ウサキクロエ。
眠る前、久しぶりに顔を合わせたせいか、僕は初めて卯咲さんと出会った日のことを思い出していた。
卯咲さんのお母さんはフランスのモデルで、卯咲さんが小四のときに今のお父さんと再婚して日本にやってきた。
卯咲さんの下の名前の「黒枝」は単に漢字を当てただけで、「Chloe」が正解。
当時、その陶器のような白い肌と碧い眼をした女の子のことは、本人を交えないところで学校中の噂になった。
僕の通っていた小学校では、お金持ちの女の子が着てくる服というのは基本メゾピアノかシャーリーと相場が決まっていたがが、卯咲さんの着てくる服は小学生には聞いたことのないようなブランドもので、当時はまだ日本語もおぼつかない様子だった卯咲さんに話しかける子供は誰もいなかった。、
僕自身もそれに漏れず、きれいな「ガイコクジン」の女の子をただ遠巻きに眺めるだけの男子のひとりだった。
そんなある日、母さんとセイ〇ーの子供服売り場に行くと困った様子でハンガーにかかったスカートを手に取って見比べる卯咲さんの姿があった。
僕がクラスメイトの女の子だと説明すると、母さんはそのままつかつかの卯咲さんの元へ歩いていき、抱きしめた。
卯咲さんが驚きのあまり叫び声をあげなかったのは幸いだった。
自分の母親には少々洋ロリの気質があったことを僕はのちに知る。
卯咲さんはクラスメイトの僕の顔を覚えていたらしく、母さんが無意味に片言の日本語で事情を訊くと若干訛りながらも、クラスの子が着ているような普段着を買いにきたのだという。
実際耳にしてみれば卯咲さんの日本語は会話する分にはなんの支障もないぐらいに流暢で、こちらの話す言葉もちゃんと理解していた。
単に長く話す機会がなかったので、まわりが勝手に日本語が不自由だと思い込んでいただけだったのだ。
それから母さんがその場で卯咲さんの服を何着か見立て、続いてし○むらにも連れて行くころになると卯咲さんも緊張がほぐれた様子で、日本の生活や向こうでの生活のことを自分から喋るようになった。
しかし、僕はその段階でまだ一言も卯咲さんとは喋っていなかった。
「ニポンゴ、変?」
急にそう振られた僕は驚き、言葉に詰まった。
いくら言葉が通じるとわかったところで、金髪の女の子に話しかけられるというのはものすごく特別なことのように思えて、その碧い瞳に口をただパクパクさせた。
ただその瞳が地面に向かって寂しく落ちたことで、今度は違う意味でパクパクすると、ようやく「ぜ、全然ジャなヨ」と全然変な日本語が出てきた。
そして卯咲さんの笑顔はじけた。
それはもう散るようにはじけた。
早い話、爆笑された。
ただ結果的にそれがお互いの距離を一気に縮め、それからは溜まっていたものを吐き出すようにたくさんおしゃべりをした。
それから卯咲さんはうちにちょくちょく遊びに来るようになった。
庶民のおやつ、フルーチェを卯咲さんに食べさせたのもうちの母さんだった。
フルーチェはフランス語だと思っていた母さんは、卯咲さんがフルーチェを知らないことに大層驚いていた。
もちろん卯咲さんとは学校でも話すようになり、
僕たちの会話を聞いた他の生徒は自然とその誤解を解き、
そして、卯咲さんの後ろの目に見えない巨大な力に脅えるように担任の先生が
「卯咲さんは庶民です」
としつこくクラスに浸透させた甲斐もあって、卯咲さんの学校生活は明るいものとなった。
今となっては現国も僕よりも成績が良く、声だけ聞いていれば日本人と何ら変わりはない。
そんな卯咲さんの唯一残ったコンプレックスは「お金持ち」だった。
未だ僕にもそれを隠そうとする。というか、隠しているつもりらしいので、僕もあえてそこはツッコまずにいる。
卯咲とこうして今も仲良くいれているのは母さんのおかげだ。
もしあの日、セイ〇ーで母さんが卯咲さんに声をかけていなければ、僕は今もずっと遠巻きに眺めているだけだっただろう。




