ブレックファースト。
リビングのテーブルに朝食を並べる。
焼き魚にインスタント味噌汁、目玉焼きに納豆。
自分ひとりのときはどうでもよかった食生活もさくらが今の姿になってからは大きく改善された。
「さくら、ごはん」
ソファに座っているさくらに声をかけるもその声は届いていない様子で、 さくらは食い入るようにして朝のニュース番組を見ている。
どうもテレビが気に入ったらしく、放っておいたらドラマだろうがアニメだろうが一日中口をぽかんと開けて見ている。
その様はまるっきり子供だ。
「さくら!」
叱るような声で呼んでも、三角の耳の先をぴこりと少し動かしただけで見向きもしない。
見ていた画面が真っ暗になったところでようやくこちらを振り向く。
「あれ? ご主人、テレビが真っ暗になりました」
「僕が消したの」
「何でですか?」
「ごはんが出来たから」
「はぁ、なるほど。それならそうと早く言ってくだされば」
こいつ……。
テーブルを挟んだ向かいでは、さくらが納豆の糸を巻き取ることなく口から伸ばしっぱなしにしている。
その光景に艶めかしさを感じてしまうのは僕が思春期だからですか?
さくらには僕のTシャツを着せているが、発育の良い部分が攻撃的なまでにアピールしてきて目に毒だ。
気になって何を食べているのかわからない。
こんなオカズはいらない。
「おかわり!」
無防備に揺れる胸から慌てて目を背けて、さくらから茶碗を受け取る。
「お前よく食うな」
「はい! ものすごくおいしいですから!」
「カリカリはうまくないのか?」
犬の時分にいつもあげてた乾燥タイプのドッグフードを引き合いに出すと、さくらがやっと使い慣れてきたスプーンを胸の前で構えたまま、はっきりとした眉をうーんと寄せる。
「おいしくないことはないのですが、さすがにこの家に来て毎日毎日毎日毎日あれだとさすがにもう何て言いますか食事というより……エサ?」
まぁ、エサなんだけどな。
「食事だけは不規則ながらも野良の時分の方がおいしかったです。いや、もちろんご主人が作ってくれるこのご飯の方がおいしいですよ? その白いのと黄色いのとか最高です」
「目玉焼きな」
「そうそう目玉焼き!」
僕の皿の上の目玉焼きを見ながら嬉しそうに口の中で「目玉焼き目玉焼き……」と確かめるように呟く。
ちなみに自分の分は食事開始直後に食べてしまって、すでに皿の上に残っていない。
「僕のもやろうか?」
「い、いえいえ! そんな! とんでもない! ご主人の食べ物を欲しがるなんてそんな身の程をわきまえないほどさくらばばぼ……」
「やるから。よだれ拭け」
おあずけを食らった犬のように(まんまそうなんだけど)、口からよだれをだばだばとこぼすさくらにティッシュをボックスごと渡す。
「一応訊くんだけどさ、お前って体の構造も人間なんだよな?」
「はあ、おほらく」
ティッシュを目一杯口の中に詰め込んださくらが返事する。
「じゃあ、食い物も人間ので大丈夫なんだよな?」
しばらく考えた様子だったさくらが、よだれを存分に吸い込んだティッシュを口から取り出し、納豆とは違う透明の糸の引いたそれをテーブルの端に置く。
なに、あのやらしいティッシュ……。
「と言うよりもですね、さくらは人間になりたいのですよ」
「もう人間だろ」
「いえいえ、もっともっとです。もっともっと人間になってご主人に恩返しがしたいのですよ」
「いいよ、恩返しなんて」
「いえ、さくらはその為に人間の姿にしてもらった目玉焼きですから」
「は?」
「あ、いえ、えと、何の話してましたっけ? まだですか?」
ん?
「そのですからさくらはご主人の為に、その目玉焼きはいつさくらの元へ来るのかと人間になったので」
「あ、悪い」
ようやくさくらの視線が僕に向いていないことに気付き、目玉焼きの載った皿を近付けると、顔を突っ込む勢いで黄身に唇を付け、じゅるるると中身を啜る。
啜りながら、今度は視線だけで僕の様子を窺う。じゅる。じゅるるる。
ああ……もう。思春期のバカ。
これまで引きこもれるだけ引きこもってきたが、さくらがこうなってしまった今、僕の理性がどうにかなってしまう前にさくらの服をどうにかしないといけない。
「さくら、メシ食ったら買い物行こうか?」
口の周りに黄身をべったり付けて首を傾げるさくら。
「ああ、まぁ散歩の延長みたいなもんだ」
「それは素晴らしいです! ぜひ行きましょう!」
満面の笑みでそう答えると、犬は残りの白身の部分をちみちみと食べ始めた。
食事を終えて洗いものを片付けるも、さくらの分の食器は舐め取られてすでにピカピカだったりする。
ここら辺の躾もおいおいしていかないといけないなとため息を吐く。