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神獣フェンリルはテイムされたくありませんっ!〜けど俺をテイムするはずの主人公に義務教育が足りてなさすぎるのでまずは教育しようと思います〜  作者: 咲田陽
第1章 魔の森

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3/33

1 フェンリルはテイムされたくありませんっ!


「わっ、びっくりした……。大丈夫ですか?」

耳元で響く少年の声に、フェンリルは、びくりと身体を震わせた。

どうやら前世の記憶が濁流のように流れ込んできた衝撃で、床に這いつくばっていたらしい。


ちら、とフェンリルは側に立つ少年、紺くんを盗み見た。


(うわあ……マジでまんま本人だあ……)

この紺くんが、将来フェンリルの自我を奪い、都合のいい生きた人形へと変えてしまう最強のテイマーになる、『神獣フェンリル?俺の下僕ですが何か?〜テイマースキル星5の俺は最強でした〜』というラノベの主人公その人だ。


今はまだ非力な子供だが、15歳の時にどの生物も手を翳すだけでテイムできるという、テイマーとしての最高格の能力を得て、無双するのだ。


ちなみに何故ただのテイムではなく、下僕にされてしまうかというと、残念ながらフェンリルが完全に悪い。


原作のフェンリルは、紺くんを弟子に取るどころか、山の崖の高い位置に存在する自分の洞穴から、始末するつもりで、ぽいとゴミのように投げ捨ててしまうのだ。


奇跡的に一命をとりとめ、やっとの思いで村に帰宅しても、フェンリルに負わされた怪我により、紺くんの生活は困窮していく。


その為紺くんは、フェンリルへの怨みを晴らすために、テイマーとして目覚めると同時に、真っ先にフェンリルの元へとやってくるのだ。


(大丈夫、身体は大丈夫なんだけど、主に俺の将来が大丈夫じゃないよ!お先真っ暗だよ……!)


いっぱいいっぱいで、なんと言えばいいかわからず、フェンリルが固まっていると、なんと紺くんが手を伸ばしてきた。


「なにっ……」

フェンリルが驚き身体を強張らせても、一切気にすることなく、その首の肉をぐいっと摘み上げる。

そして


もみもみもみ……


揉み始めた。


「ああっ」

フェンリルは呻いた。


優秀なマッサージ師は、その手を置いただけで「気持ちが良くしてもらえる」と相手に悟らせるそうである。


紺くんがまさにそれだった。


「昔、狐を助けたことがあって。こうやって揉んであげたら気持ち良さそうにしてたんですよね」

紺くんは喋りながら、もみもみもみ……と絶妙な力加減で丁寧に揉んでくる。


「一度マッサージしたら癖になっちゃったみたいで……。その子が広めたのか、今や狐に猪に鹿に、色んな子がわざわざ訪ねに来てくれるんですよ。この前なんてグリズリーベアが来て驚いちゃいました」


ふふふ、と楽しそうに言葉を紡ぎながらも、その手を休めることはない。


(そういえばテイマーとしてだけじゃなくて、この子世話焼きレベルもカンストしてるんだった〜!!!)

フェンリルは白目をむいた。


(耳の裏はやばい耳の裏はやばい耳の裏はやばい!)

歯を食い縛り、必死に目を開けようと奮闘しているのに、フェンリルの意思に反して、その瞼はとろりと落ちてしまいそうになる。


争う気持ちに反して、身体の力も抜けていく。

ズキズキと蝕んでいた頭痛がスッとひいていくのを感じる――


「な……!なっ……!!」


耳元で優しく呟く、心地良い声が聞こえた。


「もう少し寝てらしたらどうですか?一応フェンリル様が意識ない間も揉みはしていたんですが、まだ本調子ではなさそうですし」


「〜ッ!いや、いい!いいから!」


(俺は神獣!俺は神獣!俺は神獣!女神様より力を与えられし、魔王に争い勝利した者!誇り高き狼!こんなクソガキマッサージなんぞに〜!!!)


