36. ヴァンドラとの打ち合わせ 4
「そういえば、君たちは次は海がある方……パディスの街に行くんだろう?」
ヴァンドラの問いかけにルルフェルが頷いた。
「ああ、そうしようと思っている。あんたが言ってたメレディスの噂も気になるし、明日にでも発とうかと」
ヴァンドラがふぅ、と軽く息を吐き出した。
「そのことなんだけど、実は君たちに伝えなければいけないことがある」
「なんだ?」
ヴァンドラは姿勢を正し、真っ直ぐルルフェルを見た。
「今日助けた子供達の行き先がパディスだったんだ。それも今回だけじゃない。ここ数ヶ月、殆どの子供たちがパディスへ売られている……恐らく、子供達は海賊達に買われている」
ブワリとルルフェルから怒りのオーラが発せられた。
ルルフェルの怒りが色づいて視認できる訳ではないが、ルルフェルの髪は逆立っており、明らかに周りの空気が違う。
(そういえばそうだった)
ルルフェルはボスの言葉を思い出した。
あの時は紺くんを助けようと、スルーしてしまったが、確かにパディスの海賊どもに子供達を売っていると言っていた。
まさか殆どの子供達の行き先がそこだとは。
「…………わかった」
ボスの言葉をヴァンドラに伝えると、ヴァンドラは「やっぱりか」とため息をつく。
ルルフェルは「伝えるのが遅くなってしまってすまない」と首を振った。
「どうせメレディス……パディスにいる神獣仲間な、に会いに行く予定だったし、噂を確認する際に海賊と出会うこともあるだろうしな。できる限り子供達について調べてみよう」
「助かるよ」
「俺たちも協力する。使える時には使ってくれ」
ククルトゥスが自分の胸をドンと叩いた。
「もちろんメインは監視ですが、手の空いてる者はできる限り手伝いますので!」
「……」
セブンとリザリオも頷く。
ルルフェルと共に行動するという任務には直接は関係のない仕事だが、軍人らしく悪事を見過ごせぬ性分が放っておけないのだろう。
「ありがとう。…………ふむ」
その様子を見て、何事かを少し考えこんだルルフェルがヴァンドラの方を向いた。
「なあ、皇子からのお礼の件、今使えるか?」
――――――――――――――――
「さあ!お話終わったし、ぱーーーっと美味い飯屋に行こう!!!」
数十分後、ヴァンドラの一声で5人はホテルの部屋から外へ出た。
「店はどうするんだ?行き先決まってるの?」
ルルフェルが問うと、ヴァンドラは悪戯っ子のようにニヤリと笑った。
「行きつけの良〜いお店があるんだ。そこを予約してある」
「……こりゃ意外だったな」
「はっはっは!俺ァ、このレストランのオーナーでもあるんだぜ!」
ヴァンドラが向かった先にあったレストランで出迎えてくれたのは、ギルドの解体屋さんである、ブッチャートだった。
相変わらずのタンクトップにエプロンの姿だが、その右手には肉切り包丁ではなくフライパンが握られている。
レストランの名前は『ミート・イン・ヘブン』。
2,30人くらい入れそうな規模の、木がメインで作られた温かみのある内装の店で、オレンジ色の灯りが店内を明るく照らしている。
「天国の肉なのか、天国に逝かされるのか……」
ルルフェルがぼそりと呟くと、ばちんと音がしそうなウインクをブッチャートが飛ばしてきた。
「両方さ!俺の肉料理は天国までぶっ飛んじまうくらい美味いぞ」
「ああ、ブッチャートの肉料理は美味い。肉もギルドから正規で買い取った新鮮なものだし、特に今日は君が卸してくれた普段はあまりお目にかかれない魔物の肉も入荷しているから、きっと満足できるよ」
そう言ったヴァンドラはもう席に着き、料理が来る前なのにフォークとナイフを握りしめている。
「食いしん坊かよ」
ははは、と笑いながらヴァンドラがルルフェルも座るように促した。
「今日は当然ギルドの奢りだから、いっぱい食べてね!」
「おっしゃ!オーナー、酒も持ってきてくれ、酒!」
ヴァンドラの言葉に真っ先に反応したのはククルトゥスだった。
「おいこら、きみは控えなさいよ」
「俺だって手伝ったっつの」
唇をとんがらせたククルトゥスの前に、ブッチャートにより大きなジョッキになみなみと注がれた酒がドン!と置かれた。
