32. 子供から目を離すな 6
「ヴァンドラさんってドラゴンライダーだったんですね……!僕、ドラゴン初めて見ました」
ヴァンドラ達の後ろ姿を見送りながら、気配を消していた紺くんがほぅと息を吐いた。
「すごく綺麗な鱗……触りたかったなあ」
喉まで出かかった「あれはワイバーンだから、希少度で言えば俺の方が上だぞ」という言葉をグッと飲み込み、ルルフェルは頷く。
「ああ、気づかなかったのか?ヴァンドラからは最初からドラゴンの匂いがやけにプンプンしてたぞ。大体アイツ……まあいいか。とりあえず生活はドラゴンまみれだろうな」
「そうなんですか?」
紺くんは今更鼻をくんくんと動かして眉尻を下げた。
「僕はにおいには疎いようです……」
「うん?ってそりゃ人間だしな。人間ならわからなくて当然か」
言いながら、(そして俺は人じゃなかった)と思い出したルルフェルは首を斜めに動かした。
前世の記憶に引きずられて、自分が人間のように感じてしまうが、今はそうではないことを忘れないようにしなければ。
「そういえばギルドの最上階は全部同じ造りにしてあるって言ってたろ?あれってどのギルドの上にもドラゴンが着陸できるようになってるんじゃないかな」
「だからあんなに開けてたんですね!」
紺くんが納得しました!と頷いた。その頬はほんのり赤い。
顔色が戻ってきた紺くんを見て、ルルフェルはこっそり安堵の息を吐く。
そして「ほら、乗りな」と紺くんの前に伏せる。
紺くんが無事に上に乗ったのを確認すると、ルルフェルはゆっくり立ち上がり、歩き出した。
途中ですれ違ったキーリが「ありがとう!」と紺くんに手を振る。
隣にいたエリーも、ぺこりと頭を下げた。
おずおずと恥ずかしそうにそれに応える紺くんを見ながら、ふっと笑うと、「スピードあげるぞ」と言い、ルルフェルは建物の上に一気に飛び乗った。
――――――
「そういえば、紺くんは何を買ったの?」
戻ってきたホテルの部屋で、目の前のベッドの上に大切そうに置かれた紺くんの鞄を見ながらルルフェルが問うた。
今は一般的な大型犬サイズまで身体を縮めている。
純粋な疑問だったのだが、ふと紺くんの、ルルフェルがヒールする前の痛々しい頬の傷を思い出し、顔を顰める。
「言っとくけど、お金とか貴重品は大事だけど、人命とは比べられないからね。まずは自分の身を守りなね」
少し責めるようなルルフェルの口調に、紺くんは後ろめたそうに顔を赤らめた。
そしてそのまま「えっと……」と言葉を濁し、何を購入したのか言わなかったため、ルルフェルは怪訝な顔をした。
「まさか人に言えないものでも買っちゃった?」
「違います!」
紺くんが赤い顔をさらに真っ赤にしながら両手を振り、慌てて否定する。
「冗談だよ」
ルルフェルはゆるゆると尻尾を振った。
「……これを、買ったんです」
観念した紺くんが鞄からキラリと光る物を取り出した。
「……櫛?」
ルルフェルは頭を捻った。何故これのために紺くんが身体を張ったのか分からず、じっとその櫛を見つめる。
それは立派なつくりのヘアブラシだった。
だが一般的なブラシとは違い、スリッカーブラシと呼ばれる類の物だ。そして恐らくペット用である。
ルルフェルは目を見開いた
。
(これ、まさか俺に、か?)
パッと紺くんの方を見ると、目線を逸らされてしまった。
「これで、もしよろしければ毛並みを整えさせてもらおうかと……」
紺くんは僅かに焦った様子で、地面に顔を向けながらおずおずと言う。
「まさか俺をとかすための櫛を守るために殴られたの!?」
信じられない!とルルフェルは短くウゥッと唸った。
紺くんがビクリと縮み上がったが、ルルフェルはその腹に勢いよく、ぐりぐりと頭を擦り付けた。その尻尾は左右に揺れている。
「嬉しいけど!君はもっと自分を大切にしなさい!」
「は、はい」
紺くんの手がルルフェルを撫でていいのか迷っているのだろう、不自然に空中に動かされる。
「櫛だけあっても、といてくれる人がいなければ意味ないんだからね!」
フン!と紺くんの手に頭を1度押しつけると、ルルフェルは風呂場に向かって歩き始めた。
「ほらおいで!その新しい櫛でとかす前に、お互い綺麗にするよ」




