カップ。
大型ショッピングモールというのは地方の特権と言っていいだろう。
リゾート感溢れる雰囲気なのに、入っているお店は気軽に入れるチェーン店が多く、シネコンまで入っていてだだっ広い。
本来なら手軽に自らのステータスが上昇したと錯覚できる夢の複合施設だが、引きこもり明けのリハビリとしては少しヘビーだ。
更にそんな状態の僕は今ランジェリーショップの店内にいる。
とっととさくらの下着一式を揃えて出ようと思ったのだが……知らなかった。
というか、知ることになるとは思わなかった。
ブラジャーとはこんなに色々あるものなのか。
フルカップ、1/2カップ、3/4カップ……これはお米の計量カップ的なことでいいんだろうか?
じゃあ、さくらは間違いなくぶっちぎりでフルだろう。
しかし平日の昼間とは言え、町で唯一のオサレ施設だけあって結構な客入りで、さっきから不審者というか迷惑そうな視線がぐさぐさ刺さる。
出せる穴すべてから変な汗が滲み出る。
「さ、さくら、サイズとか……わからないよな」
僕の隣で小首を傾げるさくら。
「脱ぎますか?」
「い、いや、脱ぐな。えーと……こ、こうか」
ポロシャツの上からさくらの胸にブラジャーを当ててみる。
なるほど……何にもわからないし、何かものすごく変態みたいだ。何してんだ僕。
「あの、何かお困りですか?」
後ろからかけられた声に慌てて振り返ると、きれいなお姉さんが微笑んで立っていた。
内心「この変態小僧が」とか思われてはいないかとびくびくしてしまう。
お姉さんの笑顔を真正面から受け止められない僕は視線をずらすと、
そこにあった下着姿のマネキンの足首に向かって震える唇で言葉を吐き出す。
「あ、あ、あの、この、子に合うブ、ブブブブ……」
「かしこまりました。ではサイズをお測りしますね」
さすがプロだ。ブと言っただけでラジャーと返ってくる。
お姉さんがさくらを連れて店の奥へと入っていくので僕もその後を付いていく。
そういえば、メガネやの店員は皆メガネをかけてるし、帽子屋の店員も然りだ。
じゃあ、ランジェリーショップの店員であるこのお姉さんもそういうことなんだろうか。
そんなことを一旦考えてしまうと、お姉さんの背中を見ているだけで邪な気持ちが湧いてくる。
「あの……」
お姉さんが何か困った顔で僕の方を振り返る。
さくらが何か間違ったことをしているのだろうか。
女性下着ビギナーである僕はもう気が気でない。
「き、気になるところがあれば何でも言ってやってください!」
「いえ、あの、サイズを測りますので」
「ええ、よろしくお願いします」
「そのバストのサイズを測りますので」
「はい、わかりました」
「あの……おっぱいのサイズを測りますので」
お姉さんが声を落として言ったその台詞で、ようやく自分が今いるのがフィッティングルームだと気付く。
完全に頭が回っていない。
結局、店のお姉さんに丸投げする形で、今日一番の目的で最大の難所でもあった下着購入を終えることができた。
これだけでどっと疲れたのでどこか店に入って休憩したいが、
朝食の光景を思うとさくらを連れての外食には不安がある。
ひとまず建物の外に出る。
足元にきれいに敷き詰められたレンガと、南国チックな樹木が無難な異国感を演出している。
「さくら、今から昼飯買ってくるから、ここでちょっと待っててくれ」
「はい!」
そう返事して、また蛙のようにぺたんとその場で地面に両手をついてしゃがみこむさくら。
「おい、待て」
「もうやってます」
「ああ、いや、そうじゃなくて」
僕は、さくらの腕を取って立ち上がらせる。周囲の視線が痛い。
「さくら、人間は地面に両手をついて『待て』はしないんだ」
「じゃあ、どうすれば……」
「立ったままだ」
さくらが、ああ! と合点がいったようで笑顔になる。
「ちんちんですね! ちんちんだったら――」
元気よく喋るさくらの口を慌てて押さえたので、あとの言葉はふがふがとなる。
「さくら、ちんちんは外では言うな。わかった?」
耳元で小声で忠告すると、口をふさがれた状態でさくらがこくこくと頷く。