29. 子供から目を離すな 3
「もう少しで着くわ!」
「あの広場か」
しばらく走っていると、ルルフェルたちの目の前に、建物に囲まれた広い広場が見えてきた。
開けており開放的ではあるものの、周りの建物はギルドの側にあったような綺麗なものではなく、色褪せ廃れており、どこが影がかった雰囲気だ。広場を歩く人々の服装も小汚く、まともな生活を送っていなさそうである。
ルルフェルは音もなく建物から建物へと飛び移り、広場を囲う中で1番高い建物の上に立つと、辺りを見渡した。
「キーリ、君に手をあげた男たちはいる?」
「……ッ、わからない……」
一生懸命目を凝らしてくれてはいるが、目当ての人はここには既にいないみたいだ。
この先は紺くんの匂いを探すしかないか、そう思いルルフェルが建物から降りようとすると、「あ!」とキーリが1人の男を指差した。
その男はぐったりした少女を肩に抱えて歩いている。
「あれエリーだ、どうしよう、エリーも捕まっちゃったんだ」
「知り合いか?」
ククルトゥスが問うと、キーリはガクガク震えながら頷いた。
「最近人攫いが増えてきてるの……みんな売り飛ばされちゃう」
エリーを抱えた男を目で追ううちに、ルルフェルは彼がとある建物に向かっていることに気がついた。
ぱっと見古いだけで、なんの変哲もないシンプルな建物だが、中にいる人の気配が多い気がする。
(もしかしたら人攫いたちのアジトかもしれないな)
ククルトゥスの方を見やると、彼も同じことを考えていたのだろう。
ルルフェルと目が合うと、ゆっくり頷いた。
ルルフェルはキーリとククルトゥスを建物の上に下ろすと、自分の身体の大きさを犬と同じくらいまで縮めた。
そして湿っている鼻先を、キーリの手にちょんと触れさせる。
「ちょっとアジトに潜入してくる。エリーとやらも、すぐは無理かもしれないが、必ず助けてくるから、安心してな」
「……わかった。お兄さん、よろしくお願いします」
キーリがぺこりと頭を下げた。良い子だ。
ルルフェルがククルトゥスの方に視線をやると、ククルトゥスは「へいへい」と両手を軽くあげた。
「俺はここにいてキーリちゃんを守ってるよ」
「ありがとう」
「にしても潜入ってどうやって……って行っちまった」
ククルトゥスの言葉を最後まで聞くことなく、ルルフェルはぴょんと建物の上から裏の路地へ飛び降りた。
もちろんその都度バリアの板を出しながら落下したので、問題なく着地する。
降りた先の路地裏は舗装されておらす、土が剥き出しだ。
「丁度いい」
ルルフェルはよく犬がしているように、豪快に身体を土の上に擦り付けた。
そのまま土の上でゴロゴロ転がり、キラキラと艶めいていた毛並みを薄汚く汚していく。
その様子を上から見ていたククルトゥスとキーリは「あああ……!」とショックを受けた様子だったが、ルルフェル本人はけろりとしたまま立ち上がると、ブルリと身体を揺すってからアジトに向かって歩き出した。
エリーを抱えた男のあとを気づかれないように追い、男がアジトのドアを開けたタイミングで一緒に中へ潜り込む。
それに気づいた建物内にいた男が、「おいダグお前、犬なんて連れてくんなよ」と声をかけてきたが、ルルフェルには構わず、エリーを抱えている男の方……ダグというのだろう、に近づいていった。
むしろ「え?犬なんて知らねえよ」と返事したダグの方にご立腹のようだ。
ルルフェルは喧嘩をし始めたダグたちには目もくれず、建物の上を目指して男たちの間をすり抜けて進んでいく。
幸いドアが開いていたり、閉まっていても人がいないため人の姿に戻って開けられたり、愛くるしく振る舞ってみせて「なんだ?開けてほしいのか?しょうがないな〜」と開けてもらったりした。
驚くほど順調だ。
まあ最後のだけ、「何馬鹿言ってんだ、間抜け」と別の男が止めたので、その部屋にいた男たちは人の姿に戻って殴り気絶させたのだが。
そっと部屋を移動していき、ルルフェルはとうとう1番上の4階で、重厚に作られている、見張りつきの扉を見つけた。
わざと軽く、ワンワンと吠え、見張りの気を引く。
「犬……!?誰かのペットか?しっしっ」
見張り番がルルフェルを追い払うように手を動かしたので、わざと捕まらない速さで男の足元まで駆け寄り、じゃれつく。
「わっ、なんだおい、やめろ!」
男の足の間をビュンと潜ったり、後ろから押したり。
足元をうろちょろされた男は、ルルフェルの狙い通り、足をもつれさせ、どっしりと尻餅をついた。
「いってぇ……こいつ!」
「何事だ?」
見張り番が手をあげると同時に、重厚なドアが中から開けられたので、ルルフェルはすかさず中に飛び込んだ。
中は特に何もない殺風景な部屋だった。部屋には黒服の男が数人……いかにも悪の組織って感じの厳つい雰囲気を醸し出している。
そのうちの1人は大きめな椅子にもたれかかって座っている。
ルルフェルが犬のふりをして近づくと、50代くらいだと思われるその男は僅かに眉をあげた。
「なんだぁ?犬っころ……こんなとこに迷い込んじまって……下の見張りの奴らは何してたんだろうなあ?」
手を伸ばし、ルルフェルの背中を撫でながら、男は落ち着いた口調で、まるで独り言を言っているかのように呟く。
言い方は穏やかだが、その言葉は静かな怒りを内包していた。
立っている男たちはバッと姿勢を正し、顔を青ざめさせている。
幾度かの目配せを交わしたあと、そのうちの1人が1歩前に出て、口を開いた。
「申し訳ありません、ボス。今カツを入れてきます」
「おぉ、しっかりな」
ヒラヒラと手を振りながらボスが好々爺の笑みを浮かべる。
「この犬っころと待ってるわ、な?」
ポン、とルルフェルの頭の上にボスの分厚い手のひらが乗せられる。
ルルフェルはじっとその顔を見つめると口を開いた。
「お前がボスでいいんだな?」
「「「犬が喋った!!!?」」」
ボスは目を大きく見開いたまま固まり、周りの黒服たちは後ずさって驚いた。
「なっ……な!?」
ボスたちが動けないでいる前で、犬だと思っていた生き物がどんどんでかくなっていく。
やがてその大きさは高めの天井まで届く大きさになり、黒服たちはルルフェルの影に包まれた。
「うちの子、どこやった」




