39. 号外 3
時計塔の鐘が午前8時を告げた。
徐々に賑わいだした街の広場に、男達の大きな声が響き渡っている。
「号外!号外だよ〜!」
「号外いかが?伝説の神獣フェンリルは実在した!お姉さん1部どう?」
街の人々は号外を配っている男達の周りに群がり、1部貰おうと腕を伸ばしている。
「1部ちょうだい!」
「こっちにも!」
その様子を、ギルドの5階、屋上部分からルルフェルは見ていた。
ヴァンドラが冒険者ランクをシルバーに上げさせてほしいというので、その手続きに来たのだ。
先程まで一緒にいた後の5人もきているが、紺くんは屋上の中央でヴァンドラのドラゴンを撫でているし、ククルトゥスとセブンとリザリオは相変わらず不在のココラスのギルド長の部屋で何やら話し込んでいたりと、それぞれ自由に過ごしている。
屋上の手すりに頬杖をつき、懐疑的な目で街の様子を伺っているルルフェルの隣にヴァンドラが近づいてきた。
「ほら、問題なかったろ」
ヴァンドラが、ぴ、と号外を手に持つ人々を指差す。
号外の内容を確認した人々は皆一様に興奮にし、頬を熱らせてフェンリルについて話し合っている。
「みんな神獣サマが現れて嬉しそうじゃないか」
「そりゃ、あんな救世主みたいに書かれたら期待もされるだろうよ」
唇をムスリととんがらせたルルフェルに向かって、ヴァンドラがルルフェルの名が刻まれた、銀色の煌めくギルドカードを差し出した。
「はい。手続き完了したよ。これが新しいカードね」
「どうも」
ルルフェルが受け取ると、ヴァンドラはにこりと笑った。
「好きなだけ期待させておけばいいのさ。君はただギルドの出す依頼をこなしてくだけで、勝手にみんなの期待するヒーローになっていくよ」
ゲ、とルルフェルが舌を出した。
「一体どんな依頼を出す気だ?断れるんだよな?っていうか受けたいギルドの依頼を、こっちが選ぶんじゃないのか?」
ヴァンドラが朗らかに笑った。
「普通はね。でもギルドランクがシルバー以上の冒険者には、ギルドから指名依頼を出すことができるんだ。断ることもできるけど……周りの心象は良くはないね」
ルルフェルが低く唸った。
「まさかそれ目当てでシルバーにしてないよな?」
「さあどうでしょう」
ルルフェルからの突き刺すような視線をものともせずに、ヴァンドラも屋上の手すりに寄りかかった。
「別に、俺は好きに生きてるだけで、誰かの希望になりたい訳じゃないし、チヤホヤされたい訳でもない」
ルルフェルがぼそりと呟いた。
「そりゃ、悪いことしてる奴がいたら無視はできないけど、積極的にギルドの……言い方は悪いかもしれないが、手先になるつもりはない」
ヴァンドラや他の誰にも言えないが、この先自分はテイムされる危機に瀕しているし、世界だって魔王誕生で滅亡の危機にあるのだ。
更に言ってしまえば、今の自分は純粋な神獣の頃の記憶がぼんやりとしか残っておらず、どうしても19歳の大学生の意識が大部分を占めており、きっと力も十分に出しきれていない状態なのである。
ただでさえそんな危うい状態でこの世界の命運を握っているかもしれないのに、さらに他人からの“神獣”としての期待も乗っかってくるのは流石に重すぎると、弱音を吐いて逃げてしまいたいくらいだった。
(それはめちゃくちゃかっこ悪いし、できっこないけど)
ふー、と深く息を吐き出すルルフェルを、ヴァンドラは少し寂しそうに見た。
「でも、その自由を確保するには、どうしても人の期待も入っちゃうから、仕方ないよ」
「まあそれもそうなんだけど……ああ、号外を出してくれたのには感謝してる。ありがとう」
ルルフェルが頭を下げると、ヴァンドラはにこりと微笑んだ。
「これで少しでも狼の姿のままで過ごせるといいね。いくら人と同じように理性を持ち意思疎通ができても、魔獣ってだけで……人から向けられる恐怖って結構すごいから」
ルルフェルは屋上で紺くんと戯れているドラゴンをちらりと見た後、横目で、街を見下ろしているヴァンドラの横顔を見た。
ヴァンドラはひたすら街をいきかう人々に目を向けており、その感情は読めない。
数秒間2人の間に沈黙が落ち、気まずくなったルルフェルが何か言おうと口を開いたとき、ある女性の声が広場から聞こえてきた。
「あの、ちょっとでもいいんです、フェンリル様にお会いできないんですか?」
ルルフェルとヴァンドラが同時に女性の方へ目を向ける。
その女性は号外を配っていた人に話しかけているが、号外を配っている人たちはただの新聞屋。
フェンリルの行方など知る由もない。しっしっという動作ですげなく追い払われている。
(早速なんか解決してほしいとかか?もーほんと……)
ルルフェルが下を向いた。
(言った側から……)
「実はうちの子も人攫いに捕まっていたんです!」
(え?)
ルルフェルは顔をあげ、パッと広場を、女性の方を見た。
母親のスカートを握りしめて、後ろに隠れていた少女が、おずおずと母親に促され、前に出てきた。
(あの子は……馬車の中にいた……)
母親の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「この子とこうやってお互い無事に再会できたのは、フェンリル様のおかげなんです……!それなのにお礼も言えないなんて……!」
広場の人々のざわめきが大きくなった。
口々にフェンリルを讃え、親子に声をかけている。
「奥さん良かったな!流石は神獣フェンリル様だ!」
「人攫いにあったのに無事に会えるなんて、奇跡だよ。お母さん、今度からは気をつけるんだよ!」
子供を抱きしめて、母親はこくこくと何度も頷きながら笑顔で涙を流していた。
(……なんだよぉ)
ズズッ
ルルフェルは鼻を啜って、柵に乗せている腕の中に顔を埋めた。
その背中を、ヴァンドラがさすろうとして……ルルフェルにしっしと追い払われた。
と、今度は真下……ギルドの入り口からわあっと人々がざわめき立つ音が聞こえた。
「支部長!」
「バーンズ様!」
ルルフェルが顔を上げ、下を覗き込んで見ると、武装した大きな黒い馬がギルドの前に到着したところであった。
その馬の上に跨っていた、ごてごての重そうな鎧を着た男性は、馬をギルド職員に預け、周りで歓声を上げる市民に幾度か手を振ると、ギルド内に姿を消した。
「あれは……」
ルルフェルがヴァンドラの方を向いた。
「帰ってきたね。今のが、不在だったココラス支部のギルド長だよ。」
ヴァンドラはそういうと、ククルトゥスたちのいる部屋のドアを見つめた。
「さーてと、いつ飛び出してくるかな?」




