52. 子供の成長は早い 2
「流石に疲れました」
「お疲れさん」
ククルトゥスともうしばらく戦ったあと、なんと紺くんは今度はリザリオの人形と戦い、セブンとククルトゥスがそれをフォローしながらアドバイスを出すという方法で訓練していた。
(中々の混戦具合で見てる分には飽きないし、俺としても学ぶことが多くて良かった)
ルルフェルはのそりと起き上がって、ヘロヘロで戻ってきた紺くんを出迎えた。
自らの湿った鼻先を、ちょんと紺くんの額につける。
「ヒール」
「わ……ありがとうございます!」
紺くんに沢山ついてしまった打撲痕が綺麗に消えていく。
ぺこぺこぺこー!と何度も激しく頭を下げる紺くんに、「いいよいいよ、てか逆によくそんな動ける体力残ってるね?」と少し引きながら回復魔法をかけていく。
「…………疲労にも、効く?」
ドサリとルルフェルの前に同じく疲労困憊のリザリオが倒れ込んできた。
「うーん、微妙だけど……紺くんをありがとうね。はい、ヒール」
倒れているリザリオにヒールをかける。
ヒールは魔力の回復には使えないが、身体に傷などがついていれば、綺麗さっぱり消えているはずだ。
ルルフェルが気がつくと、いつのまにか自分の前にヒール待ちの行列ができていた。
さっき戦っていないはずの、ブルーファントムの聖女とかも、ちゃっかり並んでいる。
「神獣様のヒールなんて貴重じゃない!!?」
彼女はフンスカ鼻息を荒くしており、ヒールなんて一切必要なさそうだが……
(まあいっか)
ルルフェルは全員にヒールをかけていった。
「俺、回復専門じゃないから、効果微妙でも文句言わないでね!」
ルルフェルは保険をかけたのだが、「ルルフェルさまのヒールは最高の一級品です!」と隣に立っている紺くんが頬を膨らませた。
ルルフェルの気のせいだろうか。
紺くんがヒールを受けた人を、何故か羨ましそうに見ていた気がして、並んでいた人たちを全員捌いたあと、紺くんに鼻先をむんずとつけ、追加でヒールをかけておいた。
紺くんはたちまち笑顔になって、くすぐったそうにしていたので、それを見たルルフェルは、ヒールには回復効果はあるが、かけすぎもよくないのかもしれないな、と思った。
(さーてと)
ククルトゥスたちやブルーファントムたちがそれぞれでまとまり始め、自分の周りにいるのが紺くんのみになったルルフェルはアイテムボックスから時計を取り出し、確認した。
現在午後8時半。
「紺くん、お疲れのとこ悪いんだけど、ちょーっとだけいいかい?15分だけでも」
「ん?はい、もちろんです!」
ルルフェルはアイテムボックスから、ずるりとココラスの本屋で購入した語学の教本を取り出した。
「今日はもう遅いから、ええと……」
鼻と爪で器用にペラペラとページを捲り、紺くんの前に出す。
「ここからここまでの簡単な文字を覚えてみようか。大丈夫、すぐに完璧に覚えてほしいわけじゃなくて、毎日ちょっとずつ刷り込んでいけば自ずと覚えられるからさ」
「…………」
紺くんは大きく見開いた目で、まじまじと、ルルフェルと地面の教本を交互に見た。
「ん?……あ、やっぱ今日疲れてるよね?!」
紺くんの思わぬ反応に、ルルフェルがぴくりと顔を歪め、慌てて軌道修正しようとする。
(しまった〜要求がデカすぎたか!!?そりゃ嫌だよね〜疲れてる時に暗記とかね〜わかるよ〜!もっと何もない日まで待って教えた方が良かったか〜!!?)
けど、紺くんはルルフェルの言葉に殆ど反応を示さず、その大きな目でルルフェルを見続けた。
「……?」
紺くんの感情が分からず、じとりとした汗がルルフェルの背中を伝う。
フェンリルには汗かく器官があるんだ、というどうでもいい思考が今更ながら脳内をぐるりと回って消えた。
息を必要以上に顰めたルルフェルが紺くんの目を見つめる。キラリと先程よりも光って見えるそこには水が溜まっており……
(て涙!!!?!?!?そ、そんなに嫌だったの!!?)
ギャ!と固まってしまったルルフェルの前で、紺くんが一度パチリと瞬きした。
長いまつ毛に弾かれるようにして、透明な涙が一滴、落ちる。
紺くんが、ふにゃりと笑った。
「……僕なんかの為に、ありがとうございます」
今度はルルフェルがパチリと瞬きして、紺くんを見た。
「僕のために、誰かがここまでしてくれたのは、初めてで、信じられないくらい嬉しくて、ですね……どうしたらいいか分からず……すみません」
ルルフェルは一瞬脳裏をよぎったトトルと村長の顔を、ぐしゃぐしゃにして丸め、ぽい!と追い出すと、紺くんの頭の上に自分の額を優しくぶつけた。
「なんかなんて、言うんじゃない。君にはきっと自分で思ってる以上の価値がある。少なくとも、俺にとっては育てる価値のありすぎるとってもいい子だよ。いい?」
フーン!とルルフェルは大きく息を鼻から吐き出すと、「はい、わかったらさっさとやって寝よう」とアイテムボックスから追加で筆記用具と紙を取り出した。
紺くんはごしっと自分の目元を腕で拭くと、輝かんばかりの笑顔で元気よく返事した。
「はいっ!」




