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神獣フェンリルはテイムされたくありませんっ!〜けど俺をテイムするはずの主人公に義務教育が足りてなさすぎるのでまずは教育しようと思います〜  作者: 咲田陽
第1章 魔の森

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3. 男を送ったら帰ります


男は、やはり舌を噛んでいたようで、しばらくうめいていたが、数分もすると、フェンリルの背中の上で楽しそうに顔を輝かせていた。


それなりのスピードは出しているし、揺れもしている筈なのだが、落ちる気配はない。

さすが魔の森に来る冒険者といったところだ。


「すごい……森の上を走るってこんなに気持ちがいいんですね」

男はキョロキョロと眼前に広がる森を見ていたが、急にある一点をビッと指差した。


「あ!あれは宝石鳥!」

「ん?おお、お前さん運がいいな」


フェンリルが男が指さした方を見ると、木の上スレスレをキラキラと輝く鳥が飛んでいる。

孔雀のような見た目のその鳥は宝石鳥と呼ばれ、全ての風切羽根の真ん中に宝石がある。また長い飾り羽根は羽根自体が宝石のように七色に煌めいており、非常に美しく珍しい。

この森に長く住むフェンリルですら、見たのは数えられるくらいだ。


フェンリルは宝石鳥と男の腰に刺してある剣を見比べて、あることを思いつき、男に問いかけた。


「あの鳥が欲しいのか?」

「え?まあ……その……非常に高価で取り引きされている鳥ですからね」

男が宝石鳥を見つめ、スッと目を細めた。

その口は歪み、眉が八の字になっている。

「そうか」


男は宝石鳥を一目見ることができただけでも暁光、と思っていたのだが、急にフェンリルが方向を変え、鳥に向かって一直線に駆け出したため、大いに驚いた。


「フェンリル様、なにを……ッ」

「少し飛ばすぞ」

男は速さのことかと思ったが、違った。

本当に、飛ばされた。


フェンリルが上空に向かって、驚いた猫がするように、背中から大きく飛び上がったことにより、男はフェンリルのから投げ出され、身一つで空中を更に高く舞い上がる羽目になったのだ。


「ハァッ!?」

「これ借りるぞ」


フェンリルは空中で人間の姿になると、男の腰から剣をスラリと抜いた。

空中で向かい合ったとき、かっこいい部類のはずの男の顔が引き攣っていたのが愉快で、ついフッと笑ってしまう。


だがそれも一瞬のことで、フェンリルはすぐさま眼下の宝石鳥を目掛けて飛び掛かる。

そして目にも止まらぬ閃光のような速さの斬り上げで、その首を落とした。


その後剣をアイテムボックスに収容している間にフェンリルは一度森の木の中腹まで落下したが、脚でガガッと木をうまく蹴り上がって森の上まで戻る。

そのまま落下してきた宝石鳥の死体もアイテムボックスに収容すると、すぐさま狼の姿に戻り、目の前に落下してきた男を、またもや背中でキャッチした。


「ふぐっ」

「大丈夫だったか?」

心配しつつもフェンリルの脚は動き始め、再び街を目指している。

一方、男の方は再び背中に尻から着地した衝撃と、空中に投げ出された恐怖でだろうか?僅かに震えている。


「すまんな、人の姿で武器がちゃんと扱えるのか、試してみたかったんだ」

「……大丈夫ですよ、そこらの剣豪より上手く扱えてました」

男が苦笑いしながら答える。


「それは良かった。宝石鳥は街に着いたらやる。剣もその時返す」


男の肩がぴくりと動いた。

口が「いいんですか?」という形に動いたが、男の口からは空気の微かな音が漏れ出ただけだった。

そして真っ直ぐ伸ばしていた上半身の力を抜き、空中で彼を吊っていた糸が切れたかのようにそのまま前に倒れると、額をフェンリルの背中につけた。


「……ありがとうございます」

「?」

絞り出すように囁かれたお礼は、なんだかとても切実なもののように感じ、フェンリルは内心で首を傾げた。


(お金持ちっぽい出立ちなのに、実はめちゃくちゃ借金抱えてて困ってたとかだったんだろうか?)


しかし思考はすぐに先程の実験についてに移ろっていく。

フェンリルにとって武器を扱うのは本当に久しぶりのことであったが、武器の使い方も、ついでに人間の身体の動かし方も、身体に染み付いている為問題なさそうだ。


ここから先、人の姿で戦うこともあるだろうから、ひとまず良かったと胸を撫で下ろした。


――――――


その後、街に着くまでフェンリルと男は他愛無い話をしながら時間を潰した。

男の話を聞くに、どうやら森に来た目的はまさに先程の宝石鳥だったらしい。そりゃ嬉しいわけだ。


男とその弟は、父親からそれぞれ別の試練を課せられ、どちらが先にクリアできるかを競い合っている最中だという。

試練に合格できなければ、父親から一人前として認めてもらえない。そして男の試練こそが、宝石鳥を取ってくるというものだったのだ。


(俺が狩っちゃったやつだけどいいのか?)とフェンリルは思ったが、運も実力のうち、というし、まあいいのだろう。先に見つけたのは男の方だし、フェンリルがいなくても男の実力なら問題なく宝石鳥を倒せただろうし。


