に告げた。
ビキニマンと別れ、時を置かずに地下牢を飛び出し王女を抱きかかえながら直接王の間まで向かった。
意識のない王女を。
只、眠っているようにも見える。
今の王女を見て、親である王や王妃はどのような反応を示すか、確かめたかったのだ。
もしも興味すら示さなかったとすれば……その時は……
だが、王は自分達の娘に意識がないことを悟ると、慌てて傍に寄り添った。
「ミル! どうしたというのだ? ――アードベック、投獄されたお主が何故ここに……いや、それより何故このようなことになったのだ!」
「わかりませんか? 大切なものを失った悲しみが」
「――何を言っているのだ……」
「今は話をしている時ではありません。大至急医師に診察してもらいます!」
それから、片時も王女の傍から離れることはなく看病し続けた。
そして、意識を失ってから十時間余りが過ぎた頃、王女は目を覚ました。
娘の無事な姿に、王も王妃も、涙を流して喜んでいる。
「心配したぞ。このまま目を開けなければ私達はどうなっていたか」
だが、両親の言葉に反応を示さない娘。
状況が全く飲み込めていなかったからだ。
「アードベックもすまなかった。一晩中、必死にこの子を看病してくれて。――これからも、教育係を頼めるか?」
「……喜んで」
意識を取り戻した王女が囁く。
「私、どうしたの? あのね、何があったのかわからないの……」
「覚えて……いない? 王女、何も覚えていないのですか?」
「そうじゃないの。父様や母様、アードベックのことはわかるよ。でも、ね……」
「でも――なんです?」
「昨日……いや、この数日間のことだけが、何故かよく覚えていないの。まるで何日も眠り続けていたような……ズット夢を見ていたような気がするの」
「夢……ですか」
「でも……その夢、スッゴク楽しかったな……夢の中で、子犬と変なおじちゃんがいて、私と一緒に遊んでくれた」
「――その方達のこと、覚えていますか?」
「ううん、覚えていない。でも、二人共おもしろい格好をしていたような気がする。そして、私はその二人が大好きだったの」
「――そうですか――」
「でも、どうしても思い出せないの――夢の中で大切な何かを約束した――大切な何かを……」
「ミル王女……どうか、今のお気持ちをいつまでも持ち続けていて下さいね」
「うん。わかったよ――約束するね! アードベック」
人は心に傷を負わないまま一生を過ごすことはない。
その傷が成長させてもくれる。
だが、大きくて深い傷は人生を切り刻んでしまう諸刃の剣
そして、剣は突き刺さってしまうと、もう抜くことはできない。
だが、ビキニマンはその剣を抜くことが出来るこの世で唯一の方だったのですね。
そして、貴方は王女の傷付いた心を元に戻してくれました。
――ですが、感謝はしませんよ。
ミル王女を置いて、そして王女に忘れらてたまま、黙って去ってしまったのですから。
貴方と過ごした時間をも、抜き取ってしまったのですから。
王女がノアのことを思い出してしまわないために。
再び傷が開かないために。
ですから、私も貴方の名は生涯口に出しません。
だけど――貴方はたったの七日間で王女の心に刻まれたのです。
たとえ、記憶がなくなっても。
……できる事なら、あの頃のままでいたかった。
そして、ビキニマン……
一度でもいい。
貴方と……お酒を飲み交わしたかった。
「変態」の意味は「異常な、普通と違うこと」を指します。勿論ビキニ一枚で街を歩けば罪になると思いますが、社会の中で「普通」ではないことだけで、時には「罪」になる場面をこれまで目にしてきました。
ですが、私はそうは思わない。そして、己の生き方に自信を持っている人になりたい。その意思を込めて書いたつもりです。
この物語は以上で終わりです。
余談ですが、現在別の物語も書いておりまして、その物語にも「別人」ではありますが「見た目と名前と性格」が同一の人物が今後登場する予定です。
そちらの方も読んで頂ければ幸いと存じます。
その際には、よろしければ感想・評価を頂ければとても嬉しいです。
読んで下さった方も、今目を通して下さっている方も、本当にありがとうございました!




