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第十話 七日目①

 


 ミルとノア、そして俺――この地下牢の中、みんなで仲良く夕食をとる。

 もう長い間こうしているかのような雰囲気だ。

  たった七日間なのに、もう何ヶ月も同じ時間を過ごしてきていたかと錯覚する。

 それほど、ミルと過ごす時間は俺にとって大切な時なのかもしれない 


「ねぇ、おじちゃん。明日、勇者さまがまた旅に出るんだって」

「……………………」

 その会話には無言で押し通す。

 また下手な事を言って命の危険にさらされては敵わないからな。

 それを察したミル。

「メ●……」

 ドキッ!

「いやー、残念だね! 呪文見たかったなー」

「だよねー……少しは反省しようね」

「……ハイ」

 ――俺がおもらしをする日も、そう遠くはないだろう。

 何はともあれ、話題が尽きることはない。

 それはとてもいいことだと思う。

 ……いいことだよね?

 そして――いつも通りの会話をしていたら、突然ノアが吠えだした。

「ノア、どうしたの?」

 ミルが驚いている。

 恐らくミルも、こんなに興奮して吠えている――いや、何かを威嚇するノアを見るのは初めてなのだろう。

 その時――

「ここが地下牢か」

 そう言って入ってきたのは、男二人に女が一人の三人組。

「勇者さま。どうしてここへ?」

 ミルが驚いている。

 勇者さま? コイツらが?

 思わず吹き出しそうになる。

 なんてベタな格好だ。

 一方の大柄の男は黒い甲冑を全身にまとい、手には鋼鉄製のこん棒を持っている。戦士ってヤツか。

 女はまるで修道院のシスターのような格好をしている。僧侶ね。

 そして、二人の間にいる小柄な男。

 これぞ勇者と言わんばかりに身につけている金の冠と深紅のマント。そして腰に剣。

 似合わねえ!

「王女様こそ何故このような場所へ? 我々はどんな凶悪犯がこの城に収容されているか興味がありましてね。犯罪者を知ることも世界平和のために戦う者の務めなのですよ」

 それはまたご立派ですこと。

 ハッキリ言って胡散臭いがな。 

 勇者が俺に気付く。

 俺を見るなり「なんだコイツ。おかしな格好しやがって」と言ってきた。

 お前らにだけは言われたくない。

「本当だ。頭がおかしいんじゃないのか? 変人……いや、変態だな!」

 あらら、戦士が喧嘩を売ってきたよ。

「変人? 変態? だから何?」

「生意気な奴だ! 殺してしまおうぜ」

 戦士の台詞に驚くミルが間に入って俺を庇う。

「待って! この人は私の大切なお友達なの」

「はぁ? 牢屋に入れられている変態とお友達? 王女様はおかしなことを言う人だ――ん?」

 戦士がミルの隣にいたノアに気付いた。 

「オイみんな。コイツを見ろよ。他にも変な生き物がいるぞ」

「ノアーズウルフじゃないのよ!」

 僧侶が気付きやがった。

 ヤバイ!

 恐れていたことが起こってしまった。

 予想通り、勇者が笑い出す。

「これはいい。手柄がまた一つ増えたぞ!」

 そう言うと、勇者がノアの首を掴みあげる。

「何をするの? やめてよ! 勇者さまが……どうしてこんなことをするのよ!」

 憧れていた勇者の予想外の行為に戸惑いながらも、目の前で起こっている現実にミルは必死に抵抗する。

 だが――

「いけませんねー王女。コイツは化け物ですよ。化け物は退治しないとね――それが勇者の役目ですから」

「退治……?」

 ミルが呆然とする。それを見て俺は叫んだ。

「おい、やめろ! はなしてやれ!」

 俺の声が気に入らない戦士が勇者に告げる。

「うるさい奴だ。やはりコイツを殺そうぜ」

「放っておけ。今はノアーズウルフだ。行くぞ!」

 そして勇者は地下牢から出て行った。

 ノアを連れて。

 やめてと何度も連呼し、後を追いかけるミルを気にも留めずに。

「それじゃ変態さん。バイバーイ」

 最後尾にいた僧侶が手を振って去っていく。

「――――!」

 手には指輪が見えた。

 その指輪は……

 まさか……



 数時間後



 あれからどうなっただろう……

 ミルとノアのことが気がかりだ。

 ――扉の開く音が聞こえた。

 すぐさま地下牢の入り口に目をやるとアードベックが後ろに警備兵を連れて来た。

 こんな夜中に?