「おうよ!どんどん飲み食いしてくれ!」
「っしゃっ!」
早速ジョッキを持ち、ククルトゥスがゴクゴクと酒を体内に送り込んでいく。
「一応今も任務中になるんですけどね?」とやや軽蔑した目でその様子を眺めているセブンもジョッキに口をつけている。
一方ルルフェルは「俺はジュースがいい、なんかないか?紺くんにもジュースを」と言い、ブッチャートからオレンジジュースを2つ手渡された。
「なんだ、神獣殿は下戸か?」
ククルトゥスが片眉を上げながら、意外そうにルルフェルを見た。
「んーというかあまり馴染みがな……いし今回はやめとこうと思う!」
馴染みがないと言おうとしたら、「じゃあ……」とブッチャートから酒のジョッキを手渡されそうになったので慌てて断る。
今世はとっくに成人済みだが、意識的に引っ張られている前世ではまだ未成年だったし、酒を飲むことに抵抗がある。
それに酒に対し憧れはあるのだが、前世が酒に弱い家系だったこともあり、ルルフェルは酒を飲むことが少し怖かった。
万が一酔って、前世の記憶についてポロリしてしまったら、一体どうすればいいというのだ。
「なんでい、うまいのに」
残念そうにするククルトゥスのジョッキは既に半分以上空になっている。
「まあまあ、ここの店の1番の売りは肉だからな!たらふく食ってってくれ!」
ルルフェルと紺くんの前に巨大な皿に山盛りにされた肉がゴトン!と音をたてて置かれた。
「おお〜!!!」
ひと口食べ、ルルフェルと紺くんは天国へぶっ飛んだ。
「……う、うまい!」
「美味しいです!!」
目を輝かせながら、一生懸命肉を口に詰め込み始めた2人を見てブッチャートは誇らしげに胸を張った。
「そうだろう、そうだろう!自慢の味付けだからな!」
ルルフェルがうんうんと頷いた。
「本当にすごく美味しいよ、これ。毎日食べたいくらい」
途端に隣に座っていた紺くんが真剣な顔つきになり、手元の肉の観察を始めた。
「お肉は柔らかくて食べやすいし、味付けも絶妙だ……これはなんかの実を砕いたもの……?」
「おお?分かるのか?」
料理を観察されているブッチャートは不快になるでもなく、面白そうな顔で紺くんを見た。
それどころか「これは兄ちゃんたちが納品してくれたホーングリズリーの肉でな、りんごをすりおろしたのに漬けて……」などと丁寧に説明している。
「りんご……!それをすりおろしたのに……ふむふむ」
紺くんは瞳をキラキラさせながらブッチャートの言葉を繰り返し、覚えているようだ。
「レシピ、教えちゃっていいの?」
ルルフェルが聞くと、ブッチャートは明るく笑って力瘤をつくった。
「なぁに、自慢の肉料理は沢山ある。ひとつ教えるくらいどうってことないぜ!むしろあんたらはこれから先、ギルドに色んな魔獣の肉を持ってきてくれそうだしな、なんなら恩を売っておきたいのさ!」
「へえ、そりゃこちらもありがたい。美味い魔獣とか教えてくれたら覚えておこう」
あとでリスト渡すぜ!とブッチャートは筋肉を大きく盛り上げさせた。
今日もいい筋肉だ。何故1回1回筋肉で反応するのかは謎だが。
「あ、そういえば」
ブッチャートは筋肉を萎ませると、ルルフェルの側にサッと歩み寄った。
そして小声でひそりと「兄ちゃんが狩ってくれたホーンタイガーいたろ、あれな、毒じゃなくてスライムにやられてたぜ」と告げた。
「え?」
ルルフェルは片眉を怪訝そうにあげ、脳内でホーンタイガーについていた蛍光緑色のどろりとした液体を思い浮かべる。
「スライム?でも魔物って感じしなかったけどな……」
ブッチャートは肩をすくめた。
「それは分からん、スライムって基本弱いからな、気配がなさすぎたんじゃないか?それかもう既に死んでたとか?」
「そうか……?まあそうなのかも」
(ホーンタイガーの傷を負ったところに、たまたまスライムが攻撃したってこと?怖〜)
ルルフェルはゾッとしてしまった。
道端のスライムにすら油断できないではないか。
チャンスがあればスライムですらホーンタイガーに勝てる、一発逆転がある世界。
つくづくゲームや決められたシナリオがある小説とは違う、怖い世界である。