脳内で必死に自分を鼓舞し、甘い誘惑を振り払い、今度こそフェンリルはガバリと身体を起こした。


「ッハァッ!」

たった数度の揉みが大変気持ち良く、もう少しマッサージされたいと思ってしまったことは秘密である。


「でも……」


「ウウッ」

めげずに紺くんが手を伸ばしてきたので、警戒心のあまり、フェンリルは歯茎を剥き出しにして短く唸った。


「わ、すみません、もうしません」

慌てた紺くんがぺこぺこ頭を下げながら下がっていく。


フェンリルはブルブルと犬科らしく頭を揺すった。

前世を思い出した際、結構な頭痛を感じたのだが、今はむしろスッキリしている。


(まさか紺くんのマッサージの影響なのか……?)

フェンリルはちらりと、洞窟の隅まで移動し、不安そうにこちらの様子を伺っている少年を盗み見た。


(将来最高レベルのテイマーが確定してる奴のポテンシャルやべえ〜怖すぎるでしょ)

小説の中でも、紺くんは様々な動物を、それこそフェンリル以外の神獣たちすら、あっさり陥落させていた気がする。


一読者として読んでいる時は、そんなスピードで懐柔されるもんかね?と斜に構えていたが、確かにあのマッサージを毎日してあげる、と言われたら、フェンリルはついて行ってしまいそうだ。


(そもそもなんで俺のこと普通に触れるんだよ〜!)

ガリガリと後ろ脚で首を引っ掻く。


(こちとら魔の森の支配者って思われる程の実力者なんだが!?目が合えば皆腰抜かすレベルなんだが〜!!?)


恐るべし、主人公。

このままではフェンリルの神獣としての威厳がなくなってしまう。……ぶっ倒れて気絶した時点で、既に手遅れな気がしないでもないが。

今はまだテイマーとして目覚めておらず、テイムしようとしてくる訳ではないのが唯一の救いだろう。


「そなたは下がっておれ。もう触りゅれにゃ……」

(噛んだ!!!)

フェンリルは目を閉じて、不甲斐なさに低く唸った。


頭痛はマシになったとはいえ、まだ脳内は混乱している。

今は元々のフェンリル15%、前世の記憶の意識85%くらいの感覚だ。

喋り方ひとつとっても、順応が追いついていない。


「…………はあ。とりあえずもう触るな」

フェンリルはため息をつくと、喋り方を無理に畏まるのを諦めた。

崩しすぎなければ、大丈夫だろう。


「分かりました」

心配そうに見上げてくる紺くんに見守られながら、フェンリルは自分の今後の方針を必死に考えようとした。


(とりあえず主人公には恨まれないようにしなきゃ)、とまで考えたところで、フェンリルがビシリと固まる。


(いや!!!!!待って!!!?!?!?もうアウトなんですけど!!!!!!!?)


サァッと血の気が引き、フェンリルの顔は死人のように青くなった。


(俺主人公のこと食べちゃってるじゃん!!?)


自分はまだ紺くんを崖から突き落としていないかもしれない。

だが既に1回味見してしまっているではないか!


フェンリルはギギギ、と油を長年さされていないロボットのような動きで紺くんの方を向く。


「?」

バチリ、と紺くんと目が合った。


(ここから入れる保険ってありますか!!?)

フェンリルは頭を抱えてしまいたくなった。

前世を思い出すなら、ひと口味見する前に思い出させて欲しかった。


(主人公の麻呂眉でピンと来るとかさあ!)

既に紺くんのフェンリルへの好感度は、地面どころか地中にめり込んでいるレベルに低いに違いない。


(終わったわ……というか、だったら主人公は自分のこと食べようとした狼をマッサージしたってこと!?あまりに普通に接してくるから食べたこと忘れかけたんだが!?)

フェンリルが信じられないという目で紺くんを見る。


まともな精神をしている奴なら、腰を抜かして動けなくなっていない限り、自分を食べようとしてきた狼がいる洞窟から即刻逃げ去っているだろう。


しかし紺くんは平然と洞窟に居座っている。


(この子……馬鹿なのかお人よしなのか極度の動物好きなのかそれともただの死にたがりなのか!?)


一気にとっ散らかってしまった思考を一生懸命まとめようと、フェンリルは頭をフル回転させて考える。


とりあえず、ここからどうにか挽回できる選択肢はないか。なにか。なにか!