 新しい罪人でも来たのか。

「入れ」

  だが、警備兵にそう言われ、牢屋に投獄された新しい罪人はアードベック自身だった。

 それによく見ると、顔に殴られた痕がある。 

「どうしたんだ! 何故ミルの教育係であるアンタが牢屋に入れられるんだ! それに、その顔はいったい……」

 事情を聴くと、突如アードベックが土下座をする。

「申し訳ありません!」

「何故謝る? ……何があったんだ。ミルとノアはどうした!」

「…………」

「黙っていちゃわからないだろ!」

「ノアは、ミル王女の目の前で……殺されました」

「な……何を言っているんだ。冗談はやめろよ」

「本当に、本当に申し訳ありません!」

「申し訳ありませんじゃないだろ! 何故――そんなことになってしまったんだよ!」 

「勇者御一行がノアを見つけ出し、王の御前へと連れてきたのです。そして『ミル王女を襲おうとした化け物です』と王に告げ、殺してしまったのです」

「そんな――アードベック……アンタが傍についていながら、どうして守ってやらなかったんだよ! アンタはミルを守るんじゃなかったのか!」

「私だって、守りたかったさ!」

 アードベックが初めて吼えた。

「何も知らない王はノアを見るなり大変驚かれ、勇者の言う事を信じてしまったのです。それに、あの勇者はかなり高名ですから疑う余地すらなかったのでしょう。止めようとした私も勇者には力及ばずこの有様です。そして、ノアを庇い、勇者に反抗したことが反逆罪となり、ここにいるのです」

「そうだったのか……怒鳴って悪かった」

「いいえ、私のことは気にしないで下さい。それよりもミル王女が心配です――ノアを……目の前で殺されたのですから」 

 そうだ。喧嘩をしている場合ではなかった。

 ミルは大丈夫なのか……


 その時、地下牢に誰かが入ってきた。

「ミルなのか?」

 地下牢に来たのは確かにミルだった。

 真っ赤に染まって動かなくなったノアを抱いて……

「ミル……」

 なんて声をかければいいのだ。

 名前を呼ぶ以外、何もできない……

 だが、俺の声に何も反応せず、真っ直ぐアードベックがいる牢屋まで歩み寄る。

 そして――

「アードベック、ノアをなおして」

「ミル王女、ノアは……もう」

「あのね、勇者さまがノアを剣で刺したの。そしたらね、ノアが動かなくなって……父様も母様も勇者さまに『君は真の勇者、いや、英雄だ』と喜んでいるの。みんな……みんな笑ってた……でね、勇者さまが私に言ったの。『新しいおもちゃをパパに買ってもらいなさい』って。でもね、私はノアがいい。『直して』」

「何て事を……ノアは王女の大切なお友達ではありませんか! 物ではないのですよ!」

「物じゃない――そうか、大事なお友達が壊れれば、みんなあんなに喜ぶんだ。じゃあ、みんな壊れればいい」

「王女! そんなこと言っては……思ってはいけません! お気を強く持って――」

「アードベック、それ以上言うな!」

「しかし!」

「もう……遅い」

「え?」

「わからないのか? お前さんの声は、もうミルの耳には届いていない」


 ミルの瞳を見て、すぐにわかった。

 既に……心が壊されている。



 大切なのは過去か……

 それとも今か?

 俺に委ねてくれないか?

 未来は……自分で決めるんだぞ。

 それでいいか? ……ミル。


 

「アードベック、今から俺がいいと言うまで、こちらを見ないでくれ」

「見ないでくれ? いったい何を――」

「見ないでくれ」

「……わかりました。貴方におまかせします」 


「ミル、こっちにおいで」

 ウツロな瞳をしながら、近付いてくれた。

 俺は鉄格子を挟んで、ミルを抱きしめる。

 そのまま掌でミルの両目を覆い隠す。

 そして、ミルの額に口付けをした


 ――――数秒の静寂


「アードベック、もういいぞ」

 既に牢屋から出ている俺を見て驚いている。

「そんな……牢屋の鉄格子が無くなっている」

 静かに――眠っているように瞳を閉じているミルを抱きかかえながら、壁に掛けてあった牢屋の鍵でアードベックを開放し、ミルを委ねる。

「ビキニマン……一体何を?」

「スマンな、アードベック。それだけは例えアンタにでも言えない」

「そうですか……では、私もこれ以上聞かないことにします」

「ありがとう……ミルのこと、頼んだぞ」

 俺は、地下牢の出入り口に向かう。 


「ビキニマン――」


 その場から立ち去ろうとすると、アードベックが俺を呼び止めた。

「貴方、お酒はいける口ですか?」

「突然何を……」

「ザ・マッカランの五十年物があるのですが」

「随分高いウィスキーだな」

「えぇ、私の宝物です。今度一緒に飲みましょう」

「……ああ」

「絶対……ですよ」

「わかった……じゃあな」


「『じゃあな』ですか――『またな』では、ないのですね……」




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