またパーティメンバーとの対立なのだが、宝石の分け前を少しでも多くしたかった4人に殺されたかけたそう。

森やダンジョンなど、人の目が届かない場所での殺害は、「魔物がやった」といえば真偽は分からないし、結構横行してしまっているのが現状だ。


更に4人は弟から金銭……賄賂だ、を握らされていた。


「酷い弟だな!?」

フェンリルはゾッとした。

兄弟仲が悪いことはままあるが、だからって殺されることは殆どない……少なくとも日本では。


(もしかしてこちらの世界ではよくあることなのだろうか?)

そういえば物語の主人公の紺くんも、何もしていないのに陰惨な虐めを受けるし、先程の冒険者たちのこともある。

間違いなく命の価値は日本より軽んじられている世界だ。


「……まさか私も本気で殺しにくるとは思いませんでした」

背中の男は、少し寂しそうに呟いた。


(俺が思ってる以上に複雑な兄弟仲なのかも)

フェンリルは、色々な家庭があるなあ、と遠い目になったのだった。


――――――


「そら、着いたぞ」

それから数分後、フェンリルたちは無事に街をぐるりと囲っている砦の外側に到着した。

関門はしばらく先なのだが、既にフェンリルが走ってくる姿を見つけ、パニックになっている衛兵たちがこちらに駆けてくるのが遠目に見える。

わざわざ近くまで行くのは愚策だろう。

フェンリルは男を降ろすと、人の姿になった。


魔法の謎原理で、人間のときに着ている服は、狼の姿の時は消えるし、再び人間になると、着ている状態で出現する。

これでもう紺くんの前で全裸を晒す痴態は犯さないだろう。

魔法って便利である。


「じゃこれが宝石鳥……っと」

アイテムボックスから宝石鳥を取り出し、男に渡す。

男は両手で大事そうに抱えながら受け取ったそれを、男のアイテムボックスに入れた。


「本当に……ありがとうございます」

「もうさっき聞いたぞ。家のこと、うまくいくと良いな」

宝石鳥は1羽でも売ればきっとそれなりの富となる。

得た富により、お家騒動が少しでも良い方向に進むといいのだが。


「はい。ありがとうございます」

そう言って清々しく笑った男の顔を見て、フェンリルはきっと大丈夫だろうと感じた。


「ああ、あと剣だったな」

握っていた剣の持ち手の方を男に差し出そうとしたら、やんわり男に止められた。


「もしよろしければ、剣身の方から受け取らせて頂けませんか?」

「ん?構わないが……」

別に持ち手の所は汚してないし危ないぞ、とやや不満に思いながらも、フェンリルはスッと男の方に剥き出しの剣身を差し出した。

すると、男は剣を受け取らず、フェンリルの前に跪いて、頭を垂れる。


「む……!?」

男の予想外の動きにフェンリルは驚き、ピクリと片眉をあげた。

なんだか男がフェンリルに騎士の誓いをしているみたいなポーズになってしまっている。

いや、そうすることこそ男の狙いだったのだろう。


「このご恩、決して忘れません。必ずや命にかえてもお返ししてみせます」

ドン、と胸を叩き宣誓した男は、両手で剣をそっと握り込み、今度こそ剣を受け取った。


「……」

フェンリルはなんだか勝手に恭しい空気を発してくる男を見ていられなくなり、まだまだ遠くにいる、すごい形相で駆けてくる衛兵たちを困った顔で見つめながら現実逃避した。


(イケメンってすごい。何をやっても絵画や映画のワンシーンのようになってしまうんだなあ)


そもそもこの剣は男の物だ。それに先程の宝石鳥だって、もらった衣装や剣を使わせてもらったことへの、フェンリルからのお礼である。

お礼にお礼返しをされても困る。


「……気にするな。俺は俺のしたいようにしただけだ」

フェンリルはそう言うと、未だにこうべを垂れている男に背を向けた。


神獣フェンリルといえば、神話で知られるようなすごい存在だと思われているのかもしれないが、自覚のない、そして19歳の前世を思い出したてのフェンリルには、なんだか荷が重い。