「……ッさっきは食べてすまなかった……!」


しばらく悩んだ結果、フェンリルは素直に謝ることにした。


「いいか、君のような人間の子供が、1人で俺のような魔獣の家に来るのは危ない。俺でなければ喰われて死んでいたぞ、というのを分かって欲しかったんだ」


説教に見せかけた見苦しい言い訳付きで。


だが、案外効果はあったようだ。


「そうだったんですね……!」

紺くんはハッとしてフェンリルの方を見ると、バッと頭を下げた。


「すみません!僕はてっきりフェンリル様は、本当に僕のことを食べようとしたのかと思っていました……!」


(いえ、してました)

フェンリルは脳内で白目をむいた。

でも「今度からは命大事にな」とそれらしいことを言ってウンウンと頷いておく。


「あ、ちなみに不味くはあったんですか?」

「ンンン〜っといや、不味くはなかったな。ああ」

フェンリルは、変な質問をする紺くんから全力で目を逸らして答えた。


(「この僕が不味いですって!!?怨みます!」ってことはないよね?流石にね?けど一応ね??)


フェンリルは興味なさそうにみせているだけで、内心はソワソワしたままだが、どうやら紺くんをちょっと味見してしまった件は、無事に流せそうである。


(良かった良かった。主人公チョロくて本当に良かった。おバカ万歳!首の皮一枚繋がったよ〜)


「というか、何で自分を食べようとした相手をマッサージしてんだよ……」

フェンリルがぐったりして呟くと、紺くんは顔を赤らめ、目をうっとりさせながら首を傾げた。


「フェンリル様はふわふわサラサラな、死ぬ前に一度は触ってみたい毛並みをお持ちでしたので、つい……」


フェンリルは更にげっそりした。


(なるほど極度動物好きが正解だったか〜……。命よりお触り優先ね。はいはい、将来すげーテイマーになるんだもんね)


フェンリルのため息が止まらない。


「それに……」

紺くんは照れくさそうに言った。


「実は食べられること自体は、よくあるんです」

「はあ?」

フェンリルが信じられないという目で紺くんを見ると、紺くんは肩をすくめた。


「特に大きい子……オークとかグリズリーベアがそうでしたね」

紺くんが自分の肩をそっと抱く。

肩を噛まれたんだろうか?


「でも、皆、僕のこと食べようとすると倒れちゃうんです……。ただ、そのあとマッサージして回復を手伝ってあげると、懐いてくれるので、大きな魔物にとっての懐いてくれる前の儀式か何かなのかなって思ってました」


紺くんは困ったように頬を掻くと、ぺこりと頭を下げた。


「全員そうとは限りませんもんね!次からは食べられないように気をつけます!」


(な……なに言ってんだこいつ!)

戸惑うフェンリルの脳内で、某スタジオジ◯リの映像が再生された。

少女の指を噛んだあとに、ペロリと舐めにくるキツネリス……


(魔物は、俺は、テ◯じゃねーぞ!!?)

フェンリルは紺くんの不味さにやられ、懐柔されていった魔物達を想い、脳内で合掌した。


(恐ろしいテイマーの片鱗を覗き見てしまった気がする……)

フェンリルはぎゅうと目を瞑り、疲れで再び意識が遠のきそうになるのを感じた。

できるなら、そのまま一眠りしてしまいたいくらいだ。


しかしここで休んでもいられない。

フェンリルは今度こそ、自身の今後の振る舞い方について考えなければならないのだから。


フェンリルは首を傾げた。


(いっそ思い切り媚びておいたほうがいいのか?)

飼い犬のように、腹を見せて甘える神獣フェンリルのイメージを思い浮かべる。

威厳がログアウトしている。


(だが意思剥奪されるくらいなら俺はやれるぜ!)

一瞬血迷ってそう考えたが、すぐに思い直す。

媚びたら媚びたで、「こいつ意外と弱いんじゃ?ペットにしたろ!」とテイムチャレンジをされる可能性も、なきにしもあらずだと思ったからだ。


フェンリルは深く息を吐いた。

ならば、どうしたらいいか。


(紺くんを、「フェンリル様マジかっけー!最高神獣!こりゃテイムするなんて畏れ多すぎますわ!僕はもう行きますね!サヨナラ!」って状態にすればいいんだよ)


うんうん、とフェンリルは頷いた。


(それでいこう)


ではフェンリルの強さを見せるにはどうすればいいか。

……狩りをすればいいだろう。


(普通の奴なら倒せないレベルの上等の魔物を狩って、それを飯として出す!

