6. 思い出よ永遠に
フェンリルはフゥと深く息を吐いて過去に想いを馳せた。
なんてことはない。
フェンリルは女神エルサのことが好きだったのだ。
大好きで、主人として慕っており、だからこそ魔王とも死ぬ気で闘った。
女神エルサを悲しませる奴が大嫌いだった。
だが、フェンリルの奮闘虚しく、過去の魔王戦は無様な幕切れとなる。
魔王を倒すことには成功したが――結果、女神エルサはその身を犠牲にし、フェンリルの目の前で塵となって消えてしまったのだ。
最期にみせた柔らかい笑みが数百年経った今でも忘れられない。
女神の命と引き換えに成し得た魔王討伐は、歴史に残る偉業となった。
だがフェンリルは心を壊してしまった。
他者と関わることを避け、他の神獣たちの慰めの言葉も拒絶し、ひとりで薄暗い洞窟の中に閉じ籠ることを選んだ。
自死は女神が悲しむと思い、考えなかった。
ただただ己の寿命が一刻も早く尽きることを願っていた。
そうすれば、敬愛する主人の元へ行けるだろうと……。
(……不思議なもんだな)
確かに、全て、この自分が。この身が体験し、感じてきたもののはずだった。
前世を思い出す少し前だって、多少凪いではいたが、女神エルサを想っていたはずだった。
しかし前世の意識が強い今、過去の自分の気持ちは一枚薄い膜を隔てた向こう側にあるように感じる。
なんなら過去の記憶さえうまく思い出せないような気さえする。
(……あれ?)
違和感を感じ、自分の過去を思い出そうとしてみたが、他の神獣達の顔ですらなんとなくしか思い出せず、モヤモヤした感情が募る。
見たらはっきりと思い出せそうだが、今はもがいても手が届かない感覚。
考えれば考えるほど、底なし沼に足を踏み入れているようだった。
頭はズキズキしてきたし、過去の出来事が、実際に体験したことなのか小説で得た知識なのかさえ曖昧に感じてきた。
(もしかしたら前世思い出したときに抜けちゃったのかも)
悩むのをやめて、フェンリルはため息をついた。
特に困ってはいない。必要最低限の魔法は使えることがわかっているし、消えたのは思い出したくないような過去ばかりだ。
自分の中の一種の防衛本能が働いたのかもしれない。
それとも……
フェンリルの記憶にある女神様が朗らかに笑った。
(あの優しいお方が、いつまでもウジウジしている俺の背中を押してくれたのかもしれない)
フェンリルはゆるゆると数回尻尾を振った。
せっかく得た前世の知識があるのだ。
そしてそれによれば、そう遠くない未来、新たな魔王が誕生する。
ならこの暗い穴から解き放ってもらえた俺は、再び女神様が守ったこの世界を精一杯守りたい。
一人の少年が理不尽な不幸に見舞われるのを阻止してあげたい。
そして今まで目を背けてきた、守ったあとの世界を見てまわりたい。
(やることがいっぱいだなー!)
ふっと満足げに笑うと、フェンリルは自分のうなじに感じる小さく温かい背中にそっと擦り寄った。
紺くんは既に夢の中で、自分の将来のことや、背負うはずだった運命のことなど、何も知らないまま、穏やかな顔で寝ている。
フェンリルの温かな毛皮に包まれ、その顔はにっこりと笑みを浮かべた。
(どんな夢を見ているんだか)
フェンリルは少し呆れ気味に笑う。
そして紺くんの頭に、そっと自分の鼻先を当てた。
(一緒に頑張ろうな)
女神エルサと魔王を封印したフェンリルのお話は、ひとまずおしまい。
これからは、前世に読んだ小説を思い出し、紺くんという少年と、ついでに世界を救おうとするフェンリルのお話の幕開けである。
フェンリルはにこりと口に笑みを浮かべると、自身もゆっくりと意識を手放した。
この回から、1回で投稿する文字の数を減らそうと思います。
少しでも読みやすくなれば幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




