7. 食べ物パワーは偉大
翌朝フェンリルが目覚めると、既に頸から紺くんの気配は消えていた。
うなじのぬくもりはすっかり冷め切っているが、代わりに洞窟の入り口から差し込んでくる柔らかな陽光がフェンリルの下半身をポカポカと暖めていた。
「あっ!おはようございます!」
フェンリルの起床に気がついた紺くんがにこやかに挨拶してくる。
その右手には大きな肉が。
確かに洞窟内に、肉の焼けるいい匂いが充満している。
紺くんが焼いたのだろうか。
成長期なんだなあ、と思うと同時にフェンリルの腹もぐうと鳴る。
成長期でなくとも腹は空くか。
「……ん、おはよ」
フェンリルは鼻をフンフン動かしながら、ペロリと舌なめずりした。
しかし空腹感はあれど、目はまだ半分くらい閉じたままだ。
フェンリルは朝に弱かった。
(前世を思い出す前はそんなことなかった筈なんだけどな……こんな弊害があるとは)
うーんと身体を伸ばしながらフェンリルは考える。
むしろイヌ科らしく、朝には強いはずだったのに。
これじゃ母さんに「1限に遅れるよ!」と叩き起こされていた前世と変わらない。
(やれやれ……他にもステータスとかで数値下がってるとこありそうだよなあ。やだなあ)
フェンリルがでかい図体をしょぼつかせていると、目の前に美味しそうに焼かれた肉が、どどんと置かれた。
「昨日の残りですが、焼いてみました。あと味付けも少し……。気に入ってもらえるといいのですが」
肉を置いた紺くんがにこにこと照れくさそうに笑っている。
「え……天才か?」
フェンリルは紺くんに聞こえないくらいの小声で呟くと、人型になり、肉の前に座った。
ちなみに服は風魔法できちんと乾かした後、しっかり着たので、今は全裸ではない。
ただし飾りの紐やベルトの大半はフェンリルによりもぎ取られたあとである。
紺くんの出してくれた肉には、ハーブでいいのだろうか?いい香りのするきれいな青々とした数種類の葉っぱがちぎってふりかけてあった。
肉の見た目だけは、どこかの高級レストランに出てきそうだ。
「これ、身体に良い薬草です。味も肉と合うものを幾つか選んで取ってきました」
「取ってきた?」
フェンリルが紺くんの方を向くと、紺くんは「はい!」と笑った。
「この洞窟の側に沢山生えてて助かりました!」
どうやらこの子は朝洞窟から降りて、薬草を摘んできたみたいだ。
(ここ結構高いとこにあるんだけどな……命綱もつけずに?)
「そう、ありがとう。でも降りる時気をつけなよ」
なんの気なしにフェンリルが言うと、紺くんが目を大きく見開いた。小動物だったら、耳がピンと上に立っていそうな反応だ。
「はい!でもフェンリル様に美味しくお肉を食べて欲しかったので!」
ピピピ〜と照れながら背筋を伸ばしている純粋無垢な少年を見て、フェンリルは思わず気まずくなった。
昨日、なんの事情も知らないまま、この優しい少年を殺そうとまで思っていた自分がとんでもなく恥ずかしかった。
「ん」
フェンリルは言うべき言葉が見つからず、目の前の肉をパクリと頬張った。
「……美味しい!」
その肉はフェンリルの、生じゃなくなればいいという精神で焼かれた肉の数倍柔らかく、じゅわりと肉汁が染み出してきた。
そして上に振り掛けられた薬草が、これまたハーブのような、肉と合う爽やかな風味で、肉を食べるフェンリルの手が止まらない。
同時に前世でよく愛用していた塩胡椒や醤油などの調味料の存在を思い出し、懐かしくなる。
そして一度前世の食事に思いを馳せてしまうと、肉以外の魚介類や、米に麺類など、様々な美味しいものが食べたくなってきた。
(俺はよく生肉だけで数百年も生活できたな!?)
フェンリルは街に着いたら食材に調味料等々を大量に買い込もうと決意した。
いつか港町の方に行って新鮮な魚を買うのもいいかもしれない。
ふと脳内に、フェンリル同じく神獣であり、海に住んでいる、にゅるりと長い魔獣の顔がぼんやりよぎる。
小説によれば、確かあの神獣は港町の近くに住んでいたはずである。
(そうだ、最寄りの街の次は、アイツの住む場所に行ってみようか……)
フェンリルはペロリと舌舐めずりをした。
(そして海の美味しいものを食べまくる!)
食への追求は、いつの時代も人……狼か。を外へと駆り立てるものなのである。