そんでもって、今日はもう遅いから泊まってもらえばいい。優しさアピールだ。

でサッとお帰り頂くためにも明日は朝イチで村まで送り届けてやろう)


完璧である。

フェンリルの都合も、紺くんへ恩を売る行動へ繋げられた。


(あとは実行あるのみ!おっしゃやるぞ!平和なテイムレスライフよいざゆかん!)


フェンリルは心の中で自分に喝を入れると、まず洞窟の中に紺くんを座らせた。



ゲフン、と咳払いをし、話し始める。


「あと先程は唸ってしまってすまない。頭痛で少し混乱してしまってな……」

「いえ、いえ、体調は大丈夫ですか?僕の方こそ、勝手に触ってしまってごめんなさい」

「もう平気だ」

フェンリルが謝ると、紺くんは少し安心したようだった。

その様子にフェンリルもホッとする。


「今から村に帰ると、夜は森で過ごす羽目になる。危ないから今日は泊まっていくといい」

「えっ!」

紺くんが驚いた顔をした。その後期待に目を輝かせる。


「い、いいのですか?」

「構わんよ。今から飯を取ってくる。そこで待ってろ」

「分かりました……」

最初はほんわか嬉しそうな雰囲気を出していた紺くんだったが、何かに思い至ったのか「あっ」と、その顔がまたもやサッと青ざめる。


「ん?」

どうした?とフェンリルが首を傾げると、紺くんは恐る恐る口を開く。


「ちなみに人間を食べてたりとかは……?」

予想外の答えに、フェンリルは眉をしかめた。


「はあ?そんなわけないだろう」

前世を思い出した今、普通に人を食べるのは抵抗がある。


が、その前は食べようとしたことも、また事実なのだった。

フェンリルはため息混じりに口を開いた。


「あ〜……少なくとも俺は(今は)人間を襲うつもりはない。安心しろ」

「そうなんですか?」

まだまだ不安の残る目で紺くんがフェンリルの方を見つめてくる。 


これはしっかりした理由を説明しなければ、いつまで経ってもびくつかれそうだ。

そう思ったフェンリルは、前世の記憶のことを話す訳にもいかないし、適当に理由をでっち上げることにした。


「そうだ、女神様の前では俺だって人間の姿をしていたしな。なんとなくだ」

実際、女神エルサの前では人間の姿形を取っていたので、全くの嘘ではない。


「そうだったんですか……!」

紺くんは大きな目を更に大きくすると、なるほど、と呟いて、赤面した。


「フェンリル様を疑ってしまってごめんなさい」

紺くんがぺこりと頭を下げると、フェンリルが首を横に振る。


「いい、この姿だと怖いだろうしな」

良かった〜信じてもらえた!とフェンリルは内心ホッとした。

と同時に今の自分の身体を見下ろしてみる。


確かにこの姿……でかい長毛種の狼の姿のままでは、人を怖がらせてしまうだろう。

歩くたびに鋭い爪はカチャカチャ鳴るし、つい体温調節で口を開けてしまうので、立派なキバが見え隠れする。


(……久しぶりに人の姿をとってみようか?)


それに今は人間としての意識の方が断然強い。

身体も人間の形していた方が、何かと便利だろう。

フェンリルは軽くのびをすると、水を落とす時と同じように、身体を軽くブルブルを振った。


「どれ、では久しぶりに人型になってみるとするか」

ただ、フェンリルの記憶によれば人の姿になるのは、数百年ぶりだ。

大丈夫かな?と心配しながら、魔力を体内に巡らせる。

自分の外見すら、どんな感じだったか記憶が曖昧だが、まあ人化の術は難しい魔法ではない。なんとかなるだろう。


そう思った瞬間、ボン!という爆発音と共に、視界が金色の何かに覆われた。




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