早くこの場を立ち去ってしまいたかった。


「では、もう行く。待たせてる奴がいるので、な」


男は軽く目を見開いた。


「その方のお名前は……!」と弾かれたように頭を上げたが、フェンリルは既に風のような速さで、狼の姿に戻り走り去ってしまっていたあとだった。


――――――


紺くんが待っている洞窟へ向かう最中、フェンリルは結局あの男の名前を聞き忘れてしまったと言うことに気がついた。

もしかしたら名のある貴族とかだったかもしれないが……まぁもう会う事はないだろうと気にしないことにする。


今はもう取り返しのつかないことより、目の前の問題に集中するべきだ。

フェンリルは洞窟へ残してきた紺色の少年のことを考えた。

果たして、いい子で待っていてくれているだろうか。

自然と洞窟向かうフェンリルの足が、更に速くなった。


――――――


家の下まで帰ってきたフェンリルは、いつも通り足元に板状のバリアを数枚出現させ、階段を作りながら洞窟の入り口まで駆け上がる。

そのまま洞窟内に軽快に着地すると、目の前には出た時と変わらぬ紺くんの姿があった。


「おかえりなさい」

大きな目で見上げられて、にこりと微笑まれる。


「あ、ああ。……ただいま」

数百年ぶりの挨拶になんだかむず痒くなりながらも、フェンリルは自宅の中を見渡した。


結論から言えば、紺くんはとてもいい子にしていた。

ただ、いい子と言っても、ただじっとしていたわけではなかったようだ。


洞窟に着くなりフェンリルが思った事は、やけに中が綺麗になっているな、ということであった。


いくら高所にあるとは言え、フェンリルの住む洞窟にだって、多少の落ち葉や枝などは舞い込んでくる。

また、目を向ければフェンリルから抜け落ちた毛や、ちょこちょことした食べ残し。それに飛び散らかった鳥の羽根などが、洞窟の壁際に溜まっているのが目についた。


その為、定期的に(といっても1年に1、2回だが)掃除しているとはいえ、綺麗とは言い難い状態だった。

フェンリルに言わせれば、一般的な動物の巣穴よりは綺麗、らしいが人の家と比べれば間違いなく汚い方に分類されるだろう。


それらのゴミがきれいさっぱりなくなっている。

今、主に洞窟内にあるのは、フェンリルが寝床としている大鹿や、その他様々なふわふわとした魔獣の毛皮の山だけだった。


ちらほら残っている骨や大きめの食べ残し、少し大きめの鳥の巣の跡などは、フェンリルが意図的に残した可能性も加味してくれたのだろう。

手付かずのまま残されているが、以前と比べたら段違いに片付いている。


「掃除してくれたのか」

「はい、迷ったのですが、少しでもお役に立てればと……。大丈夫でしたか?」

紺くんが眉毛をハの字にし、洋服の裾を掴みながら言う。


「ああ、助かった」

見違えた室内をキョロキョロと見ながらフェンリルは尻尾を数回振った。

それで喜んでいると判断したのだろう、紺くんがホッと胸を撫で下ろす。


そんな紺くんの様子を見ながらフェンリルは密かにため息をついた。


(闇落ちする前の主人公、すごくいい子なんだよな〜!!!)


これで主人公の性格が元から最低だったら、見捨てるとか……それこそ最悪の一手だって打つ覚悟ができたはずなのだ。

今は判断基準が前世がベースになりつつはあるが、腐ってもフェンリル。いざというときは非情にもなれる。


だが実際は人よりすごく心の綺麗な、とっても良い子なのだ。


(というかそれが原因で闇堕ちしちゃうしね)


実はこの世界のベースとなっている小説は、バッドエンドである。


主人公の紺くん視点で、神獣をテイムできたところまではいい。

問題はその後だ。


フェンリルや他の神獣たちという強力な生きた武器を手に入れた紺くんは、狡賢い大人たちにいいように利用されてしまうのだ。

大人たちは上部だけの優しさを与え、彼の善意につけこみ、あの手この手で力を使わせていく。


それまで他人から碌な扱いをされてこなかった紺くんは、甘い嘘にコロリと騙されて、彼らに言われるがままに力を奮ってしまう。

そして真実を突きつけられたころには、もう全て後の祭り状態。

世界は破滅と混乱に陥っている。


(そんで、最終的にもう誰も信じられない!全部壊してやる〜!ってなった紺くんは、新しく誕生した魔王を討伐しに行くフリをして、逆に魔王を取り込んで、自分の手で世界を終わらせるんだよな。どうしたもんか)


そこまで考えたフェンリルは、あっ!とあることに気がつき、顔を青くした。


動物基準では綺麗な方とはいえ、洞窟内は獣臭いし、不衛生だ。そんな汚部屋を掃除させてしまって、引かれてはいないだろうか?

いい子すぎて、嫌な気持ちを抱えてても、きっと表には出さないだろう。


フェンリルのときは、掃除されても「フン……よくやった人間」くらいの上から目線でいたかもしれないが、前世を思い出した今としては、非常にいたたまれない気持ちである。


しかしフェンリルがちらりと紺くんを見やっても、紺くんは人懐こい笑顔で「?」と小首を傾げただけだった。


「……掃除、大変だっただろう。色々狩ってきたから、沢山食べるといい」

フェンリルはぐるぐる渦巻く様々な気持ちをグッと飲み込んで、かろうじてそれだけを言葉にだした。

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